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107.幸運の娘

最初に書いた内容がご都合プロットすぎて納得がいかず内容を変更しました。申し訳ありません...!




「それじゃ、改めて聞こうか。お前らはミケリア王国の使者で間違い無いんだな?」


 船長室の真下、中甲板に位置する船室にて。

奥の一人掛けのソファに腰掛けたあたしは、強面の船員達に囲まれて座る五人の男に向き合うと、ゆっくりと机の上に足を組んだ。


 ここは会議室兼、時化の日の船員達の食堂。椅子も机も多く揃っているので都合がいい。

あたしの背後に控え立つセリウスが、彼らを審査するようにじっと見下ろした。


「さっきからそウ言ってるだろウ!オレ達を疑うってのカ!」

「やめろアリケー。...失礼した。いかにも、我々はミケリア女王の命により遣わされた正式な使節団である」


 息巻く青年を静かに嗜め、流暢なイズガルズ語と共に金髪の男が真っ直ぐこちらに視線を向ける。

そして懐から黄金の石座に嵌め込まれた真紅の宝石を出すと、静かに目の前の机に置いた。


「我が名はハリアル・コントレーラス。ミケリア女王直属、特等級騎士団“炎鬣の獅子”の騎士団長を務めている。これなるは女王アレハンドラ陛下より預かりし宝珠。どうかご確認頂きたい」

 

 特等級騎士団の団長...というと、彼はまさしく、セリウスと同じ立ち位置であるということらしい。

 彼より年上のようではあるが、腰まである長い金髪、褐色の肌、深い青の切長の瞳。まるでセリウスの対のように見えるのは偶然だろうか。


 コンラッドが宝珠を手に取ると、しげしげと眺める。


「純度の高いルビーだ。背面に太陽の紋章、仕掛けはなさそうだが...」とあたしの机にそれを置いた。


 あたしも宝珠を手に取ろうとすると、セリウスがす、と遮り「念の為、魔法の確認を」と囁く。


 頷いて彼に任せれば、しばらく何やら呟いてコンコン、と指で叩く。そして何の反応も無いことを確認するとあたしに手渡した。


「...ふむ、これほど大きなピジョンブラッドとはまず見かけないな。背面の紋章も数年前に見た王家の章旗と同じ。...ひとまず信用しようか」


 小さな拡大鏡で宝珠を眺めたあたしが顔を上げてそう言うと、船員達は威圧的に組んでいた腕を緩めた。


「ハリアルと言ったか。船長のステラ・バルバリアだ。うちの荒くれどもの無礼を許して欲しい」

「いや、我々も気を急いていた。...お前達、名乗らないか」


 ハリアルは軽く首を横に振ると、仲間の男達を振り返る。

彼の視線を受けた褐色の肌の男達が、頷いて順番に口を開いた。


「アリケー・カエロサ!“炎鬣の獅子”所属の騎士、一番槍ダ!」


 一番に口を開いたのは先ほどハリアルに嗜められていた青い短髪に鳶色の目の青年。引き締まっているが少し背が低いな。おそらく10代後半か、20代前半だろうか。彼らの中では最も好戦的なようだが、分かりやすく幼さがある。


「...ナタリア・イリアルテ」


 次の男が名乗ると、ハリアルが鋭い視線を送る。

すると彼は苦々しい顔をして、はあとため息をついた。


「ナタリ“オ”・イリアルテ。同じク、ハリアル様の下で団長補佐を務める騎士でス。お見知り置きヲ」


 そう言い直した細身の彼は、薄桃色の髪を高く結い上げ、色とりどりの羽飾りで彩っている。

目元と唇は金の化粧で縁取られ、まつ毛も長い。美青年だが女性的な印象、そして先ほどのハリアルとのやり取り。

 ...おそらく“彼”は“彼女”なのだろう。


「我ガ名はマウレシオ・エルナンダ!同じく所属ノ騎士デアリまス!ドウゾお見知り置きヲ!」


 勇ましく名乗りを上げた男は、筋骨隆々に赤髪の巨漢だ。笑顔が豪快な彼はおそらく30代後半といったところか。...とにかく訛りが一番酷いな。


「...バシレオ・フラド。騎士ではなく、書記官でス」


 気だるげにこちらを見ずに答えた男は、おそらく20代か?くすんだ灰色の髪に、片目を隠された同じ色の瞳。どこか疲れたような...セリウスとはまた別の、人を寄せ付けない雰囲気がある。


「ふうん、騎士四人に書記官か。なるほどな」


 あたしが目配せすると、コンラッドが頷く。


「コンラッド・ザカラム。副船長を任されてる」


 そしてセリウスにも軽く顎を上げて見せれば、彼も一歩前に出て口を開いた。


「セリウス・ヴェルドマン。ルカーシュ国王陛下の傍付きであり、王国直属特等騎士団、“剣牙の魔狼”騎士団長を務めている」

 

