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109.出航




 甲板の縁に腰掛け、潮風を受けたルカーシュとセリウスが、はあ...と肺から深く息を吐く。


 彼らは港を出港するに当たって、それはもう大層な騒ぎから解放されたばかり。

 国を上げた催事として“二神の祭祀の復活に王自ら赴く”なんて銘打った為に、王城から船まで大々的にパレードが行われたのだ。


 優雅に手を振るルカーシュを乗せ、国民の大きな歓声を受けて出港したおかげで、コンラッドや若衆達が妙にやる気を出している。


「お疲れさんだな、二人とも」


 あたしが腰に手を当て笑いながら見下ろすと、彼らも少し疲れた笑みを返した。


「大臣達とセルヴァンテが居るとはいえ、三日間で仕事と引継ぎを終えるのは疲れましたね...」

「こちらも同じく...、およそ二ヶ月空けるとなるとなかなか...」


 半球を渡って帰ってくるのだ。

気軽に行けるほどの簡単な道のりではない。

本来ならこの船では国まで往復で4ヶ月掛かる計算になる。


 だがセリウスの魔石によって風を受ける船は当初の予定よりも早く、演算ではひと月でミケリアに到着してしまうと出た。

 伝書鳩にしろ帆に受ける風にしろ、まったく魔法とは便利なものである。


 魔法なしにやってきた身としてはいささか癪だが、使える人間と技術が手元にあるなら無駄にするのも惜しいというもの。ここはセリウスの魔法に甘えるとしよう。

 だが彼が降りたら途端に使えなくなるものだ。慣れ過ぎないように気を付けなくては。


 そんな事を考えながらマストを見上げていると、セリウスが足元の甲板を撫でながらブツブツと何かを呟いている。


「なんだ?防護魔法は昨日掛けたんだろう」

「一応の確認と、結界に魔力の充填を。奴らの魔術は未知です。出来る対策は全て取っておきたい」

「ふふ、お前らしいな」


 あたしが笑うも、彼の表情は硬いままだ。

おそらく、“護らねば”という強い意識が彼を強張らせているのだろう。


 ハリアルは力の開示等でこちらに誠意を見せようとはしているようだが、実際にミケリアに着くまでその災いが事実なのかなんて分かりはしない。


 そして巫女だなどと担ぎ上げられたのは娘のミラとは言え、結局はユリウスも連れて行くのだ。

 ミケリアで双子に危険が及ばないとも限らない。


 昨晩も眠るミラとユリウスを見つめ、彼は重い溜め息をついていた。

そして布団の中であたしを強く抱き込み、 


「貴女や子供達を失うような事があれば、俺はきっとミケリアを滅ぼしてしまう」


「王国騎士とは名ばかり...ただの弱い男だ、俺は」


と険しい顔をする彼の背を、あたしはただ撫でてやる事しか出来なかった。


 そんな彼がまた思い詰めた顔をするので、見かねたあたしはそっと肩に手を置く。


「大丈夫だよ。あたしもいるんだ、そう易々と身内を危険に晒すもんか」


 こちらを見上げた彼に、にっとわざと余裕のある笑顔を向けて見せる。


「それに、大海原はあたしの庭だぜ?どーんと任せな。緊張ばかりじゃ、いざという時に力不足になるぞ」


「たまには気楽な海の旅を楽しんでろ」


 そう言ってあたしは彼の両頬をむに、と軽く引っ張った。


「でふが、」

 と眉を寄せる彼の頬を今度はぎゅっと潰す。


「むぐ、何を」

「つべこべ言わず、あたしの幸運に賭けとけ!」


 実際、どんなに危険を警戒したって、来るものは来るし起こることは起こるのだ。結局はその時の対応次第なのだから肩肘張ってもしょうがない。

 その様子を見ていた隣のルカーシュがくすりと微笑んだ。


「まったく強い奥方だ。恐れも掻き消す胆力だね」


 彼に笑いかけられたセリウスは、あたしをじっと見つめる。

そして観念したようにふ、と頬を緩めた。

 

「ええ、まったく...敵いません」


 気が抜けたような笑顔を見せる彼は、少しは緊張が解けたらしい。


 あたしは彼の微笑みに心の内で安堵すると、小脇に抱えていた衣服をばさっと彼らの膝に向けて投げてやる。

 

