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105.家族の始まり




 深夜の寝室にて。

んにゃあ、ほにゃぁ、という泣き声であたしは目を覚まし、瞼を擦る。


「眠う...」


 すると、隣のセリウスももぞりと身じろぎしてゆっくりと起き上がった。


「お前は寝とけ。寝不足なんだろ」


 起き上がったままの形で目をしぱしぱさせているセリウスに声をかけると、あたしはベッドから足を下ろした。マッチを擦って枕元の蝋燭に火をつけると、ほんのりと部屋に灯りが灯る。


 灯りがついた中で見てみれば、やはり泣いているのはユリウスだ。その隣に寝かされたミラはすやすやと寝息を立てている。


 ユリウスを抱き上げてベッドに再び腰を下ろしたあたしは、胸元を開けて乳を吸わせる。


すると起き上がってきたセリウスがゆっくりと隣に腰掛けて、あたしの背に毛布を掛けた。


「寝てていいって言ったのに」


 あたしが苦笑して言うと、セリウスはふるふると首を振る。


「いえ、俺だけ寝ているわけには...」


 寝起きの声で答える彼の目の下には、まだ隈が残っている。

 こちらに間に合わせようと三徹して、やっと昨晩寝たものの、不安と緊張であまり眠れなかったと語った彼は、起きているのもやっとなはずだ。


「男はやりようがないんだ、寝ときなよ。まだあと2回は起こされるんだぞ」


 あたしがそう言って彼の膝を優しく叩くと、「ですが...」と言いながら彼は口元に手を当て、あくびを噛み殺す。

 そんな姿が愛おしくて、あたしは片手で彼の頭をよしよしと撫でた。


 腕の中ではユリウスが、んく、んく、と小さく喉を鳴らしている。するとあれほど張って辛かった胸が少しずつ楽になっていくのだから、赤ん坊と母体というのはよく出来ているものである。


 ユリウスは産まれて間もない新生児らしく、3時間ごとにきっちり目を覚まして乳をねだる。しかしなぜだかミラは夜中に一度しか起きずいつもすやすや眠っていて、それはそれで少し不安だ。

 

