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32_手紙をしたためて

 

 エトワールが即位してまもなく、一度目のときと同じように、ルニス王国軍による都市アトラスへの軍事侵攻が始まった。


 しかし、一度目とは状況が違う。王国騎士団団長は、人望が厚く最強とうたわれるレイ・ルードリックが務めており、戦略に長けた女王エトワールも司令として戦いを支えている。

 そして、敗戦続きだったレストナ王国軍がブリュートニーの戦いにおいてようやく勝利を収めたことで、打倒ルニスの機運は高まっている。


「都市アトラスは、レストナ王国の防衛の要。我々の手で必ず死守し、女王陛下に勝利を捧げるんだ!」

「「「おおおーーーーッ!」」」


 都市アトラスの古い教会に張られた陣地。

 レイの宣言に、兵士たちからの歓声が上がる。ブリュートニーの戦いで指揮を執ったのはエトワールだったが、国の君主となったエトワールは今回は戦場に行かず、王宮に留まって公務をしつつ、ひたすら指令を出した。しかし、それを愚かだと非難する者はいなかった。


 エトワールは前回の人生と記憶をもとに、ルニス王国軍が都市アトラスに向かう侵攻路を第一に遮断した。そして、都市アトラスの民から希望者を民兵として集め、ルニス王国との兵士の数の差を埋めた。


 それでも、ルニス国軍の兵士の数には敵わなかったが、見事な戦術でルニス軍を圧倒した。

 そして次第に、ルニス王国軍の食料と資金が枯渇して、勢力を弱めていった。


 女王に即位したばかりのエトワールには戦争以外にもやることが山積みだった。まずは、親ルニス派、反女王派の廷臣たちを刷新した。その後も、先王が残した政務に明け暮れる日々を過ごしていた。




 ◇◇◇




 そして、アトラス包囲戦が始まってから、およそ二ヶ月――。


「女王陛下。お手紙が届いております」

「誰から?」

「ルードリック様にございます」

「……そう」


 執務室に手紙を届けに来た侍女の口からレイの名前を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。

 今回、レストナ王国軍の指揮を執ることを望んだのはレイ自身だった。彼は魔法に長け、有能だ。それでも、レイの安否を心配しなかった日はない。


 こうして送られてくる手紙が、彼の生存を知る数少ない手がかりのひとつだ。

 ペーパーナイフで封を切って、中身を見る。


『お変わりありませんか。我が女王。僕は近くに陛下がいないせいでやる気が下がっています。

 帰還後に口づけを下さる約束をしてくださったら、もうあと百人分の働きができる気がするのですが、いかがでしょうか。どうぞご検討ください。

 戦地で今日も、あなたのことを想っています。心からお慕いしております、陛下。


 ――追伸。あの、いい加減、告白の返事をしていただけませんか? 正直な話、陛下も僕のこと好きになってますよね? あなたに好きだといってもらえないままでは、死んでも死にきれませんよ。

 あなたの最も忠実な騎士、レイ・ルードリックより』


 レイからは頻繁に、こんな手紙が送られてくる。噂によると彼はかなりの筆不精らしいが、エトワールに対しては随分とマメだった。


 手紙を読みながら、苦笑を零す。


(変わりなさそうね)


 彼の手紙には必ず、愛の言葉が添えられているが、それに答えたことは一度もない。口づけの約束もしないし、好きだとも言わない。


(必ず生きて戻りなさい。そうしたら、愛の言葉でも、口づけでも、なんだってあげるから。だからお願い、どうか無事で……)


 エトワールが思いを告げることで、万が一気が抜けてうっかり死なれたらたまったものではない。そっとペンを取り、祈るような思いで、返事の手紙をしたためるのであった。




 ◇◇◇




 そして軍事侵攻が開始してから半年後、レイたちはルニス王国軍の要人たちを次々と捕縛して、都市アトラスからルニス王国軍の前線を後退させることに成功した。結果は、レストナ王国軍の――大勝利である。


 都市アトラスの解放後まもなく、ルニス王国とは休戦協定が結ばれた。捕虜たちは身代金を受け取ってルニス王国に引き渡した。

 的確な指令を出し続けていたエトワールは偉大な女王として早速、国民からもてはやされた。


「ただいま戻って参りました」

「よく生きて帰ったわね、レイ」


 王宮の謁見の間。およそ半年ぶりに帰還したレイが、無事を報告する。


 彼は赤い絨毯の上に跪き、一段高い場所の椅子に座るエトワールを見上げる。


(ああ……本当によかった。この半年間、私がどれだけ心配したか……)


