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06_二度目の初対面

 

 回帰してきたこの日は、王宮で宴が盛大に開かれる。そして、王家の権威を知らしめるかのように、潤沢な予算が費やされていた。


 戦争中で民は困窮しているというのに、国王ダニウスはその辺の配慮がないため、盛大な会を行うことに人々は不満を抱いている。愚王と呼ばれてしまうのも無理もないことだ。


 庭園は華やかな装飾が施され、国中の貴族の家長に妻子が参集している。そしてこの日は、イザールとの初対面であると同時に、エトワールが家庭教師のポセニアに出し抜かれた日でもある。


 王宮には現在、隣国プトゥゼナールの王が招かれており、レストナ王国はルニス王国に対抗するため、同盟を結びたいと考えていた。そのための重要な二国会談が、宴の翌日に控えている。


 プトゥゼナール国王を歓迎するため、エトワールはプトゥゼナールの伝統的な舞を披露することになっていた。しかし、エトワールの耳には一切その情報が入っておらず、当日の出番直前に知る。


 衣装すら用意されずに会場へ行き、エトワールが踊れないと言うと、貴族や廷臣たちには準備不足だと笑われ、プトゥゼナール国王にも落胆された。


 そこで――ポセニアが手を挙げる。


『あの……っ! もしよろしければ、わたくしに代わりに踊らせていただけませんか?』


 そして、舞台の上で彼女は完璧な舞を披露した。まるで、準備してきていたかのように。いや、準備してきていたのだ。


 後から分かったことだが、ポセニアは宴の舞をエトワールに指導する役割を引き受けていた。にもかかわらず、振り付けを教えることはもちろんのこと、舞をしなくてはならないことさえ黙っていた。


 プトゥゼナール国王は、ポセニアの踊りをいたく気に入り、なんと首脳会談の場にも彼女を参加させた。

 そして、レストナ王国とプトゥゼナール王国は見事に同盟を結び、ポセニアは両国を結ぶ架け橋になったと、よりいっそうもてはやされることになったのだ。


 そして、エトワールはだめな王女という汚名を着せられ、聖女ポセニアと比較されることになったのである。


(あんのアマ! 最初から私を出し抜いて功績を奪うつもりだったんだわ。あのときには幼かったからうまく丸め込まれたけど、同じ手には騙されないから。ああもう、思い出しただけで不愉快になるわね)


 当時十二歳だったエトワールは幼く、自分が利用されていることもよく分からなかった。何か不手際があって、舞の情報が耳に入らなかったのだと目を瞑った。

 成長したあとも、過ぎたことと思い水に流していたが、今回は絶対に泣き寝入りするものか。


 エトワールは前回の人生の回想をしつつ、衣装部屋でドレスを着替えていた。


「「大変お似合いでございます、王女様」」


 ルティや侍女たちが感嘆の息を零す。


 姿見に映っているのは、装飾が少ないシンプルなドレスを着たエトワールだ。けれど確か、ポセニアはレースをふんだんに使った華やかな純白のドレスを着ており、明らかに、それはもう明らかに王女よりも目立っていた。そして、彼女の首元にはいつも決まって、白い石が嵌め込まれたチョーカーがとりわけ美しく輝いている。


 やり直すからには、今回の功績を奪わせない。今日の主役は――エトワールだ。


「…………だめだわ」

「はい?」

「これじゃ全然だめ。すぐに着替える。替えのドレスを用意してちょうだい」

「ええっ!? 今からですか……!?」

「確か二年前にプトゥゼナールの貴族が国王に献上したドレスがあったはずよ。それを借りられないか交渉してきて」

「か、かしこまりました……」


 エトワールの命令に困惑しつつも、ぱたぱたと一緒に部屋を出ていくルティ。

 エトワールはせっかく美しく結い上げた髪を解き、髪留めを侍女の手のひらに載せた。


 そして、後ろにいる侍女たちにひっそりと言う。


「実はね、私の婚約者様はどうやら、聖女様と愛し合っているようなの」

「そ、それは浮気なんじゃ……!?」

「でも、ふたりの恋を応援しているわ。だって、私よりも、ポセニア先生の方が魅力的だもの。そうそう……これはここだけの話よ。――内緒ね」


 そっと人差し指を立てる。


 女性同士の『ここだけの話』は大抵、ここだけで済まされないものだ。きっと数日もすれば、あちらこちらに広がっているだろう。


 殺される前にイザールが、五年以上ポセニアと不貞関係にあったことを言っていたのを思い出す。

 前回の人生では、ポセニアに悪口を吹聴されていたから、その仕返しだ。もっとも、この話は嘘ではなく単なる事実だけれど。




 ◇◇◇




 エトワールは、えんじ色のローブを上から羽織って、その下の衣装を隠した状態で会場へと向かった。

 そして、会場に着いたとき、向かい側から――あの男が現れた。


(私を殺した男……。イザール・ヴァレンリース)


 彼は、複数の騎士を付き従えて、そこに立っていた。


 深みのある紺色の髪に、海を思わせる深い青の瞳。どこか女性的な怜悧な美貌は、五年後と変わらないままだ。


 一応今のエトワールは、婚約が決まったばかりでイザールと初対面だが、顔を見た瞬間に、苛立ちを覚える。


「お初にお目にかかりますわね。ヴァレンリース様。まさか、このような形でお会いするとは思いませんでした。エトワール・フェレメレンでございます。以後、お見知り置きを」

「こちらこそ、お目にかかれて光栄です。王女殿……下」


 すると、イザールはしばらく沈黙して、困ったような顔を浮かべる。


「あの……エトワール王女殿下」

「なんです?」

「足を踏んでいます」


 イザールが視線を落とすと、エトワールの足がイザールの足の上に重なっていた。けれど、エトワールは指摘された上でなお、足を退かすことなく、むしろ足を踏みつける力を強めた。


「わざとですけど何か?」

「……………は?」

「ンンッ……いえ、なんでも。これは大変失礼いたしました。御無礼をお許しください」


 エトワールは明らかに引きつった笑顔を浮かべたあと、もう一度力を込めて足を踏んでからようやく退ける。

 足跡がくっきりとついた自分の靴を見下ろしながら、イザールは眉をひそめた。


 今は、一国の王女と公爵令息という立場だ。彼は格上の身分であるエトワールに文句は言えまい。


(この程度で勘弁してやったんだから、感謝してほしいくらいね。タコ殴りにしたって気は済みそうにないけど)


 初対面から、敵愾心むき出しなエトワールの様子に、イザールは頭に疑問符を浮かべる。


 するとそのとき、ふたりのすぐ近くを、見覚えのある令嬢が通り過ぎた。


 レースをふんだんに使った精緻を極めた純白のドレス。細身で動きやすそうなデザインだった。

 また、ふわふわとした稲穂のような金髪に、くりっとした金の瞳が、庇護欲をかき立てる。



 彼女は、聖女ポセニア・ビレッタだ。

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