ラーメンの聖地
10月某日、友人に誘われて県内の某会場で開かれるとある講座に参加する運びとなった。題目は少しばかり特殊で『オカルト研究』で名を馳せているあの『橘教授』による「UFO講座」との事で、大のオカルトマニアの友人に「ラーメン奢るからさ」と口説かれてしまいのこのこついて行ってしまったのだ。
会場は『ラーメンの聖地』として名高い町の公民館。高速道路を降りて市内を車で移動する道すがら、次々と立ち現れる著名なラーメン店を横目にどこか懐かしい雰囲気の建物が軒を連ねる道路を羨望の眼差しで眺めていた。
<講座10時から12時までだけど、お昼時だから並ばないと食べられないよなぁ…>
あまり深いことを考えないまま着いてきてしまったので、既に開店しているらしい店に車が数台集まっている様子を見て焦り始める。
「ラーメンはどこで食べるか決めてるの?」
「あ、いや、ここら辺だとどこでも美味しいだろうから」
多分オカルトマニアにとってはラーメンはおまけでしかないのだろう。ちょくちょく最新のUFO情報をメッセージで送ってきたりしてこちらに興味を持たせようとしているが、正直個人的には『橘教授』の話は眉唾である。大通りを逸れ、公民館に至る道に入ると自動車の数は減少し、おそらくは前を走っている軽自動車も同じ目的地なのだろうなと予想された。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『えー、それでは橘教授、講座の方よろしくお願いします』
場慣れしている感のある司会の満面の笑みに迎えられた橘教授。公民館の規模も含めてだが想像していたよりも大分広い会場にはこれまた自分の想定以上の聴講者が集まった。気が引けて後方の席に着いた自分達の前方の最前列には野球帽を被った小学生と思われる男の子が座っているのが見える。他にも子供はちらほら見えるが、興味深かったのは目を引くような華やかな服装の妙齢の女性とか、完全に「UFOなんて」と鼻で笑いそうなタイプに見える真面目そうな高齢者の男性さえ会場に同席していたという事だ。
<こんなにUFOに興味があるのか…>
そもそもどんな講座になるのか想像できていなかった自分はやや呆気に取られながら予め配られた講座の資料を眺める。
『2024年に目撃されたUFO』
謳い文句では「ほぼ確定」とされているUFOの証拠写真が掲載されている。県内某所で偶然撮影された山頂に浮かぶ謎の物体。カラーで印刷されているが少しぼんやりとした謎の光は確かに未確認飛行物体と言われればそうなのかも知れないが、友人から毎週送られてくるような画像や動画とあまり違いが分からない。加工された写真という疑いも当然あるわけで、それこそドローンが放つ光という可能性だって十分あり得るだろう。
「私の見解としましては必ずしもUFOイコール宇宙人という図式は成り立たないと考えます。少なくとも不思議な現象は観測されていますし、アメリカの方もその情報を有しているのはほぼ間違いないようです」
教授の言葉の一つ一つに真剣な表情でありながらも終始無言の友人の姿が印象的だった。彼はこう見えて地元で有数の不動産で働いている。小学生の頃、夜中謎の光を目撃する経験をして以来一貫してUFOは存在しているという説を取っている彼ではあるが、宇宙人の存在にもある程度肯定的らしい。
『だって宇宙人が来ててもおかしくないでしょ。そう思わない?』
つま先から頭のてっぺんまで常識で凝り固まった人間からすると、宇宙人が居るとしたら現行の人類に対してどういう評価を下しているのかが気になってしまう。そろそろ人類という種に飽きて興味が無くなってしまう時代になっていやしないか。いや…講座が始まって間もなく1時間、橘教授の話に飽きているのは他ならぬ自分自身である。
欠伸を噛み殺しながら周囲を見渡していると、段々と尿意を催してきたので後方であったことをこれ幸いにひっそりと席を立ち会場を出て、足早にトイレへ向かった。
「うわっ…」
中で思わず声を出してしまったのは、先客に背の高いスーツ姿の男性が用を足していたからである。「あ、すみません」と伝えてから男性の隣に立つ。威圧感のある姿に思わず横目で上部を見てしまったのだが、その時更なる衝撃があった。
黒いサングラス!外国人!