 双子は似るなんて言う割には、意外と性格が違うもんだな。そういえばビクターが“男女の双子は二卵性だからどうのこうの”とかよく分からない事を得意気に言っていたっけ。


 ...なんて思いながらユリウスを見つめていると、隣のセリウスがこっくり、こっくり、と前後に船を漕ぎ出した。


 まったく、無理しやがって。

あたしはふふ、と笑みを溢すと彼にそっと囁く。


「...なあ、セリウス。しばらく部屋を分けよう」


 すると彼ははっと目を開いて、あたしの体をぎゅうと抱き寄せた。


「だ、...だめです、いやだ」


 寝ぼけているのか、回らない舌でうわ言のように答えるセリウス。


 しかしぽんぽんと頭を何度か撫でてやると次第に手の力が緩み、あたしにもたれかかるように彼はまたすう...と眠ってしまう。


 ...どうやらこれは、説得しても聞きそうにないな。


 あたしは少し呆れて笑うとゆっくりと体を斜めにして、眠る彼を肩からずり落としていく。


 とさり、とベッドに横向きに倒れた彼は起きそうにもない。

あたしは彼の頬をそっと撫でると、ユリウスを抱いたままそろりと立ち上がった。


 胸元を直して、眠るミラに近づくと起こさないようにもう片方の手で抱き上げる。

 それからドアノブになんとか指先をひっかけて、気付かれないように部屋を出た。


 赤ん坊たちが泣かないよう、廊下をそろそろと歩いていく。そして階段下で夜間の警備に着く騎士達をみつけると、上階から囁き声をかけた。


「おい、チェシー、エド」


 声を掛けられたチェシーとエド...改めチェスターとエイドリアンがこちらを振り向く。

 あたしと対して年齢の変わらない彼らは騎士たちの中でも気のいいやつらで、割とよく話す方だ。

しかし二人はこちらを見るなりばっと両手で顔を隠した。


「奥様!?ガウンはっ!」


 またそれかよ!くそ、やっぱこの夜着面倒だな。

騒がれたくないあたしが「しっ!」と囁くと、彼らはあわてて口を覆った。


「反対側、突き当たりの部屋で寝たい。掛け布団とおしめの替えを持ってきてくれるか」


 続けて囁くと彼らは顔を見合わせてからこくこくと頷き、慌ててその場を後にする。

 それを見届けたあたしは、かつて死にかけて世話になったあの部屋のベッドの上に子供達を下ろした。


「悪いけど、お借りするよ大奥様」


 壁に飾られたセリウスの母の肖像画に話しかけると、自分もゆっくりとベッドの上に腰掛ける。


 見下ろせばミラはすやすやと寝息を立て、満腹になったユリウスもうとうとと瞼を下げ始めている。

すると、先ほどの二人の騎士がおしめと掛け布団を抱えて部屋の入り口に現れた。


「まったく、驚きましたよ。どうしてこちらに?」


 栗色の巻毛のチェシーがそう言って布団の上に掛け布団を下ろし、金髪のエドがおしめを机によいしょ、と置く。


「部屋を分けたいっつっても聞かないからさ。あいつが寝てる隙を見計らって来た」


 双子に掛け布団をかけながら答えると、移動に手を貸した二人はさあっと顔を青ざめさせた。


「えっ、嘘でしょ...」

「俺たち焼かれちゃうよ...」

「んなわけあるか。あたしが頼んだんだぞ」


 そんな二人にあたしが笑うと彼らは不安気にこちらを見る。


「でも旦那様が許されてないんでしょ...?もう終わりだよ...」

「いきなり部屋を分けるなんて喧嘩でもされたんですか?俺たちの命を巻き込まないで下さいよ...」


 泣き言を言う彼らがおかしくて、あたしはくすくすと笑ってしまう。いったいセリウスはどんな無慈悲な主人だと思われているのやら。


「その逆だよ。疲れてるあいつを夜泣きに付き合わせたくなくてね。乳も出ないのに起きてたってしょうがねーからな」


「へえ、お優しい...」

「そう言う理由なら俺たちも許されるか...?」


 彼らが不安気な顔のまま顔を見合わせるので、あたしは笑いながら「許される許される」と返してやる。

 

