113.祭祀
※ルカーシュとステラはミケリア語が理解できる為、ステラ視点ではハリアル達の言葉が翻訳された状態でお届けします。
「....我が名はアレハンドラ・レメディオス・ミケリア...。月の国の王、遠く血を分つ娘よ...よくぞ、参られた...」
息苦しそうに告げた女王はハリアルに支えられながら寝台に腰掛け、こちらを見上げる。
あたしとよく似た、夕焼け色の長い髪。
白い紋様の彫られた褐色の肌に、燃えるような夕陽の瞳。おそらく歳はあたしよりも五つは上だろう。
彼女の髪の色と気丈な顔つきは、どこか若かりし頃の母に重なる。その姿が苦しむ様子はあの日の死の間際を思い出させて、あたしは少し目を逸らした。
「...見ての通り...妾は病に侵され、守るべき国すらも脅かした...。この...過ぎた力を正常に戻し、巫女達と...民を、どうか...」
彼女はそこまでなんとか言葉を紡ぐと、くらりとよろめきハリアルに抱き止められる。
「陛下、ご無理を...!」
女王は彼の腕の中で苦しげに肩で息をし、額からは玉の汗がいくつも流れ落ちる。
焦りと共に悲痛な眼差しを向けるハリアルは、おそらく従者を超えた感情を抱いているのだろう。彼女を支える手にぐ...と力が込められた。
その様子をじっと眺めていたルカーシュは、片手を上げて一歩前に出る。
「...よろしい、状況は充分に伝わりました」
「こちらもひと月かけてここまで足を伸ばしたのです、断る理由などありません。お引き受け致しましょう」
ルカーシュがそう告げると、ハリアルは女王を抱き止めたまま頭を深く下げた。
「感謝致します、何卒陛下を...」
絞り出すような声で返したハリアルに、彼は頷く。
「時間がありません。直ぐに祭祀を始めましょう。神殿まで案内を」
ハリアルに先導された神殿は城郭内に聳える高い塔であり、近付けば門前に立つ二人の騎士が出迎えた。
「ハリアルか!よく戻ったな」
「王陛下と巫女をお連れした。急ぎ祭祀の準備を」
「もう済んでいる、奥へ」
マリケスとラファルと名乗った白いローブを纏った二人は、神殿騎士であるという。
神官であり騎士、おそらく僧兵のようなものか。
彼らはこの神殿を守護する務めを担っているらしい。
「ナタリオ、貴様はまた妙な格好を...!神聖な場に相応しくないと何度言えばわかるのだ」
「あら?ヴァルカはそんな狭量な神じゃないと思うけど。神官のくせにそんなことも知らないのね」
「なんだと貴様!」
「諍いはよせ。神の御許なるぞ」
母国語で会話をする彼らの会話を聞くに、ナタリアとラファルは犬猿の仲であるらしい。
「はあ、これだから神官どもはキライだわ」
ナタリアがうんざりした表情でため息を吐く。
その途端、足を乗せた円形の床がゴトン、と動き出し、ズズズ...とゆっくりと上へとせり上がり始める。
「なっ、床が!?」
あたしが慌てた声を出すと、セリウスがそっと肩を抱き寄せてこちらを支えた。
「魔導昇降機です。動かれませんよう」
「塔から内部まで我が国の神殿と同じ作りですね。全て古き時代の遺物ですよ」
イズガルズの城郭内にも同じものがあるらしく、二人は慣れた様子で答える。そういえば、ルカーシュの神官勤めの付き添いもセリウスの仕事の内だったか。
