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106.血の繋がり




 あれから少し経ち、ミラとユリウスはすくすくと順調に育っていた。そしてあれほど赤ん坊にタジタジであったセリウスはというと...


「ミラ!そちらは危ない!」


 階段の方向へハイハイで向かっていたミラを風魔法でひゅるりと部屋の中に連れ戻し、


「泣くなユリウス、すぐ終わる...!」


 泣き出すユリウスのおしめを素早く魔法でしゅるんと替えて抱き上げる。

 そして光魔法を指先からぽわ、ぽわ、といくつか出して周りを飛ばすとユリウスは泣き止んであうあうと光に手を伸ばし、彼はふうとため息をついた。


「すっかり父親が板についたな、セリウス」


 階段を上がってきていたあたしがミラを抱き上げて笑うと、彼はこちらへ微笑み返す。


「まだ余裕はありませんが、少しは」


 あたしはそんなセリウスにそっと近づくと、頬へと軽くキスを落とした。


 セリウスはあれからというもの、率先して赤ん坊の世話を焼こうとする騎士達に「やり方を教えてほしい」と自ら頼み、子育てに加わるようになった。


 初めは例の如くあたふたとして赤ん坊のやる事なす事全てに焦っていたものの、あたしが「代わろうか?」と気遣うのを断り「いえ、出来るようにならなくては」と取り組む姿は元来生真面目な性質の彼らしかった。


「まさかここまで成長するとはな。親父殿も鼻が高いんじゃないか」


 あたしは彼に笑いかけながら、腕の中で「あぅあ〜!」と海老反りになるミラをよしよしとあやす。

 

「むしろクラウス様を超えられましたよ。あの方は怖がって赤ん坊から逃げておられましたからね」


 あたしの後ろから替えのシーツを持ってきていたアイネスがははは、と笑う。


「では父に大きな顔をしてやれるな」

と彼は嬉しそうに微笑んで、えぅえぅと手を伸ばす腕の中のユリウスを見下ろした。


 ここしばらく双子を育ててきてなんとなくわかった事だが、ミラは活発で落ち着きに欠けるがよく笑い、ユリウスは常にぽやんとしていて大人しいが泣きやすい。


 アルカ爺さんやアイネス達によれば、どうやらミラは赤ん坊の頃のあたしによく似ており、ユリウスはセリウス似ということらしい。


 なんとなく一番目立つ髪色のおかげで分身のようだと感じていたものの、しっかりそれぞれに似ていると言うのは面白いものだ。


 そんなわけでミラは性質の似ているあたしが、ユリウスをセリウスが見ることが自然と多くなっている。しかしどうにも子供というのは不思議なもので、結局は母親のあたしばかり二人は後追いするのだった。


 うーっ、うーっ、とあたしに気がついたユリウスがセリウスの腕から身を乗り出して、こちらに手を伸ばし始める。


「ユリウス、落ち着け。今はミラが抱かれているだろう」


 もたもたとゆっくり落ちようとするユリウスを彼は抱き直す。


「いやいいよ、ミラは遊びたがって暴れてるし」

「ではわたくしが遊びましょうか!どうぞミラ様!」


 アイネスが満面の笑みを向けて手を広げると、ミラは「あぅう!」と笑顔で這い寄っていく。

 そして彼に「そーれ高い高い!」と持ち上げられてきゃっきゃと嬉しそうな声を上げた。


「さ、おいでユリウス」


 とあたしがユリウスを抱き抱えると、ユリウスは腕の中で満足気にあたしの髪をしゃぶりだす。


「ああ、また髪がよだれまみれに...」


 セリウスがその様子をみて両手を浮かせるが、あたしはやんわりとその手を制した。


「いいよ、後で綺麗にしてくれ。その為の魔法だろ」

「それはもちろんですが...」


 彼はそう言いながらも、むう...と少し面白くなさそうな顔をする。


「なんだ、寂しいならミラと遊んでやればいいじゃないか」


 すると彼はあたしの言葉に「遊び...」と呟いて顔を曇らせた。


 そう、彼はある程度赤ん坊の世話はできるようになったのだが、どうにも“子供と遊ぶ”ということだけはよくわからないらしい。


「セリウス様は赤子の頃からあまり笑われませんでしたからねえ。唯一反応したのが魔法くらいで。物心ついてからは鍛錬ばかりで遊ぶ暇もありませんでしたし」


 ミラに頭の上までよじのぼられつつ、アイネスが苦笑する。


 そういえば確かに...、彼に似ているというユリウスも魔法には興味を持っているようだが、大笑いはせず微笑むくらいだ。その上ミラが大喜びする“高い高い”ではきょとんとしているし、くすぐったら泣いてしまう。