「そう言うわけだから助かったよ。ほら、バレる前にさっさと戻りな。」


 笑顔でひらひらと手を振ってやると、彼らは一礼してそそくさと部屋を出ていく。


 扉が閉められ、あたしは布団の中に潜りこむと子供達を潰さないようにそっと抱えた。

微かに上下する高い体温はゆっくりと眠気を誘う。


 壁に掛けられた肖像画の美しい顔に目をやれば、気のせいかいつもより笑顔が優しいような気がする。

 そう微かに思った時には、意識は眠りへ吸い込まれていった。





「ステラさんっ!!なぜこんな所に...!」


 部屋のドアが勢いよく開けられ、切羽詰まったセリウスの声で目を覚ます。


 「んん...?」


 もぞもぞと起き上がり、なんとか瞼を開けて窓を見ればすでに外は明るい。


 朝日の差し込む部屋の中、セリウスは息を切らしてこちらに歩み寄ると、あたしを抱えて肺の全てを吐き出すような長いため息をついた。


「起きればステラさんはいないし、子供もいない...。何が起こったのかと思いました...」


 探し回ったらしく少し息の上がった彼は、気の抜けた声であたしを抱きしめる。

あたしは大袈裟な様子に少し呆れつつ、彼の腕の中から手を伸ばしてぽんぽんとその背中を撫でた。


「起こしたくなくて移動しただけだよ。明るくなるまで寝てたってことは相当疲れてたんだろ?」


 そう言って宥めると彼はさらにぎゅう、とあたしの体を抱きしめる。


「気を遣わなくとも俺は短時間で回復しますし、夜間に起こされるなど戦場では日常茶飯事です!」

「家まで戦場にしてどうすんだ。目の下真っ黒の旦那様なんて嫌だぞあたしは」

「だからと言って...!」


 あたしはまだ反論しようとするセリウスの唇をキスで塞ぐと、頬を撫でてその顔をじっと見る。


 ...ふむ。どうやら少しは寝れたらしいな。

目の下の隈が薄まって、肌も少し艶が戻ったようだ。

 そもそもこいつは夜じゅう身体を重ねてもピンピンしていたような男だ。少しの睡眠でも回復できると言うのは実際事実なのだろう。


「ま、眠れたなら良かった。これからしばらくあたしはここで寝るよ」


 そう言ってあたしが微笑むと、彼は目を見開いた。


「そんな!嫌です、俺は貴女の側に居たくて同室にしたと言うのに!」

「毎晩3時間置きに起こされてお国の仕事ができるか。こちとら海賊は昼間も寝れるし騎士達もいるんだ。お前は休め」


 正論ですぱんと返された彼はぐっと怯むものの、それでも不満気な顔で「嫌です...」と食い下がってくる。


 やっぱり思った通り、話し合いじゃ聞きそうにないな。

あたしはどうにも平行線なその様子に、はあ、とため息をついた。


 実際、今回の出産で不安にさせてしまった彼があたしの側に居たがるのはわからないでもない。

その上あたしは日頃から航海ばかりで、夫婦とは言えない程に家を開けている事には負い目がある。

 本来ならば彼の希望を聞いてやるべきなのだろう。


 しかし彼は、王城の騎士兵士の全てを統括する最高指揮官なのだ。とてもじゃないが寝不足で片手間にやっていい仕事ではない。


 だが言っても聞かないこの馬鹿は、きっと今夜からは何がなんでもあたしを引き止めるのだろう。


 あたしは不満気な彼と眠る赤ん坊達を見比べて、うーん...と唸って考え込む。


 こいつの望みを叶えつつ、大人しく寝かせてやる方法はないものか...。



 そしてこちらを見つめる彼の金の目を見て、あたしはピン、と思いつく。


なるほど。つまりは起こさなきゃいいんだ。



「...仕方ない、一緒に寝てやる。ただし一つ条件をつけよう」


 それを聞いた彼は、不満気に寄せていた眉を上げて「条件...?」と繰り返す。

頷くとあたしは続けた。


「あの“離れた場所の声を繋ぐ魔石”があったろ、あれをもう一度作ってくれ」


「夜勤の騎士達に別室で赤ん坊を任せて、泣いたらあたしだけ起こしてもらおう。お前は気付いても起きないこと。それが条件だ」


 彼の目を見て思い出したのは、かつて工房に潜入した時に使用したあの魔石。あれならあたしだけに騎士の声が届くから、赤ん坊の泣き声でセリウスを起こすことも減るだろう。


「しかし、それではまた貴女だけに負担が...」

「あのなあ。いい加減言うこと聞かないなら船に帰るぞ」


 彼の言葉に被せるように言ってじとっと睨むと、セリウスは慌てて言葉を飲み込んでこくこくと頷く。

 そしてようやく話が纏まったことに安堵したあたしは、はあ、とため息をついた。


「じゃ、解決だな。ったく頑固で困るぜうちの人は」


 そう言って彼の腕の中からうーんと伸びをする。

セリウスは一瞬、まだ何か言いたげな顔をしたが、思い直すように目を瞑って頭を軽く振る。


そして立ち上がると、こちらに手を差し出した。


「...まだ寝ていますし、預けて朝食にしましょうか」

「うん、腹減った!」


 