 顔にこそ出さないが、エトワールはレイの顔を見て心底安堵していた。


 近衛騎士にしておけば、少なからずレイの身の安全は保障された。レイを騎士団長に据えたまま戦地に向かわせるという選択は、エトワールの心を罪悪感に項垂れさせていた。

 愛する人を戦地に送ることを望む女はいない。それでも、エトワールは国家と国民のために常に最善を尽くす義務があるのだ。


 泣き出しそうになるのをどうにか堪え、きわめて平然を装って告げる。


「お前の活躍を度々耳にしていたわ。その功績を讃え、褒賞をあげましょう。なんでも望むものを言いなさい」

「――なら、陛下をください」

「!?」


 レイは恐れ多くも女王を指差して、堂々とそんなことをのたまう。平然を装っていたエトワールの顔はかみるみる紅潮し、あちらこちらに目が泳ぐ。


 そして、謁見の間に控えていた廷臣や騎士たちがざわめきだした。


「また団長殿が懲りずに陛下を口説こうとしているぞ」

「やれやれ。何度告白して振られれば気が済むんだ?」

「俺、団長が振られる情けない姿なんて見たくないっす。アトラス包囲戦の間、百通送った告白の手紙、全部断られたらしいっすよ。惨めすぎる……。俺だったら絶対、生きてられないっす。間違いなく自死するっす」


 レイは立ち上がり、こちらにつかつかと遠慮なく歩み寄る。エトワールの玉座に近づこうとする階段を一段上ったところで、エトワールは「来ないで!」と叫ぶ。彼は女王の命令に従い、足をぴたりと止めた。


「僕は百回……その前も含めると百二回陛下に振られています。婚約解消もなさっているのに、一体いつまで僕のことを振り続ければ気が済むのです? デートだって半年もお預けを食って、僕ももう、待つのにいささか疲れましたよ」

「あら……王国騎士団団長はその程度のことで挫けるようなヤワな男だったかしら」


 彼が戦地にいる間、王宮にはしょっちゅう求婚の手紙が届いた。けれどエトワールは、それに毎回断りの返事を出していた。


(だって……告白を受け入れたせいで満足して死なれたら、困るもの)


 舌先まで出かかった言葉を呑み込む。


 生きて帰らせるために、エトワールにもう一度求婚するという目的を残しておきたかったのだ。そしてもう半分は、ただの乙女心と意地。……どうせ求婚されるなら、手紙ではなく、直接彼の言葉を聞きたいではないか。


 すると彼は、とうとう制止を無視して階段を上ってきて、こちらを見下ろしながら怒ったように言う。


「いいですか? もう一度言います。いえ、何度だって言いましょう。僕は陛下のことが好きです。僕と結婚してください」

「いいわよ」

「あーそうですか分かりましたよ。でも僕は絶対諦めたりしませんからって――え?」

「いいわよ。あなたのお嫁さんになってあげる」


 まさか承諾されると予想もしていなかったらしい彼は、情けなくもあんぐりと口を開けている。


「待たせてごめんね。こうしてもう一度、生きて帰ったお前の口から求婚してほしかったの」


 エトワールはふっと小さく笑ってから立ち上がり、指先で彼の額をつん、と弾いた。


「でもまずは、女王の配偶者にふさわしい地位をあげなくちゃね? レイ――ひゃああっ!?」


 その直後、身体がふわっと宙に浮く。レイに抱き上げられたのだ。彼はエトワールを軽々と抱き上げたまま、くるりと回る。


「ちょっ、離しなさい、レイ! 無礼よ!」

「夢みたいです。まさか陛下が求婚を受け入れてくださるなんて……。ありがとうございます。これ以上の褒美はありません」

「だから、下ろしてって言ってるでしょう……!?」


 エトワールがレイの頬をぎゅうぎゅうと指で引っ張るので、頬が伸びて彼の整った顔が台無しだ。けれどレイは、エトワールのことを全く離そうとしない。


 いつも凛とした佇まいの女王陛下の、年相応の娘らしい姿。

 ふたりに対して、謁見の間には温かな笑いが沸き起こる。そして人々は、盛大な拍手と歓声を送るのだった……。

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