他の場面だったら全然何も感じなかったかも知れないが、昔観たある映画の影響でどうしてもこの外国人にある印象を抱いてしまう。
<いや…そんなバカな想像をしちゃダメだって。そんなわけねぇだろうよ>
男性はその後スマートに場を去った。背が高いせいで言いようのない威圧感はあったけれど、特におかしな行動を取っていたわけではない。ただ、何故このような公民館のトイレであのような人物と遭遇してしまったのかは謎ではあった。トイレを出て男性は出口の方に歩いてゆくのが見えた。不自然な胸の鼓動を感じながら会場に戻る。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「その外国人、なんか怪しいよな」
「いや、怪しくはないだろう」
12時45分を過ぎた頃になって念願のラーメンにあり付けた。空腹で行列に並ぶのが嫌で少し外れにある穴場的な店で、ご当地ラーメンの独特のスープの味に感激する。少し太めの麺がツルツルっと口の中に放り込まれた時のその満足感は何物にも代え難い。そしてこういう店のチャーシューは絶対に美味いに違いないと思っている自分を裏切らない。
「だって何のために今日ここに来るよ?」
「でも見渡した時に会場にいなかったような気がするぞ」
「じゃあ、盗聴器でも取り付けたんじゃないか?」
「そんなわけないだろ」
そんな会話をしながら相方にツッコみつつ味わっていたラーメンはものの10分で胃袋の中に消えた。消えてしまって、何かムクムクと気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
<もう一杯このラーメンを食べたい>
折角ここまで遠征してきて、ラーメン一杯で満足していいのか?そう自問自答していたが、迷ったまま車でお土産を買える店に向かう。そして駐車場を降り、そこに見慣れぬ物を発見して驚く。
「え?あれラーメンの試食してるのかな?」
「あ、本当だ。店の前に屋台みたいなのあるね」
まさにご当地しか存在しないであろう『ラーメンの試食』に、お客さんが数名立ち並んでいる。しめたとばかりに自分もそこに並び、しばし待機して小さな椀に盛られたラーメンを味わう。
<このラーメンも美味しいなぁ>
斬新とも言えるラーメンの試食ではあるが、店の中にはちゃんと箱のラーメンが販売されていて販促としてはかなり効果的なアイディアに思えた。晴れ渡った秋空の下で食べるラーメンも乙なものだ、などと思っていると背後に言い知れぬ『圧』を感じて振り返った。
「あ!」
その時の衝撃を忘れない。そこに立っていたのは黒いサングラス、長身の外国人。なんと彼もラーメンの試食に礼儀正しく並んでいるのだ。焦りながらも「あ、どうぞ」と自分の場所を譲ると、「ドウモアリガトウゴザイマス」と言われた。後ろから密かに見守っていると、ちゃんとラーメンを受け取りラーメンをしっかり啜り始めた。
「はぁ〜」
ラーメンを味わっている男性はとても満足気に見える。友人に目配せして『例の人だよ』と伝えると、友人も興味深そうにうんと頷き返してくれた。それだけではなく勇気のある友人はその人に近づいてこんな質問をしていた。
「ラーメンお好きなんですか?」
「はい。私はラーメン星人ですから」
こちらを振り返って目を輝かせている友人。その後、店内で数々のお土産用のラーメンを凝視していた彼を我々は静かに見守りつつ、自分はしっかり箱ラーメンを確保した。帰りの高速道路で「宇宙人かな?」「宇宙人ではないだろ」の会話を続けていたのはちょっと楽しかった思い出。
『もし宇宙人を目撃したという人がいらっしゃればご一報下さい』
講座を締め括った橘教授もやっぱりこの日はラーメンを食べたのだろうか。