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22_模範的なならず者

 

 これは、一度目と二度目の人生に共通する、レイとエトワールの出会いの記憶。


 レイの母親は娼婦だった。いつも香水の匂いを身にまとっている人で、いつの間にか男と一緒にレイの前から消えた。父親の顔は知らない。母親を失った瞬間から、レイは孤児となった。


 生きていくために、強くなるしかなかった。独学で剣と魔法の腕を磨いていき、いつしか街の孤児の中でレイに勝てる者はいなくなっていた。


 レイは金のために、悪徳商人や貴族から金品を盗んで生計を立てていた。


 親なし、宿なしの浮浪者として、子どものころから闇に身をやつした生き方を続けていたが、ちょうど二十歳になるころ、転機が訪れる。


「わぁ、怖いな。お兄さんたち、そんな物騒な物を持ってどうしたんです?」


 レイは人気のない路地裏で、複数の男たちに剣を向けられていた。


「お前が金の壺を盗んだラインズ侯爵からの命令だ。盗っ人レイを消せ、とな」

「あーなるほどなるほど。実は僕、レイの友達の知り合いのそのまた友達でして。あいつは……そうそう、今ちょっと自分探しの旅に出たところなんですよ」


 そのうちのひとりがレイの喉元に剣先を食い込ませ、血が垂れる。レイの後ろに隠れていた孤児の子ども三人のうちのひとりが、きゅっとこちらの裾をつまみ、弱々しく言う。


「怖いよ、その人たち……何?」

「平気さ。この人たちはお兄さんの友達だから。お前たちは俺の後ろに隠れていな」


 レイは盗みで得た金で、親がいない貧しい子どもたちを密かに養っていた。

 突然の襲撃に抵抗したものの、子どもをひとり人質にされたため、追い詰められてしまった。小さな少女が首筋にナイフを添えられている。ひとりきりであれば、この程度の相手に引けを取ることはなかっただろう。


 レイはへらへらと掴みどころのない笑顔を浮かべ、両手を掲げて降伏の意を示した。


「子どもたちが怯えています。彼らだけは逃がしてやってくださいませんか?」

「黙れ。お前を殺した後で、口封じにそのガキどもも――殺す。レイ、薄汚い野良犬のくせに、ガキの面倒見て善人にでもなった気か?」


 後ろに隠れている三人の子どもたちがひっと悲鳴を上げ、レイは背中で彼らを庇いながら、男たちを目で牽制する。


(どうにかして、こいつらだけでも助けてやる方法は……)


 この世にはそう未練はないし、いつ死んでもいいという思いで生きてきた。

 しかし、この子どもたちにはなんの罪もないし、自分よりも未来がある。孤児たちを逃がす術を思案したとき――彼女が現れた。



「――その剣を下ろしなさい」



 レイよりひと回りも歳が離れていそうないとけない少女が、暗殺しに来た男たちに命じる。


 長い黒髪が、風を受けてゆらゆらとなびく。

 薄汚い路地裏にそぐわない、上質のドレスに身を包んだ彼女は、心の清廉さが外にも滲み出ていた。


「はあ? 嬢ちゃんは引っ込んでな。今俺たちは、大事な話をしてんだ」

「なら私からも大事な話をするわ。この神聖な王都で殺し合いなんて物騒な真似をしたら、私がただじゃおかないわよ。――いいわね、お前たち」


 すると少女の後ろに、ぞろぞろと王国騎士団の徽章を胸に付けた騎士たちが現れる。


「「仰せのままに。――エトワール王女殿下」」


 フェレメレン王家には残念なことに、王子が生まれなかった。


 レストナ王国のたったひとりの王家直系――次期女王であるエトワールは、十歳かそこらでありながら、年齢にそぐわない貫禄があった。


 小さな少女に圧倒された刺客たちは、とうとう離散していく。


「王女だと……!?」

「相手が騎士じゃ敵わない。まずい、ひとまずずらかるぞ」


 残されたレイは恐縮し、エトワールに対して深く頭を下げる。


「その人……だあれ? レイ」

「お前たちも頭を下げろ。この国で二番目に偉い人だ」


 子どもたちの頭を押して、強引にお辞儀させる。

 王族なんて、下賎の民である自分は目を合わすことすらも許されない相手だ。


「面を上げなさい」


 命令に従い、恐る恐る顔を上げる。

 彼女はあどけなさはありつつも、綺麗な少女だった。特に、長いまつげが縁取るグレーの瞳は神秘的で、吸い込まれてしまいそうになる。自分とは住む世界が違う、高貴な王女。


「王女様のような偉いお方が、どうして僕なんかを助けてくださったのでしょうか」

「路地裏にいるレイというならず者をどうにかしてくれって、あちこちから王宮に嘆願書が届いているの。廷臣たちも暇じゃないから、私に白羽の矢が立ったって訳」

「ああ、そういうこと。いつの間に僕も有名人になったもんだ。こんなにかわいらしいお姫様にお目にかかれるなら、悪党になるのも悪くない」

「か、かわいらしいなんて……」


 ごにょごにょと呟いたエトワールの頬が、かすかに赤らんだのを、レイは見逃さなかった。年相応に恥ずかしがる反応があまりにもいじらしくて、思わず頬が緩んでしまう。


 エトワールは恥じらいを誤魔化すように咳払いしてから言った。


「ンンッ……と、とにかく。お前のことを色々と調べさせてもらったわ。悪徳商人や貴族たちが不正して得た金品を奪い、恵まれない街の子どもたちに食べ物や服、薬を与えていたそうね」

「僕はとても模範的なならず者なので。それで? 僕をとっ捕まえて牢獄に入れるおつもりですか?」

「いいえ。お前に打診をしに来たの。野良犬でもちゃんと躾れば立派な番犬になるものだわ」


 彼女は懐からハンカチを取り出し、先ほど剣が掠めたときにできた喉元の血を、手ずから拭った。そして、こちらに手を差し伸べ、こちらをまっすぐ見据えながら告げた。


「王国騎士団に入らない? お前のような人材は、この国にとって必要よ。今度は正当な手段で、子どもたちを守ってあげなさい」

「ですが僕の経歴では……」

「王女の推薦があれば、騎士団も受け入れざるを得ないでしょう。王族の務めは、全ての民が等しく能力を活かせる機会を与えること。それとも、愚かで怠け者で臆病者の王女の推薦は嫌?」


 エトワールは聖女ポセニアと比較され、だめな王女だと世間で噂されている。しかし目の前にいる彼女は、そのようには思えない。


 レイは、薄汚れた悪の貴族ばかりを見てきた。けれど世界には、こんなにも崇高な心を持った貴族がいたのかと、魂が震えた。


「いいえ。あなたは勇敢で賢く、高潔なお方です」


 レイはひざまずき、最上級の礼を執った。


 そして、エトワールの小さな手に導かれるまま、王国騎士団に入団することにした。エトワールの図らいにより、背中に隠れていた子どもたちは孤児院に入ることになった。


 そしてレイは、少女が娘に成長したとき、傍で守るための近衛騎士になることを誓ったのである――。

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