背後で女王の侍女達に抱えられたミラとユリウスは、慣れない場所である為か大人しい。赤ん坊なりに、この場の静けさと荘厳な雰囲気に気圧されているのだろうか。
「さあ、こちらへ」
ようやく到着した頂上は、塔の屋上だというのに泉が湧き出していた。
泉の中央にある台座の上には、金縁の鏡が足付きの枠に嵌め込まれている。
泉の周囲にはぐるりと多数の神官騎士達が囲み、彼らの表情は硬く物々しい。
すると最奥の彼らの波が分たれ、純白のローブに身を包んだ初老の男が急ぎ足で歩み寄った。
「ああ、よくぞお越し下さいました!私は神官長のアドルフィトと申します。神鏡はございますか」
「ええ、ここに」
慌ててやってきた神官長にルカーシュは頷くと、おもむろに抱えていた包みの布を外していく。
巻かれた全ての布が取り去られると、そこには金の鏡と対をなすような銀縁の優美な鏡が現れた。
「おお、まさに対の鏡...!」
神官長がほう...とため息を吐く。
「台座に収めれば良いのでしたね」
「ええ、さあお急ぎを!」
神官に急かされ、ルカーシュは裸足になって泉の中に足を踏み入れる。
自国の神殿で慣れている為かその足取りに躊躇いはなく、水の中にローブの端が浸かるのも気にせず歩んで行く。
そして泉の中心の台座に鏡を嵌め込むと、あたしを振り返って手を差し出した。
「ミラを連れてここに。もはや形式に拘っている余裕はありません」
あたしはうなずくと靴を脱ぎ、侍女に抱えられたミラを受け取る。そしてひやりと冷たい泉の中に足を踏み入れた。
冷たい水の中を進み、台座の前へと立つ。
ルカーシュはこちらを確認すると、銀の鏡面へとそっと手のひらをつける。
神官長に「同じ様に」と促され、あたしはミラの手のひらを金の鏡面に付ける。上からてのひらで被せる様に支えた。
するとミラが「ふぇ...」と不安気に泣き声を漏らす。あまり泣かないミラがこんなことでぐずるなんて、...なんだか胸騒ぎがする。
「ルカーシュ、この祭祀は本当に...」
あたしがそう言いかけた途端、歩み寄った神官長が被せるように口を開く。
「巫女の手も触れましたな?さあ繋ぎの鎖を!」
「鎖...?待ちなさいそんな手順は」
神官長がぐっとあたし達の手首を押さえつけ、泉を囲む神殿騎士達が一斉にこちらに手をかざす。
「いけない!ステラさん、離れて!!」
ルカーシュが叫ぶと共に、押さえつけられた彼の手首とあたしとミラの手首に金色の光が眩しく輝く。
その光は瞬く間に鎖のように繋ぎ合わされ、あたし達は鏡面から手を離すことが出来なくなってしまった。
同時に神官長が高らかに祭祀の祝詞を唱え始める。
「貴様!!」
セリウスが激昂と共に右手を振り上げる。
しかしその瞬間、彼の背後に立っていたバシレオが大きな声を上げた。
「ラファル!!令歌を!」
神殿騎士のラファルが口を開くと、まるで金縛りのように体が硬直する。
なんだ、この音は!?
まるで呪文...いや、人を惑わす歌か!!
「まずいわ!皆、アタシの返歌を!!」
唯一動けるナタリアが続けて口を開くと、ラファルの歌を押し返す様に旋律が溢れ出す。
「ッ...ナタリオの歌に集中しろ!!」
攻めぎ合う不協和音の中、ハリアルの声に従ってナタリアの歌になんとか意識を集中させると、徐々に体の硬直が解けていく。
だが、間に合わない...!