 加えてやっと遊べるようになった子供時代まで鍛錬で縛り付けられていたのなら、こんな仏頂面騎士になるのもわからないでもない。


 “遊び”の経験が乏しい彼に「さあ遊べ」と言うのも、確かに酷なものか...。

そう思い直したあたしは若干拗ねたような顔でこちらを見る彼に笑いかける。


「じゃ、寂しいセリウスはこっちにおいで。ユリウスは髪の毛に夢中だし、あたしが構ってやろう」


 冗談っぽく片手を広げてやると、セリウスは顔を赤くしてごほんと咳払いをした。


「俺をまた子供扱いして...」

「なあに、子育て熱心な旦那様を労ってやろうってんだ。遠慮するな」


 するとそれ見ていたアイネスはミラを抱えたまま、すっと部屋の出口へと足を向ける。


「ではミラ様は我々がお相手をして参ります。おーい、ジェンキンス!ラウール!」

「おおミラ様〜♡本日もお可愛らしい!」

「どれ、わたくしがお船ごっこをいたしましょう!」


 階段下で呼びかけられた騎士たちが嬉しそうにミラを囲む声がする。

あたしがそっと扉を閉めて振り向き微笑むと、彼は少しむず痒そうな顔をした。



「ほらおいで、よく頑張ったご褒美だ」


 ソファに腰掛けてぽんぽんと隣を叩くと、彼は素直に隣に腰掛ける。

 そんな彼の頭を片手で引き寄せて髪を撫で、ちゅ、ちゅ、と頬にキスを降らせてやると、セリウスは大人しく目を瞑って顔を赤らめていく。

 

「苦手だったくせに良くやってるよ。正直、お前に惚れ直した」


 にっこり微笑んでそう言うと、彼は顔を赤くしたまま薄い唇を噛む。照れながらも喜んでいるらしいその姿にあたしは気を良くして、彼を抱き寄せてもう一つ頬にキスを落とした。


「すぐそうやって俺を甘やかす...」


 そうつぶやいた彼はあたしの方を向き直ると、こちらの腰に手を回し、そっと引き寄せてこちらのこめかみにキスを降らせる。

少しくすぐったい口付けにふふ、と笑みがこぼれてしまう。


 彼はさらにユリウスごとあたしを抱き込むと、頬を撫でて唇を重ねた。柔らかく慈しむように何度か触れた唇がそっと離れると、少し伏せた睫毛の内から金の瞳がこちらを優しく見下ろす。


「俺は貴女のほうこそ、存分に甘やかしたい」


 低い声で甘く囁かれ、お返しとばかりに髪を撫でるものだから、思わずたじろいでしまう。


「じゅ、充分楽させてもらってるよ。離乳食だって作ってないし、海から帰ったらやたらと世話を焼いてもらえるし...」


 実際、授乳の回数が減った今ではずいぶん楽になったもので。

“しばらく航海は近海のみ”と約束して子供たちを船に乗せてはいるものの、大規模なあの結界のおかげで航海は安全極まりない。

 しかもリゼやビクター、おっさんどもも嬉々として双子を見てくれる為に船長業にも支障はない。


 その上屋敷へ戻れば

「お疲れでしょう、俺が預かります」

「眠れていないのでは?さあお休みください」

「読書の時間を取られては。俺が見ておきますので」

...などと、俺が、俺が、とセリウスが必死に世話を焼いてくれるのだ。


 ついでに騎士達も、我らが、我らが、と参戦してくれるので、あたしの仕事は抱っことたまの授乳くらいである。


「むしろやってもらってばかりで、若干負い目があるくらいなんだけどな」


 あたしが苦笑して頬をかけば、彼はそんなあたしの頬にまたキスを落とす。


「何を仰る。俺は貴女にまだ何も返せていないのですよ」

「返す?何をさ」


 あたしが聞き返すと、セリウスはこちらの顔をじっと見つめる。きょとんとしていると、彼はゆっくりと口を開いた。


「...俺は貴女に会うまで、愛など無縁だと思っていました」


「父の愛する母を殺した俺は、親の愛など望まずただ騎士として生きるべきだと。女を疎ましく感じるのも、己にそういった感情が存在しない為だと思っていたのです」


「しかし貴女は俺に鮮烈な恋を教え、ましてや愛を返し、俺を親にまでしてくれた。今や、異質な存在だと思っていた赤子に愛情を感じ始めているなどと...自分でも信じられない」


 彼はそう言ってあたしの髪をしゃぶるユリウスの頭をそっと撫でる。

そしてこちらへと視線を上げると、柔らかく微笑んだ。


「貴女に与えられた以上に、俺は返したいのです」


 あまりにも優しげな眼差しで見つめる彼に、あたしは思わず言葉に詰まる。少し視線を泳がせながら、照れを隠すように口を開いた。


「べ...、別にあたしが何か与えてやったわけじゃないだろ。お前が惚れなきゃ、あたしはここにいないわけだし」


 あたしはこいつの熱心なアプローチがなければ、騎士になんてきっと興味さえ持たなかったのだ。

騎士と海賊なんて生きる世界が違いすぎるし、復讐を控えていたあたしは恋愛なんて一つも考えちゃいなかった。


 そもそも、色恋に本気になるやつは馬鹿だとすら思っていた。父さんもあたしが産まれてすぐにどこかへ消えちまったらしいし、初恋だって戦で吹き飛んだ。海賊の恋愛なんてそんなもんだ。深入りしていいことはない。