————




 朝食を終えて戻ると、騎士達が赤ん坊の世話の真っ最中だった。


「ユリウス様〜!今おしめを替えますからね〜!」

「さあミラ様!お着替えをお持ちしましたよ〜!」


 アイネス達が嬉しそうに赤ん坊達の世話を焼く後ろで、セリウスが手を宙に浮かせて何か言いたげにうろうろとする。


「ん?どうされました?旦那様」

「いや、その、俺もそれくらいは...」

「ああ、大丈夫ですよ!我々がやりますので!」


「では着替えを...」

「いやいやお気になさらず!私どもにお任せください!」


 すっかりやる気の騎士達に軽くあしらわれ、彼はなにも返せずその場に立ち尽くしてしまった。


「......」

「ふふ、追い払われちまったな。ま、やらしてやればいいじゃないか」


 ソファに座ったあたしがそう言って笑えば、セリウスは若干しょんぼりして隣に腰掛ける。


 彼は昨日のあの“恥じぬ父親となる”宣言から、なんとか育児に関わりたいようだ。


 しかし久しぶりの育児に沸き立った騎士達は、慣れた手つきで全てを鼻歌混じりにこなしてしまう。

 正直あたしすら出る幕がないのでは?と思うほどの手際の良さは、さすがはセリウスの育ての親と言ったところか。


「さ!終わりましたよ!お待たせしました」


 アイネスが笑顔で振り向き、着替え終わったミラをセリウスに「はいどうぞ」と渡す。


 慌ててわたわたと受け取ったセリウスは、腕の中のミラから「えぅ」と笑いかけられ、ぎこちなく口の端を少しだけ上げた。


「お、ユリウスもすっきりしたか?よしよし」


 おしめを替え終わったユリウスを受け取ったあたしが腕の中で揺らしてあやすと、それを見たセリウスがおそるおそる慣れない手つきで真似をする。


 するとミラはその揺れが気に入ったのかきゃっきゃ!と大きく笑い出し、セリウスはびくっ!!と肩を震わせた。


「わ、笑った...」

「そりゃ笑うよ人間なんだから」


「よかったな」と微笑んでやると、彼も少し安堵したのか微笑み返す。

 赤ん坊が笑うだけでここまで慌てるとは、まったく先が思いやられるな。


 なんて思ったその瞬間、ミラがぎゅ!!と彼の髪を握りしめた。


「っ!?」


そして思い切りその髪を引っ張り始める。


 赤ん坊の力は思ったよりも強い。

髪を頭ごとぎゅうーっと引っ張られ

「いっ...!!やめ...やめなさい」

と呻めくセリウスと、嬉しそうに笑うミラ。


 申し訳ないと思いつつも吹き出してしまったあたしは、笑いを堪えながらミラの手を解こうと手を伸ばした。


 しかし彼の髪を気に入ったらしいミラはしっかり握り込んでなかなか離そうしない。ぐっ、ぐっ、と頭を下に向かって引かれながら「や、やめないか...」とセリウスが涙目で呻く。