「ほら、お客様方はさっさと着替えな。潮風で上等な服が痛む。それに“国王陛下と護衛です”って言ってるようなもんだろ」


 投げつけたそれらは船員達と同じ、麻の素材のシャツとズボンだ。軽くて乾きも早く、風を通すのでベタつく潮風の中でも過ごしやすい。


 彼らの礼装は水を吸えば鎧のように重くなる。

落水なんてしたら一巻の終わりだからな。



————



「ふはっ!!似っ合わねえ〜〜〜!!!」


 いざ着替えた彼らが部屋から出て来ると、あたしは盛大に吹き出し腹を抱えた。


 上品で耽美な顔立ちの二人。さらりとした銀髪をゆるく肩まで編み下ろしたルカーシュに、腰まである艶やかな黒髪のセリウスは誰が見ても美男子である。


 “顔立ちが良ければ何を着たって似合う”なんて言うが、どうやら例外もあったらしい。


「あはは!ひでえや!!こんなに似合わない事があるかよ!」

「おい、フィズ!陛下だぞ、笑っちゃダメだって!」


 そう、海賊らしい生成り色のくたびれたシャツとえんじ色のゆとりのある裾の絞られたズボンは、恐ろしいほど二人に似合わなかったのだ。


「そんなに似合いませんかね?」

「支給された物を着ただけだと言うのに」


 あたしと船員達に笑われるなか、ルカーシュは首を傾げ、セリウスは決まりが悪そうに顔を赤らめる。


「ふふっ!あはは!はあ、腹痛い...!ま、その髪も原因の一つだろう。おい、バンダナあるか!」


 あたしはフィズが慌てて持って来た赤いバンダナを受け取り、二人の髪に被せてみる。

しかしその姿は輪をかけて違和感だらけの酷い仕上がりとなり、あたしとコンラッド達はまた腹を抑えて馬鹿笑いした。


「ひいーっ、間抜けすぎる!すんません陛下!」

「あはっ、ふふ!ひっどい仮装だなこりゃ」


「...これは怒ってもいいと思いますか」

「ふふっ!なんですかセリウス、その酷い見た目は!」

「恐れながら、陛下も他人事ではありませんよ」


 不機嫌に眉を寄せるセリウス、そして彼を見て吹き出すルカーシュ。


 うちの男共が当たり前のように着ている海賊の一般的な服装が、ここまで彼らに似合わないとは...。

 やんごとなき血筋というのは、その顔立ちまでお上品にしてしまうのだろうか。


「ま、とりあえずバンダナはやめて髪は括っておくか。おいでセリウス」


 あたしに呼びかけられたセリウスは眉間に皺を寄せたまま、渋々腰を上げて歩み寄る。

 あたしは少し背伸びをして、彼の後ろ髪の上半分を革紐で小さな団子を作るようにぎゅっと縛った。


「ほら、ルカーシュも」


 そして彼の編まれた銀髪を手櫛で解き、真後ろで無造作に結び直す。


「どうですか?似合うようになりましたか」

「...うん、さっきよりはマシかな」


 海賊にしては艶やか過ぎる髪を結んで誤魔化してやれば、二人は先ほどよりかは幾分か違和感が少なくなった。

 手鏡を渡してやるとルカーシュは自らを眺めてにこにこと機嫌を良くする。対してセリウスはこちらに不機嫌な目を向けた。


「...陛下のお髪は俺がやります」

「当たり前だろ。毎日結んでなんてやらないよ」

「心配しなくても奥方を取ったりなんてしませんよ」

「違っ...、側付きとして申しただけです」


 ルカーシュの言葉に、眉を顰めていたセリウスは途端に焦って顔を赤らめる。


「ま、妬けるだけの余裕が出たなら何よりだ。昼飯まで波でも眺めてゆっくりしときな」

「......」


 ポンポン、と彼の頭を撫でるとセリウスは唇を噛む。あたしはそんな彼に微笑むと、船員達を向き直った。


「お前らも主港作業が完了したらしばらく休憩だ!ジェイド、お前は見張りを頼む。昼でフィズと交代しろ」

「りょーかい船長!」

「さっさと終わらしちまうぞ!」


 船員達がそれぞれに返事をして捌けていくのを見届け、ふうと息をつく。


 一度訪れたとは言え、ミケリアに行くのは七年ぶりとなる。


 母さんの気まぐれで“自分のルーツが知りたくないか?”なんて連れられたそこは、砂漠だらけの暑い国。 


 市場で見かけた白い服の女達は、あたしや母さんと同じ髪色ばかりでこれはあたし達だけのものじゃなかったんだ、と心底驚かされたっけ。


 しかし母さんはやはり気まぐれで。

「あっちい!長居する国じゃねえ!」などと言って、滞在したのはたった二日きり。

 結局、ミケリアも自分の事もよくわからないままだった。


 祖母の事、その駆け落ちで産まれた母の事、そして自分や娘に継がれた“幸運”という力。

 今まで知ろうともしなかったそれらが、今度こそ明らかになるのかもしれない。



ちょっと短くなっちゃいました。

いざミケリアまで!


リアクションや感想をいただけますと大変喜びます!

いつもお読みいただきありがとうございます〜!

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