動けるようになった頃には時すでに遅く、神官長は既に祝詞を唱え切ってしまっていた。
突然ルカーシュの手のひらが銀色に輝き、ミラの手が金の光を放つ。たちまち眩い光は鏡を通して螺旋のように一つとなり、弾けるように激しく神殿全体へと炸裂した。
そして瞑った目を開ければ、迸った光は集まり、みるみるうちにミラの中へと吸い込まれていくではないか。
「...っ、これは...」
「な...何が、起こった...!?」
まだ目が眩んだまま、あたしとルカーシュは全身に光を纏うミラへと瞼を細める。
するとこちらの腕から手を離した神官長が高らかに笑い声を上げた。
「ははは!!やった...、やったぞ!!ついに幸運は女王のものではなくなった!!忌々しい女達め...今こそ幸運の力は我々男のものとなったのだ!!」
「おのれ神官長、祭祀に何をした!!」
ハリアルが声を荒げると、神官長はにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「ハリアルよ、巫女が処女と言うのは嘘だ。イズガルズの血を受け耐性を持ち、なおかつ意思のない赤子は器として都合が良かった」
「貴様...!!」
「神職にありながら我らを謀ったか!!」
ハリアルとマウレシオが青筋を立て怒声を上げる。しかし神官長は彼らに余裕のある笑みを向けた。
「安心したまえ、祭祀によって二神の力の均衡が整ったのは事実だ。そして書き換えた術式で幸運を全て赤子に注ぎ込んだ...」
「そう...そしてこの赤子は、我らが幸運を自在に操る為の媒体として完成した!!」
「力を失った女王はもはや用済み。この国は現在を持って、神官が治めし聖教国家となるのだ!!」
神官長は大きく両手を振り上げて高らかに宣言する。
「娘が幸運の媒体だと!?」
「なんと言う事を...!セリウス、武力行使を許可する!」
あたしが激昂し、ルカーシュが鎖に繋がれたままセリウスへ指示を飛ばす。
セリウスが左手に剣を抜き、右手を神官に向ける。
しかしその瞬間、あたしの首にパン!!という音と共に光の鎖が出現し、バシレオがイズガルズ語でセリウスに叫んだ。
「攻撃すればこの女の首を捻じ切ル!思考は全て聴こえていル。後悔したくなければ下手に動くナ!」
「っ、汚い真似を...!!」
セリウスが怒りに奥歯をぎりりと噛み締め、あたしを見つめるとその右手を震わせて下ろす。
だめだセリウス、お前の魔法があれば全てを壊せるはずだろう!
「いいからやれ!!死んだ時はその時だ!」
「馬鹿な事をおっしゃるな!」
くそ、バシレオめ...!よりにもよって心を読める奴が裏切っていたとは。あまりにも相手が悪すぎる...!
「最強の騎士とて、愛する妻を人質に取られれば流石に手が出まい。さあ、侍女よ。残る赤子をこちらに!」
「この下衆野郎!ユリウスにまで手を出すか!!」
「動くな女、死にたいか!」
マリケスに押さえつけられ、光の鎖が強固にあたしを縛り身動きが取れない。そして何もできないあたしの目の前で、神官長が侍女の手からユリウスを奪い取った。
「おのれ、殺してくれる...!!」
「ははは!やってみるが良い!」
セリウスが地響きのように低く声を荒げ、神官長は見下すように笑い声を上げる。
するとハリアルが何かに勘づき、「下がれ!」と声を上げた。
彼らが咄嗟に引き下がり、セリウスが光の盾を出現させる。同時に、神官騎士達から放たれた無数の矢が雨のように降り注いだ。
「バシレオ貴様!!恥を知れ!!」
アリケーが牙を剥き出して怒鳴り声を上げる。
「...やはり予知は相性が悪い...」
しかしバシレオは取り合わず暗い表情で呟く。
神官長は高く手のひらを天にかざした。
「だが幸運は予知をも上回る!!さあ、崩れよ!仇なすものどもを地に落とせ!」
「やめろ、この子に触れるな!!」
あたしの叫びも虚しく、神官長が触れるとミラの瞳が燃える夕陽の色に発光する。すると次の瞬間、セリウス達の足元がガラガラと勢いよく崩れ始めた。
「セリウス!!」
「くっ...!!陛下、ステラさん!!」
セリウスは咄嗟に地属性魔法で足元の修復を試みるが、彼の魔法ですら崩れに追い付けない。
幸運とはいったい、どれほどの強制力を持っているんだ!
「必ず、お助けに参ります...!!」
彼がこちらに向かって叫んだ途端、ついにその床は崩れてしまう。
「はははは!落ちよ、邪魔者共め!!」
「そんな、だめだ!!セリウス...!!」
そして彼らは、崩落と共に姿を消した。
プロット練りにめちゃめちゃ時間がかかってしまいました。次回へ続きます。
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