 「ああ、ほらミラ様!ガラガラですよ〜!」


 慌てて家令騎士の一人であるジェンキンスがガラガラを持って来て鳴らすと、ミラはぱっとセリウスの髪から手を離してガラガラに手を伸ばした。


 そしてセリウスがほっと息をついたのも束の間。


今度はきゃあ!と声を上げてミラはガラガラを振り上げる。


「!」


 セリウスは今度は咄嗟に避けるものの、ミラは喜んでばたばたと何度も激しく振り回す。

 彼は器用に避けながら慌ててその手を捕まえると、焦ってばっとこちらを振り向いた。


「赤子とはこうも凶暴なのですか!?」


 あたしと騎士達はその言葉に思わず顔を見合わせて笑い出し、彼が「笑っている場合か!?」と暴れるミラを必死で抑えて狼狽えるのでさらに笑ってしまう。


 そしてひとしきり笑うと、あたしは目尻の涙を拭ってミラへと手を伸ばした。


「ほらしょうがない、おとなしいユリウスと交換だ」


 彼の腕からミラをひょいと取り上げ、代わりに指をしゃぶっているユリウスを渡してやる。


 ミラに比べて大人しいユリウスなら、きっとセリウスでもなんとかなるだろう。それで少しは彼に育児への自信を持たせてやれればいいのだが。


 しかし良かれと思って渡してやったユリウスは、顰めっ面をしたセリウスを見た途端、吸っていた親指を離し、「ふぇっ」と小さな声を上げた。


「ふっ...ふぎゃぁあああ!!」

「は!?」


 突然大声を上げてユリウスが泣き出し、驚いたセリウスが思わずのけぞる。


「な、何故泣く!?俺が何をしたと言うんだ」


 分かりやすく狼狽える彼に、あたしと騎士達は再び肩を震わせた。


「ど、どうしたらいい。何がダメなんだ!?」


 とひたすら焦るばかりの彼にアイネスは見かねて手を差し出す。


「旦那様がそんなに怖い顔をなさるから。ほら、お預かりしましょう」


 そしてさっと彼の手から取り上げると「おおよしよし」とあやす。ユリウスは一転して落ち着き、また指をしゃぶり始めた。

 はっきり言ってアイネスも真顔でいればそれなりに怖い顔立ちではあるのだが、それを覆すほどのデレデレな笑顔が赤ん坊を落ち着かせるのだろう。


 しかし、それを見ていたセリウスは肩を落として「俺の顔がそんなに悪いのか...?」と呟く。


 なんだかその姿が不憫過ぎて背中をさすってやると、彼はますます居た堪れなそうに肩を落とし「面目ない...」と俯いてしまった。


 「そのお姿、いつかのクラウス様を思い出しますね...」


 彼の姿を眺めながら、ジェンキンスが懐かしそうに目を細める。

クラウスとは彼の父親の名前だ。セリウスと性格までよく似ていたという彼も、きっと同じく赤ん坊に焦り、狼狽えていたのだろう。


 それから少しの沈黙の後、ジェンキンスは急に思いついたようぽん!と手を叩いた。


「そうです旦那様!お子様のご誕生をクラウス様とセレスティア様に皆でご報告いたしませんか!」

「おお、それはいい。きっと喜ばれるでしょう」


 しょんぼりしていたセリウスが顔を上げると、アイネスとジェンキンスがにっこりと頷く。


「朝のご挨拶もまだでしょう。どうです?今から参りませんか」


 騎士達の言う朝の挨拶とは、彼の日課の墓参りのことである。


 結婚した日に騎士達に教えられたのだが、彼は幼い頃から父に連れられ、鍛錬終わりに母の墓前で祈るのが毎朝の決まりだったらしい。

 父親が亡くなってからもそれは変わらず、毎朝両親への黙祷を欠かす事はないと言う。


 しかし今朝の彼は疲労のおかげで寝過ごしてしまった為に、その日課がまだなのだ。


「そうだな...。ステラさん、しばし付き合っていただけますか」


 こちらを振り向いた彼に、あたしは頷いて微笑む。


「もちろん。可愛い孫を見せて差し上げなくちゃな 」



————



 屋敷の裏に建てられた先祖代々の墓石の中に、彼の両親の墓はあった。


 その表面には少し掠れた字で“セレスティア・ヴェルドマン”と、そして“クラウス・ヴェルドマン”の名が後から刻まれている。

