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27_聖女の正体

 

 ポセニアはルニス王国の没落した中流貴族の令嬢だった。没落の原因は、父親の汚職事件。父は牢獄に囚われの身となり、母はそのせいで気を病んだのか体調を崩し他界した。ポセニアは人一倍野心家で、そんな過酷な状況の中でも、いつか大金と権力を手にすることを強く夢に見ていた。


 金持ちを騙して金品を騙し取りながら暮らしていた少女時代。とうとう警察に捕まって、父と同じように牢屋に入れられるかと思いきや、警察に連れていかれたのは――国王の元だった。


「罪人として処刑されるか、偽の聖女となるか、そのどちらかを選びなさい」


 国王に提案されたのは、これまでの罪を咎めない代わりに、レストナ王国で工作活動を行わないか、ということ。


 魔石サルライドの力で大勢の人々を癒して求心力を上げ聖女となる。そして、未来に統治者となる王女エトワールの悪評を吹聴して、民衆の彼女への支持を下げることが具体的な内容だった。


 そして、最終的にルニス王国がレストナ王国を支配した暁には、ポセニアを捕虜という名目で帰国させ、多額の報酬と貴族位を下賜してくれるという。


(こんな、こんなの……わたくしにぴったりではありませんの)


 必死に堪えていなければ、口元がだらしなく緩んでしまいそうだった。

 没落してしまったとはいえ、元は貴族令嬢。それなりに教養は身に付いているし、礼儀作法も学んでいる。長年詐欺師として生きていたおかげで、他人の心に取り入るのも得意だった。


(それに……聖女と呼ばれるのなら、わたくしくらい美人でありませんと)


 ポセニアは形の良いふっくらとした唇で、ゆるりと扇の弧を描く。そして、胸に手を添えながら優雅なカーテシーを披露した。


「そのお役目、わたくし以上の適任はいないかと存じます」


 かくしてポセニアは、ルニス国王の手先として、レストナ王国に渡ったのである。




 ◇◇◇




 レストナ王国は各地に親ルニス派の貴族や諜報員がいる。ポセニアは彼らに協力してもらいながら、万全の体制でレストナ王国へと入国した。


 ルニス国王の息がかかったビレッタ伯爵家の養子となり、過去の経歴を偽造して、王国騎士団に身上書を提出。入国して半年後には、王国騎士団の医療奉仕部隊に所属し、魔石の力で名を上げていった。


「聖女様……!」

「素晴らしい癒しの力だ……!」


 人々の傷を癒すという聖女の特質ゆえに、敵国の手先であることは誰も疑わない。


(みんなして騙されて……本当にいい気味ですわ)


 ポセニアは目論見通り、王国騎士団の中で聖女と呼ばれ、敬愛されるようになった。


 しかし、聖女の力を使いすぎては、戦場で祖国を不利にしてしまうかもしれない。だから、怪我をした者の中でもとりわけ強い者、司令官などの重要な地位にいる者の治癒には消極的だった。代わりに、いてもいなくても変わらなそうな兵士たちを厳選し、彼らには惜しみなく治癒を施していた。


 そんな風に偽の聖女として過ごし一年が経ったころ、ルニス王国から新たな指示が届いた。エトワールの悪評を吹聴し、求心力を下げるための活動を開始せよ――と。


 レストナ王国内の親ルニス派貴族たちの推薦により、ポセニアはエトワールの家庭教師となった。幼い彼女の教師と話し相手をしつつ、順調に彼女の悪口を広めていった。


 王女が愚かで怠け者で臆病者だと言い続ければ、それは尾ひれをつけて拡散された。


 そのうちに、エトワールの婚約者候補であるイザールにも接近した。いずれ王配となるイザールに取り入り、権力を得ようという魂胆だった。

 それが想定以上の成果を得て、彼はポセニアを愛するようになり、ルニス国王に報告すると、イザールをルニス王国に取り込めないかと連絡が来た。


 そこでポセニアは、自分がルニス王国の工作員であることを打ち明け、嘘を吐いて同情を誘う作戦を取った。両親と弟が人質に取られていて、脅されていると。弟はいないし、母は死んだ。父は汚職事件のせいで牢獄にいる。

