28_かつて愛した人との決着の夜会
夜会の始まりを告げる鐘が、王宮の敷地内に響き渡っている。
前回の人生でレストナ王国は、ルニス王国にブリュートニーの戦いで惨敗し、領土を奪われるという屈辱を味わった。当然、このような祝いの夜会が開かれることもなかった。
けれど今日は、ルニス王国への勝利を祝って、盛大な夜会が催される。そして、エトワールのパートナーになるのはイザールだった。せっかくの祝いの場なのに、気分は最悪である。
「…………」
「…………」
大広間の扉の前で入室を控えるふたりの間に、これといって会話はない。
エトワールはあからさまに不機嫌な様子で腕を組み、イザールは相変わらず無表情のままだ。
するとふいに、イザールがこちらに視線を向けてきたので、眉間にしわを寄せる。
「なんです?」
「いや。知らないうちに随分と大人になったのだな」
「そりゃそうよ。初めて会った時は十二。今は十七歳だもの。五年も経てば、少女は大人に成長し、少年の体臭はすっぱくなるものよ」
「そこは少年も成長させてやってくれ」
そして、騎士たちの手で重厚の扉が開け放たれ、ふたりは盛大な拍手に包まれながら入場した。
この夜会に集まっているのは主に、今回の戦いで活躍した騎士とその妻子だ。エトワールは彼らと挨拶をしては労いの言葉をかけ合った。
まもなく、オーケストラ楽団が演奏を開始した。身分の高い者達から順に踊るしきたりに従い、エトワールとイザールは広間の中央で踊る。それに続いて、他の男女も続々と踊り始めた。
また、先ほど令嬢たちに囲まれていたレイだったが、ダンスには参加せず、他の貴族と会話をしていた。
「先ほどから何度俺の足を踏めば気が済む? 戦ばかりに夢中になって、淑女教育を疎かにしていたのではないか」
「わざとですのでお構いなく」
「わざと……」
そのとき、無表情だったイザールの眉間にしわが寄る。
「あなたこそ、もう少し愛想良くしたらいかが? それとも、私とダンスを踊るのは不満かしら」
エトワールは自分の腰に添えられていた彼の手をそっと払い、彼と距離を取って、ひとりで華麗にターンをする。するとイザールはぐいっとエトワールの手を強引に引いて、腰を攫った。
「きゃっ――」
「ああ、そうだな。とても不満だ」
「へえ、珍しく素直じゃない」
イザールはエトワールの顔の近くで囁きかける。
「ポセニアを解放しろ。さもなくば、ここでこの腕を折るぞ」
「いっ……」
細い手首をぎゅっと握られ、思わず顔をしかめる。
「婚約者に対して、随分と乱暴をするのね。それって本当にポセニアのため? それとも彼女を助けないと自分にまずいことでも?」
「…………」
イザールとポセニアが共犯なら、彼女がイザールの罪まで吐かないか気が気ではないはず。
彼の眉間のしわがより濃くなったのを見て、どちらともだと判断した。
「調べたところ、ポセニアはルニス王国の工作員だと明らかになったわ。まさか彼女が裏切り者だったとはね?」
「違う。彼女はルニス王国に脅され、利用されているだけだ。両親と弟を人質に取られている」
「へえ、そんな嘘に騙されていたの? ポセニアの父親は汚職事件で爵位を取り上げられ、牢屋にいる。彼女に兄弟はいないわ」
「それは……本当か?」
「ポセニアの養父を尋問したのよ。まぁ、それ以外の経歴は不明のままだけれど。信じられないのなら、直接彼のところに行って確かめればいい。ああそれから、面白いことを教えてあげる」
エトワールは口角をいたずらに持ち上げる。
「ポセニアはね、自分が助かるために――あんたのことを売ったわよ?」
ポセニアは現在、全ての罪をイザールに押し付けて自分が助かろうとしている。
すると、イザールの表情に初めて影が差す。愛していた相手に裏切られ、利用されていたことで心を痛めているのだろう。けれどこの人もエトワールのことを裏切っていたのだから、ポセニアと同類だ。
顔面蒼白なイザールに反し、エトワールは落ち着いていた。オーケストラ楽団が奏でるワルツに合わせて、再び優雅なステップを踏み出す。
「彼女は医療従事者を少なくとも十八人殺している。残念だけど、解放することはできないわ。その代わり、あなたのことはまだ助けてあげられるかも」
「何を……すればいい」
エトワールは、ドレスの裾に隠していた紙の包みを彼の手に握らせる。
「これは?」
「……毒よ」
「!」
「これ以上余計なことを吐かれる前に、口封じをするの。そうすればあなたは助かる」
わずかな瞬間のあと、イザールは恐る恐る包みを受け取った。もちろんこの包みの中に入っているのは毒などではなく、ただの塩。
(引っかかったわね。これを受け取るということは――自分の罪を認めるも同義よ)
そこで、イザールがポセニアの工作活動に加担していたことの確証を得たのだった。
五年前、エトワールが逆行してきたばかりのときから、何度か密偵を送ってきたが、途中で勘づかれてイザールに接近することは叶わなかった。貴族たちに裏切り者の証拠を探す協力を仰いだときは、子どもの戯言だと笑われるか、あるいは筆頭公爵家ヴァレンリース家の権力に恐れおののいて拒絶された。
エトワールを信頼してくれる貴族も増えたものの、結局ここまで、エトワールはほぼ自分の力だけでイザールと戦ってきたのだった。
ヴァレンリース公爵家の権力の壁は厚い。だがあと一歩、この男から何かを引き出せれば、王国騎士団による身辺調査を強行するきっかけになる。
(さあ、ボロを出しなさい。絶対、あんたを性悪女と同じ牢屋に入れてやるんだから)