 きちんと掃除が行き届いた墓石は、結婚当初にセリウスと挨拶に訪れた時から変わらない。

きっと彼や騎士達によって美しく保たれているのだろう。


 セリウスは墓前に立つと、胸に手を当て丁寧に一礼する。あたしと騎士達もそれに倣って頭を下げると、ゆっくりと顔を上げた。


 そしてセリウスは静かに口を開く。


「...父上、母上。ご報告に参りました」


「俺と妻の間に、子が産まれました。双子の男女...名をミラとユリウスと申します」


「魔力を全て受け継いだユリウスはいずれ騎士となるでしょう。...そしてミラは、」


 振り向いたセリウスに促され、あたしは双子を抱いて少し前に出る。


「この子は魔力無しだが、海賊として強く育てると約束しよう」


 すると騎士達も一歩前に進み出て頭を下げた。


「私共も全力でお支えいたします」

「どうぞご安心下さいませ」


 セリウスは頷いてまた墓前へと向き直る。


「かつての俺は見合いも断り夜会にも出ず、父上はその度に“母の遺した身を無駄にするな”と渋い顔をしておられた。...さぞや後継問題には気を揉ませていたのでしょう」


「...願わくば、生きている貴方に我が子をお見せしたかった」


 彼の言葉には僅かな悔いが滲んでいる。

父の汚名を晴らしてなお、未だ彼の中には命を救えなかった己への後悔が残っているのだろう。


 彼が父親への無念を口にしたのは、泥酔した時の寝言以来だ。人前では決して後悔を表に出さないように振る舞っていることぐらい、あたしだって気付いている。


 隣に立ったあたしがそっと背を撫でると、彼は、はっとしてこちらを振り向き、こちらの目を見て優しく微笑む。


 そして両親の眠る墓石へ向き直ると、瞼を閉じて静かに告げた。


「...どうか、天より我が妻と子供達をお見守り下さい」


 そうして彼と共に再び頭を下げたその時、びゅわっと一陣の風が応えるように舞い上がり、双子が同時に何かを見つけたように空に向かって手を伸ばす。


 全員が顔を上げ、一堂に顔を見合わせた。


「...届いたみたいだな」

「...だと良いのですが」


 そうしてあたしたちは微笑み合い、遠く晴れ渡った空を眺めるのだった。




————





おまけ


【クラウス生存状態でステラが嫁入りしていたら】

※クラウス視点です




「父上、改めてこちらが俺の妻です」


 息子が連れてきた嫁は、まさかの女海賊だった。


「よろしく、親父殿。これから世話になる」

「ああ...、宜しく頼む」


 私が伏せっている間にセリウスと共に極秘任務に就いていたらしい彼女は、あの感情の起伏に乏しい息子の心を酷く狂わせたという。


 常にきっちりと報告を欠かさぬあのセリウスが、突然“妻を迎えます”と言い出した時は驚いた。


 次の日にはルカーシュ陛下に呼び出され、「英雄同士の結婚とは素晴らしい!実にめでたいですね、クラウス?」と笑顔で有無を言わさず押し切られ。


 あれよあれよと事は進んで式が終わり、そして現在へと至るのである。


「気軽にステラと呼んでほしい。騎士文化には不慣れだが、馴染めるように努力しよう」


 凛々しく華やかな顔立ちに、しなやかな身体の線が浮き出る服装に身を包んだ息子の妻は、物怖じする事なくにっこりと微笑む。


 セリウスはこのような...気の強そうな、色気のある美女が好みだったのか...。あのしとやかな母親とはずいぶんと真逆の女を選んだものだが、もしや色仕掛けに落ちたのではあるまいな。

 などと思いつつも、彼女と握手を交わす。


 しかしまあ、息子の趣味にとやかく言うつもりはない。あれほど見合いをことごとく断ってきた息子に嫁ぎ、後継を産んでくれると言うのだから感謝するべきだろう。

 たとえ金遣いが荒く男好きであったとしても、世継ぎさえ出来てしまえば追い出すのみだ。


 それに舅など、嫁にとっては触れたくも無い相手のはず。おそらく、同じ屋敷にいたとて今後関わることは無いだろう。

   



