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33_祝福された戴冠式


「本日も美しいです、陛下」


 数ヶ月後、エトワールは戴冠式を迎えた。会場となる大聖堂には国内外から貴族が集まり、大聖堂の外には、新女王をひと目見ようと大勢の民衆が押し寄せていた。

 儀式を終えたあとには、市街を馬車で行進する。華やかに装飾された馬車の先を歩くのは、王国騎士団の者たちだ。


 エトワールは戴冠式のための儀式服を身にまとっている。シルクを贅沢に使用しており、同じく惜しみなく使われた金糸で刺繍が施されている。


 正装姿のエトワールを舐めるようにじっくりと眺めたレイが、賛美する。

 エトワールはいたずらにはにかんで答えた。


「知っているわ。だってついさっき、鏡を見たもの」

「ふ。鏡では陛下の美しさを完全に映し出すことはできないでしょう。鏡が映す輝きは陛下に劣るので」

「まぁ。相変わらず冗談が上手ね」


 レイを真似てエトワールも冗談を言ってみたが、彼の方が一枚上手だ。

 すると彼はすっとこちらに迫り、甘やかに囁く。


「これは冗談ではなく本心ですよ、陛下」

「!」


 ほら、やっぱりこの人には敵わない。

 エトワールがほんのりと頬を朱に染めれば、彼は余裕たっぷりに微笑んだ。


 エトワールの頭の上には、大司教から授けられた王冠がきらきらと輝いている。

 今からバルコニーに出て人々に挨拶をする。そして、そのエトワールを護衛するのがレイの役目だ。


「バルコニーの外には本当に大勢の方が集まっておられますよ。緊張しますか?」

「当たり前でしょ。噛んだらどうしようって、さっきからずっと考えてるわ。ああっ、胃が痛くなってきた」

「数々の死地を乗り越えてきたのですから、それを思えばこのくらい可愛いものでは」

「それとこれとは別よ。別腹なの!」


 胃のあたりを抑えながらうっと顔をしかめれば、レイはまた笑う。


「陛下なら大丈夫。きっとうまくいきます」

「……だといいけど」


 彼が大丈夫だと言うと、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。こうやってレイの笑顔や言葉に、ずっと励まされてきた。

 廊下を歩きながらふたりで話すうちに、バルコニーに続く扉の前に着いた。騎士たちの手によって扉がゆっくりと開け放たれ、陽光が差し込む。


 その眩しさに目をすがめつつ、深呼吸をした。


 一度目の人生で、エトワールが死んだのは雷鳴が轟いている大雨の日だった。目を閉じれば今も、あの日の記憶が瞼の裏に浮かぶ。


 バルコニーに出ると、その下に集まっている人々が、女王の言葉を今か今かと待ちわびて、息を飲んでいた。


「今ここにお集まりいただいたこと、まずは心より感謝申し上げます」


 一度目のとき、この場に立つことが叶わなかった。けれど今自分はこうしてここに立っている。

 エトワールは女王として、何ができるだろう。今ここで、人々に何を伝えられるだろう。エトワールは一瞬悩んでから迷いを捨て、握り締めていた拳の力を緩めた。


「私が皆さんに伝えたいことは……どんなどん底にいても、希望を捨てないでほしいということです」


 やまない雨はないとか、明けない夜はないとか、どんな慰めの言葉すら聞きたくないときがあるかもしれない。それでもなお、何か小さな希望を信じていてほしい。


 エトワールは最愛の人に剣で貫かれた瞬間、心を黒く塗り潰された。

 回帰したことが分かったとき、もう一度やり直すのが怖かった。けれど、遠いところにかすかに見える光を信じて、前を向き、足掻き続けてきたのだ。うまくいかなかったこともある。それでも、エトワールは自分なりに歩んできた。


 レストナ王国はルニス王国と五十年争い続けている。現在は休戦協定が結ばれ、エトワールは本格的な和平に向けて動き出している。

 これから先もずっと、エトワールはこの国の平和のために常に頭を悩ませていかなければならないだろう。

 その重責におののき、逃げ出したくなることもあるだろう。


 しかし、自分の使命から逃げないし、幸せを諦めるつもりもない。


「決して諦めないで。あなたは疫病神に愛されているわけでも、ハズレくじを引いて生まれてきたわけでも、ご自身に生きる価値がないわけでもありません。いかなる深い闇の中にいても、私たちには運命を切り開いていく底力があるのです……!」


 民衆は息を呑み、十八歳になったばかりの女王の一言一句に耳をそばだてている。


「たとえ罵られようと、馬鹿にされようと、我が命が尽きるまで、レストナ王国の平和と繁栄のために尽くすことをここに誓いましょう」


 そして、ふわりと微笑む。


「今日、一番皆さんに伝えたいことがあります。どんなときも、笑顔を忘れないでください。……私の一番大切な人が教えてくれたんです。その人は、私が挫けそうなとき、何度も笑顔で励ましてくれました。私にとっての彼のように、あなたの笑顔で救われる人がどこかにいるはずです。もしもまだ出会っていなかったとしても、きっと」


 ちらりとレイの方を向けば、彼は瞠目していた。


 どんなときでも、笑顔とユーモアを忘れずに。これはよくレイが口にしていた言葉だ。戦地にいても前向きさと笑顔を絶やさない彼に、エトワールはいつも励まされていた。

 彼がいてくれたから、心を奮い立たせ、困難を乗り越えてこられたのだ。


 この宣誓を締めくくるのに、最もふさわしい言葉だろう。


 エトワールが初めて見せた、娘らしい爽やかな笑顔と前向きな誓いの言葉に、ひときわ大きな歓声が上がる。そして、「女王陛下万歳!」という言葉がいつまでも響いていた。

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