 するとハリアルが少し目を見開く。


「貴殿、私と立場を同じくする者か。...ならば話は早い。今から話す内容を陛下に取り次いで貰えまいか」


 彼の真剣な眼差しに、セリウスは静かに頷いた。


「先ずはお話し願おう。それからだ」




————




「我々が赴いた理由、それは貴殿の娘と国王陛下に我が国へお越し願う為だ」


「うちの娘だと!?」

「貴様、どう言うつもりだ」


 あたしが立ち上がると同時に、セリウスが低い怒声と共に右手に火花を散らす。


「国王のルカーシュは百歩譲ったとして、ミケリアと娘に何の関係がある」


 あたしが訝しみ、セリウスが険しく眉を寄せる。

コンラッドを含む船員達が再び腕を組み、拳を鳴らした。


ハリアルは怯む事なく続ける。


「では、まず原因からお話ししよう。現在、我が国は“幸運”の加護を持つ女王陛下と巫女達が病に臥せ、存亡の危機に冒されている」

「存亡の危機だと?」

「ああ、過剰な加護の力に耐えきれぬ身体は高熱に侵され、日に日に衰弱する一方...。我が国はこのままでは指導者と巫女達を失ってしまう」


 あたしの問いかけに答えたハリアルは眉をしかめ、拳をぐ...と握った。


「調べに寄れば、“対の国イズガルズとの断絶により祭祀が行われなくなった結果、魔力の均衡が崩れかけている”と」


「月の神官と太陽の巫女により、祭祀を行う事が解決には必至だと言うが...、加護を持つ女王陛下と巫女はもはや立ち上がれる状況ではない」


 ハリアルは深刻な面持ちでそこまで言い切ると、あたしへと顔を上げた。


「そこで千里眼の術者達が貴殿の娘を見つけた。貴殿とその娘は巫女の血を引く者。強い“幸運”を授かっているが、何故か病に侵されていない」

「あたしと娘に巫女の血だと?」


 いきなりの情報にあたしとセリウスは目を見開く。

 確かにミケリアの血を引くあたしに“幸運”の加護があるかもしれない、とはつい最近ルカーシュから知らされたところだ。しかし巫女の血を引くだなんて、母からも聞いたことはない。

 眉を上げたあたしに、ハリアルは視線を逸らさず続けた。


「貴殿の祖母君は我が国の巫女、サーラ・カルデラ。姓を変えこの国で身分を隠していた様だが、血は濃く注がれていると見える」


 あたしはさらにその言葉に驚かされる。

まさしく、ハリアルの言う通り祖母の名はサーラだった。旧姓など今の今まで知りもしなかったが...。


 しかし祖母について知っている事は少ない。

母によれば、祖母は母国や自分自身の事を殆ど語らなかったという。もしこいつの言う事が本当なら、身分が露見し、国に連れ戻される事を恐れていたのだろうか...。


「“幸運”は男神であるヴァルカ・エル・マナに愛された巫女の血を引く“女”にしか発現しない。夕焼けを纏うその髪、その身に宿る金の魔力...紛れもなく、貴殿は巫女の血筋」