 だが、レストナ王国の実権をルニス国が握ることができたら家族も解放をしてもらえると泣きながら訴えると、イザールはまんまと信じ込み、同情してくれた。


 更に、イザールはルニス王国に協力したいと言い出した。イザールは賢明だった。王国と一緒に滅びを迎えるより、ルニス王国に魂を売った方が彼の身は安全なのだから。

 そして彼は国を裏切り、いつしか女王に即位した王女を暗殺することを決心したのである。


「俺にはお前さえいたらそれでいい。ポセニア」

「ええ。わたくしも同じ気持ちですわ」


 ……などと甘い言葉を言うが、もちろんこれは全て嘘。


 正直、ポセニアにとってイザールはただの踏み台でしかない。彼のことを愛してなどいなかった。


 いつしか男女の関係になったふたり。聖女に与えられた広い個室の寝台で肌を寄せ合う。権力と金のためなら、好きでもない男に身体を許すなんて瑣末なこと。それに、イザールの美しい容姿は好みだから、そう悪い気分でもなかった。


 サイドテーブルの蝋燭の明かりで照らされ、天蓋から垂れるカーテンに、男女の影が妖しく浮かび上がる。


 イザールはいずれエトワールと婚姻を結び、王配となる。


 女王となったエトワールを殺せば、イザールは玉座を手に入れられる。そして、自分は彼の妻――王妃になるのだ。本当なら帰国して、貴族位を与えてもらうつもりだったが。一国の王妃という方が魅力的である。


「いつか、玉座を手に入れて、お前を必ず解放してみせる」

「信じて待っておりますわ」


 鼓膜に直接注ぎ込まれた甘い言葉に、うっとりと微笑んで見せる。


(ああ、本当に……愚かな男)


 イザールがルニス王国の傀儡としてレストナ王国の王になれば、ポセニアは王妃として楽しい夢を見せてもらえることだろう。ポセニアはこの世界の全てを手に入れたような気分だった。




 ◇◇◇




 けれど、順風満帆だったポセニアの計画は、突然崩れ始める。

 プトゥゼナール王国との会談の前日の宴で、ポセニアはエトワールに告げられた。


「今日であんたはクビよ、先生?」


 王女の家庭教師を解雇されたのである。


 納得できなかったポセニアは食い下がった。後日、応接間にエトワールを呼び出して説得を試みる。


「わたくしはこれまで誠心誠意役目を果たして参りましたわ。あまりに突然のことで、理解ができません。理由をお聞かせ願います」


 エトワールのことは、謀反が成功するまでポセニアの操り人形にするつもりで教育をしてきた。

 またこれからも、王女の評判を下げる噂を流していくために、彼女の最も身近な存在である家庭教師の立場を手放す訳にはいかない。


「理由ですって? ご自分の胸に聞いてみては?」


 地を這うようにそう答えたあと、こちらを振り返ったエトワールは、グレーの瞳に露骨なまでの憎悪と怒りを滲ませていた。


 心当たりなら、ありすぎるくらいにある。エトワールの悪口を言いふらしたこと、彼女の婚約者と浮気していること、宴の場で披露するはずだった舞を教えなかったこと、ポセニアの正体が――敵国の工作員であること。


 解雇の理由がどれなのか、ひとつに絞れずに思案を巡らせていると、エトワールは言った。


「話があるっていうから来てみれば……その話はもう終わったことよ。だから、あんたはクビなの、クビ。そこについてる耳は飾り?」


 威圧的な眼差しを向けられて、戸惑いを覚える。記憶する限り、エトワールはいつだって従順で純粋、大人しい王女だった。だから、このような乱暴な口調や態度で迫ってきたことが、これまでのエトワールでは考えられない。


(まるで、別人のよう……)


 呆然と立ち尽くすポセニアに対して、彼女は最後に吐き捨てた。


「もう二度と、あんたの思い通りにはさせないから。覚えておきなさい」


 今の彼女の顔つきは、とても十二歳の少女とは思えない壮絶な悲壮感と、覚悟を滲ませていた。


「今まで大変お世話になりました。先生のますますのご活躍とご健勝をお祈り申し上げます。それでは、ごきげんよう」


 エトワールは、かつてポセニアが教えた淑女のお辞儀をし、応接間を去っていくのだった。


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