...と思っていたのだが。


「親父殿!鍛錬をご一緒して良いか?」

「構わんが...」


 この嫁はどうやら女だというのに剣を扱うらしく、騎士の鍛錬に参加するなどと言い出すではないか。


 しかしどうせ女の手遊び。海賊の剣技など振り回すばかりでたかが知れている。


...と侮っていたのだが、その剣捌きは実に鮮やか。

この私ともあろう者が、思わず目を剥いてしまった。

 その上、走り込みにすら加わって騎士達をすいすいと追い越して行ってしまうのだから恐ろしい女である...。


 いや、...だがしかし、たまたま鍛錬と言う共通点でこちらに寄って来ただけだ。

おそらくそれ以上は関わって来ないだろう。


 

 そう思っていたものの。

 この嫁は鍛錬を共にしたのを皮切りに、私の予想を裏切ってやたらと気軽に声を掛けて来るようになった。


「親父殿!異国の土産菓子があるんだが、お茶でもどうかな」

「...頂こうか」

「じゃあセリウスを呼んでくる!」


 執務室にいたセリウスは彼女に名を呼ばれると、まるで飼い犬のように嬉しそうに寄っていく。

 いつも私の前では堅い表情ばかりだったというのに、こいつはこんな腑抜けた顔が出来たのか...。


 斯く言う私もやれ仏頂面だなんだと周りから言われ、前王陛下や死んだ妻くらいしか気軽に話しかけてくる者は居なかった。


 そんな私をわざわざ茶の席に呼んだのはおそらく彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。

息子のセリウスにだけ土産を渡して楽しく茶をするのは、流石に気が咎めたのかもしれない。



...だがしかし、彼女はまるで私が恐ろしくないのか、しょっちゅう話しかけてくるではないか。


 畑の野菜をやたらと喜び、こちらの武器の手入れを興味深く眺め、やれ土産だとしょっちゅう異国の珍しい品を渡して来るのだ。


「親父殿の魔法はすごいな!速すぎて生成音が聞こえなかった!」

「...そうか」

「もっと見たい!」

「いいだろう」


 気付けばこちらもその懐っこさに絆されて、ついつい調子に乗って次々と魔法を披露してしまっていた。

セリウスや騎士達に珍しいものを見るような目で見られ、はっとした私は誤魔化すように咳払いをする。


「セリウスの魔法も面白いが、親父殿の魔法はまた違って見応えがある!まだ見ててもいいかな」


 屈託のない笑顔で笑われると、こちらも釣られて少し笑みが溢れてしまう。

慌てて表情を整えると、少し離れて鍛錬をしていたセリウスがこちらに歩み寄った。


「俺の妻は、可愛らしいでしょう?」


 セリウスが少し揶揄うように、穏やかな微笑みをこちらに向ける。息子にこんな柔らかい表情を向けられたことが今まで一度でもあっただろうか。


 ...まったく、自慢気な顔をしおって。


 だが、彼女を見ていると息子が惹かれた理由もわかるような気がする。華やかな見た目に反してその性質はまったく飾り気がなく、無邪気な反応は確かに可愛がりたくもなるのかもしれない。


 嫁に来た当初はどんな女かと思い面食らったが、こんな嫁ならば舅の立場も悪くないものだ。


 

 しかし、どうにもこの感覚...。


嫁というよりも、元気な息子が増えたような気がする...?






番外編にするほどでもないもしもの話をおまけにしてみました。

アイネス達は現在40代。まだ20代の時に赤ん坊だったセリウスを任された彼らは、それはもう必死で慣れない育児を頑張りました。そんな苦労のおかげもあって、赤ちゃんへの思い入れはマシマシです。

それを見て頑張りたいけど上手くいかないセリウスと、子供達の関係はどうなっていくのか...次回に続きます。


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面白くて一気読みしました! セリウスとステラのいちゃつきがとても好きで、これからどんなふうに赤ちゃん育っていくのか楽しみです! 太陽の国とか異国での展開楽しみに待ってます〜!
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