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21_医療奉仕部隊と加虐の聖女



 イザールは、軍医と治癒魔法師を探して森の中を走った。エトワールが死ねば、女王になった彼女を殺して王になるという野望も絶たれることになる。


(クソッ。まずい状況になった)


 ルニス王国に王女のテントの場所の情報を流したのは――工作員ポセニアだ。その狙いはレイを殺すことで、イザールも作戦に協力している。レイはレストナ王国にとって大きな戦力であり、彼がいるおかげで騎士たちの士気はいつも異様に高い。


 そんな彼を脅威に感じたルニス王国から、彼を殺すために部隊を派遣する通達が来たのだ。


 レイは戦闘時以外は常にエトワールの傍に控えていて、さながら番犬のように鼻を利かせ、目を光らせている。レイの存在は、王女エトワールの心の支えになっている。彼女からあの男を奪えば、あの憎たらしく強気な態度も少しはしおらしくなるはずだ。


 陣地の情報をルニス王国軍に漏らしたのは、イザールだった。

 エトワールを睡眠薬で眠らせた隙をつき、レイを殺すつもりだったが、彼女はイザールが出した睡眠薬入りの水を飲まなかった。


 そして、イザールは一旦作戦を中止させるために、ルニス王国の陣営に向かった。だが、移動中に、ルニス王国の例の暗殺用部隊に鉢合わせた。


 イザールが親ルニス派であることに気づかない部隊は、攻撃をしかけてきた。たまたま居合わせたレストナ王国軍とともに戦ったが、結局イザールは最後のひとりになってしまった。


 自分ひとりではとても立ち打ちできず、ここまでかと思ったとき――エトワールが援軍を寄越した。そんな彼女は、木の上に潜んでいた弓兵の矢を受けて負傷した。


(彼女に今死なれたら困る。女王になった彼女を殺し、王権を奪わなければ、俺とポセニアの望む未来はない)


 命の恩人であろうとも、エトワールを案じる気持ちや罪悪感は微塵もなかった。


 レストナ王国の医療奉仕部隊は、ルニス王国軍に陣地を襲撃されたのと同時に離散している。

 しばらく馬を走らせたあと、聖女ポセニアが軍医たちを殺している現場に着いた。


 医療奉仕部隊は二十名おり、そのうちの十人が軍医、二名が治癒魔法師である。ちなみに、治癒魔法師のひとりであるポセニアは、聖女と呼ばれている。彼らは地面に倒れ込み、身を寄せ合いながら――絶命していた。


 そして彼らを、ポセニアが見下ろしていた。こちらに背中を向けているため、その表情は見えない。


「ポセニア」

「…………」


 彼女からは返事が返ってこないが、そのまま続ける。


「ルニス王国軍の暗殺部隊に俺まで襲われた。話が違うだろう」

「それは不運でしたわね。ルニス王国側にわたくしから苦情を申しておきますから」

「全く、狙いはレイだけだったはずだろう。それから……一体ここで何があった? この者たちは、お前ひとりで殺ったのか? そんな指示、ルニス王国から来ていなかっただろう」

「…………」


 すると、ポセニアはこちらを振り返り、つぅと涙を一筋流した。


「わたくしの独断ですわ。仕方がなかったんですの……っ」

 

 ポセニアは聖女の力を、魔石サルライドの力に依存している。エトワールが治癒魔法師に、ポセニアのチョーカーを調べるようにと秘密裏に依頼していたらしく、その男の調べによってとうとう勘づかれてしまった。


 ちょうど、数十分前。イザールがルニス王国軍の暗殺部隊と戦っているころに話は遡る。


『ポセニア様。あなたは、みんなを騙して偽の栄誉を得ていたんですね。失望いたしました』

『何をおっしゃっているのか、さっぱり分かりませんわ』


 ポセニアは若い軍医に詰められていた。


『とぼけても無駄です。王女殿下のご指示により、あなたがお休みのときにチョーカーをこっそり拝借して調べさせていただきました。それは間違いなく、魔法が使えない人間でも治癒魔法が使える魔石サルライドです……!』


 男は、ポセニアの首元に輝くチョーカーをちらりと見てから、興奮気味に続ける。


『現存するサルライドは、ルニス王国が保管しているもののみ。あなたは――ルニス王国の回し者では? この件は、すでに医療奉仕部隊全員が把握しております。あなたの悪事は、これから我々の手で白日の元に――』

『ああ、そう……。わたくしを売ろうというのですわね。それならば――』

『な、何をする気だ。やめろ、……ぎゃあああっ!』


 ポセニアはサルライドの治癒とは逆の性質を使って、医療従事者たちを次々に殺していった。全ては――口封じのため。

 

 事の仔細を説明し終えたポセニアは言う。

 

「わたくしの力は、他人に生命力をもたらすと同時に――奪うこともできますの」


 彼女はふいに、首元のチョーカーの石を指先で撫でる。


 悲しそうなポセニアの姿を見て、胸が痛む。彼女は望んで工作員になったのではないと言っていた。彼女の両親と弟が、人質に取られているのだ。それなのに、汚さなくていい手を汚させてしまった。


「わたくしの手は、すっかり汚れてしまいましたわ。わたくしはただの……人殺しですわね」


 ポセニアは美しい瞳から、ぽろぽろと涙を零し始めた。

 イザールは彼女の華奢な腰をさらい、抱き寄せた。


「泣くな。お前は何も悪くない。自分の身を守るために、時に他者を犠牲にすることも必要だ。必ず俺が王になりお前を妃にする。そうすれば、自由が手に入る」

「ごめん……なさい。わたくしも、こんなことがしたかった訳ではございませんの。命令に従わなくては、家族が殺されてしまうから……っ。わたくしはただ、もう一度家族に会いたくて……っ」


 そのとき、生き残っていた軍医の男がひとり、イザールとポセニアが会話している隙に脱走を試みた。ポセニアの魔術によるダメージが大きいのか、逃げ足は随分と遅い。


(あの者を殺せば、王女の怪我を治療できる者はいなくなる。だが――)


 一瞬頭の中に浮かんだ、命の恩人であるエトワールの姿をすぐに掻き消す。ここで男を生かせば、医療従事者たちを殺したのがポセニアだと知られてしまう。


 イザールは唇を引き結んで覚悟を決め、剣を引き抜いて軍医の元へ歩む。こちらの存在に気づいた彼は、顔を真っ青にして懇願を口にした。


「ひっ、お助け――」


 男の瞳に、イザールが持つ剣が映る。彼が懇願を最後まで言う前に、イザールは彼を斬り捨てていた。そして、血が予想以上に吹き出し、先ほどの戦闘以上に服が汚れた。


(このまま帰ったら、新たに人を殺したと丸分かりだな。着替えた方がいいだろう)


 そして、イザールの後ろでしおしおと泣いているポセニアは、軍医が死んだのを見て――満足げに口角を上げるのだった。


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