 じっ、とハリアルの深海のような深い青の瞳に射抜かれ、僅かに身を引いてしまう。


「しかし、貴殿は既に子を産んでいる。巫女は処女(おとめ)でなくてはならない」

「だからってうちの娘だと!?まだ赤ん坊だぞ!」

「易々我が子を未知の異国に預けると思うか」


 あたしとセリウスが彼に向かって怒りを顕わにすると、ハリアルが立ち上がって両手を額の下で組み、深く頭を下げた。

そして残る全員が一斉に同じ姿勢を取る。 


「無理を承知で申し上げる。このままでは我が国は滅びる運命に置かれているのだ。今この瞬間も女王陛下と巫女達の命はすり減っている」


「どうか、何卒。何卒...お力をお貸し願いたい」


 ハリアルの焦燥に満ちた表情と差し迫った声色。

あたし達は険しい顔のまま目を見合わせた。


「...うちの娘が巫女だったとして。その祭祀とやらに危険はないのか」

「祭祀の儀の内容は、神鏡に触れて互いの加護を交わすのみ。傷一つ付けぬ事をお約束する」


 真剣な目でそう告げたハリアルにあたしはセリウスを振り向く。


「...だとよ。どうする」

「罠でないとも限りませんが、まずは報告かと」


 正直にわかには信じがたいが、国の真裏からはるばる海を超えてきた彼らの瞳は真に迫っている。


 娘が巫女なんて言われたって何ができるとも思わんが、国同士の話ならばここで結論は出せんな。

あたしはもう一度短いため息をつくと、椅子に掛け直して口を開いた。


「...ま、お国の話だ。あたしの一存では決められんしな。幌馬車を借りてやるから、ルカーシュに直接謁見するしかないだろう」


 後ろのセリウスに視線を送れば、静かに彼は頷く。


「...誠に、恩に切る」


 ハリアルは頭を下げたまま、真摯に言葉を返した。




————




「なるほど、事情は分かりました」


 玉座に掛けたルカーシュが顎に手を当てて頷く。

そして彼らを順にゆっくりと眺めると、静かにハリアルの目を見定めた。


「対の国ミケリアが危機に瀕しているならば、本来ならば手を貸すべきなのでしょう。...しかし」


 ルカーシュはじっとハリアルを冷えた目で見下ろす。


「三百年前に精霊の呪いを受けた我が国を身限り、国交を断絶したのはそちら側です」


 その言葉を予想していたらしい彼らは、口を固く結ぶ。

ルカーシュは表情を変えずに続けた。


「その上、こちらはようやく内政が落ち着きを取り戻しつつあり、外敵を退けたばかり。国王である私が長く国を離れるのは望ましくありません」


「加えてそちらが望む“巫女”とは我が国の二大英雄の娘です。次代の国の宝を遥か異国の地まで危うきに晒し、見返りもなくそちらの国を救えと言うのは少々虫が良いのではありませんか」


 ルカーシュはその端正な面持ちから紅の目で、彼らを冷ややかに威圧する。視線を受けた彼らは膝をついたまま「ぐ...」と目を伏せた。


 しかしただ一人、ハリアルだけがルカーシュから目を逸らさず口を開いた。


「...ご無礼は最もであります。しかし、均衡の崩れは我が国のみを蝕むものではありません」


「太陽と月は夫婦(めおと)神。月は陽の光を受けて輝くもの。三百年の断絶の間に、そちらの魔力は弱まっている筈です。我が国では過剰な魔力の付与により巫女達が病んでいるが、こちらでは忌み子が年々増加しているとお聞きする」


 ハリアルの言葉に、あたし達は目を見開く。

確かにこの国では、血の薄い農民などに稀に産まれていたはずの忌み子が、いつしか血の濃い貴族からも産まれるようになった。今やその存在は稀ではなくなり、孤児院に送られる子は年々数を増やしつつある。


「かつては一年に一度我が国の神殿にて行われていた祭祀...、それは再び夫婦神を一つにし、力の均衡を保つためのもの。今やその均衡は崩れ、このままではいずれ両国は滅びを迎えるでしょう」


「...どうか、ティエラとヴァルカを今一度ひとつに」


 そして再び深く頭を下げたハリアルに、ルカーシュは口元に手を当てしばし目を瞑る。

玉座の間にしん...と沈黙が流れ、彼らはじっと(こうべ)を垂れて彼の言葉を待った。


 そしてルカーシュは口元から手を下ろすと、静寂の中で口を開いた。


「...いいでしょう」


 使者達がはっと顔を上げて、彼を見つめる。

ルカーシュは一国の長らしく余裕のある微笑みを浮かべると、彼らを見下ろした。


「しかし祭祀を行うにしたがって、こちらに大きく負担の偏りがある事は明白。見返りとしてこちら有利の交易の再会、魔法技術と鉱物資源の提供、歴史的資料と遺物の全面開示を求めます」


「なっ...横暴ダ!!」

「下がれアリケー。...元は我ら祖先の過ちが招いた禍。我が首を持って、イズガルズ国王陛下への利をお約束致しましょう」


 ルカーシュは彼をじっと見つめると、ゆっくりと頷く。


「よろしい。...セリウス、ステラ女史。王命としてミケリア王国への供を、次いで娘の祭祀への参加を命じます。これについてあなた方に拒否の余地は設けません。よいですね」


 あたしとセリウスはぐ、と奥歯をかみしめるが、同時にきっちりと礼の動作を取る。

 

 まだ立つこともできない我が子を国の真裏まで連れて行き、訳のわからない祭祀なんかに利用させろなんてはっきり言っていい気持ちはしない。

 しかしセリウスは王国騎士、加えてあたしはその妻。主君の言葉は絶対であり、ましてや王国の危機に命に背くなど出来るわけがない。


 だが、あえて厳しく命じて見せたルカーシュも、親友の娘に何かあろうものならあたし達が動く事を止めはしないだろう。


 ハリアルの言った“傷一つ付けない”

それが本当でなければ、ミケリア王家とてただではおかない。


 あたしとセリウスは礼の姿勢から体を起こすと、静かに視線を交わした。



“幸運”はまさかの巫女の血によるもの、そしてミケリア王国の危機に王のみならず娘を差し出せと言う使者達。ステラもセリウスも気が気ではありません。次回に続きます!


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