 たまたま任務で組んだこいつにいきなり慕っているだなんて告げられた時も、どうせすぐに諦めるだろうと思っていた。

 女を知らない若造の初恋。任務なんて特別な状況に感化されて産まれただけの一時の気の迷いだと。


 けれどもセリウスはどんなにこっ酷くあしらったって、何度も何度もあたしに愛を説いた。

そのうちだんだんとその熱意や優しさに絆されて、あげく命を三度も救われて。


 あたしはただそれに甘んじるだけで、何にも与えてなんかない。


むしろ———


「与えられたのはあたしだよ。それは元々、お前にあったものだ」


 セリウスの胸を人差し指でとん、と軽く押してやると、彼は少し驚いたように目を見開く。


「俺に...?」

「そ。お前はあたしなんかよりもよっぽど愛情深い人間ってこと!」


 にっこりと笑うと彼はまだ飲み込めないのか、言葉に迷って「それは...。そう、なのですか...?」とまたつぶやいた。


 まったく。あんなに慕ってるだなんだとこっちを散々口説いておきながら自覚もないとは。

 あたしはふふっと笑みを溢すと、彼の手をぎゅっと上から握った。


「そんな愛情深い旦那様に一つお願いがあるんだが」


 彼は少し苦笑して、「愛する妻の頼みであれば」と冗談めかして答える。


「今から子供達をアイネス達に預けたい。馬で王都港に連れてってくれ」

「今からですか?構いませんが」

「助かるよ。新しく百砲艦を降ろしたんだ。沖に出すまでに帆の糊重ねを終わらせちまいたいからな」

「帆の糊重ね...?」


 セリウスが疑問符を浮かべて繰り返すので、あたしは頷いて教えてやる。


「帆に糊を塗り重ねるんだ。しっかり乾かせばより風を受けやすくなって雨や海水で濡れなくなる。王都で大量の糊の発注を終わらせて、船員達とマスト順に工程分けをしなきゃならん」

「なるほどそれは、子供がいると難しい訳ですね」

「そう言う事だ」


 あたしは再び頷くと、ユリウスをひょいと持ち上げて微笑みかける。


「悪いなユリウス、母さん達はちょっと仕事だ。アイネスと留守番しててくれ」


 あたしに微笑まれたユリウスは「うぅー」と名残惜しそうに髪に手を伸ばした。




————




 予定通り王都にて発注を終わらせ船に向かうと、何やら船員達が桟橋で険しい顔をして集まっている。その奥で関所のワトキンズが困った顔で誰かと話しているようだ。


 彼らの側にはうちの主艦“緋色の復讐号”と、その隣に停められた巨大な帆船が一隻。ここらではあまり見ない意匠の船の作りは珍しいが、見覚えがある。

だがそうだとして、なぜこんな離れた国まで...。


「おい、何事だ」


 馬から降りたあたし達が近づくと、彼らは一斉に振り向いた。船員達の奥には、真紅の異国の服を身につけた褐色の肌の五人の男達。


「ステラ。良いとこに来てくれたな」


 コンラッドが真剣な顔で口を開く。


「こいつら、あのミケリアから来た使者らしいんだが、お前と国王に会わせろって聞かなくてよ」

「しかし手形もありませんので、王城に出した遣いが戻るまで待つように伝えているのですが...」

「その髪色!ステラ・バルバリアとお見受けすル!どうか話を聞いてはくれぬカ!!」


 ワトキンズが続ける言葉を遮って使者達はあたしへと歩み寄ろうとし、屈強な船員達がそれを阻むように囲んだ。


「おっと、待て待て!お前らに害意がない確証はねえからな。船長には近づけねえよ」

「害意などなイ!我々はカルデラの血を引く彼女に話があるだけダ!」

「縛るなり好きにすれば良イ!!」


 訛りのある言葉で必死に訴える彼らに、あたしは手を上げて船員達を止めつつ近づいた。


「構わん。うちの船で話を聞こう」


「セリウス、いいな?」


 あたしの後ろで彼らを見下ろしていたセリウスが頷く。


 使者達がどんな魔力を持っていたとしても、この国一の魔法騎士が側に居るならば彼らも文句はないだろう。

 船員達は彼らを睨みつけたまま包囲の輪をゆっくりと解いた。



 


セリウス頑張ってめちゃめちゃ成長!まだ若干あたふたしつつも、対処できるようになりました。

ようやく少し育児に慣れたところで、いきなり現れたミケリアの使者。彼らの目的とは?次回に続きます〜!


リアクションや感想をいただけますと大変喜びます!

いつもお読みいただきありがとうございます〜!

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