20_矢を受けた女王
「…………っく」
「殿下!?」
背中に強い痛みを感じ、その場に崩れ落ちる。木の上からこちらめがけて矢が降り注ぐが、レイが風魔法で全て吹き飛ばす。
更に、敵の騎士たちも次々に攻撃を仕掛けてくるが、レイは剣と魔法を見事に組み合わせて対抗した。
彼が手をかざせば、どこからともなく蔦が伸びてきて、騎士たちに巻きつき、そのまま絶命するまで身体を締め上げる。
まるで、天上人対人間のような力の差で敵を圧倒し、ふたりを襲ってきた騎士たちと木の上に潜む弓兵はもれなく――殲滅された。
「はっ……はぁ……っ」
地面にぐったりと倒れ込んでいるエトワールは、呼吸を乱して額に汗を滲ませていた。レイはエトワールを抱き起こし、顔をしかめながら訴えてくる。
「しっかりしてください、殿下……! なぜ僕なんかを庇ったんですか……っ」
「身体が、気づいたら勝手に……動いていたの」
「ご自分の立場を分かっていらっしゃるのですか!? あなたは、ご自分の命を何よりも優先しなくてはなりません!」
まるで、母親に叱られた子どものような態度で、目を逸らすエトワール。
(部下を庇って怪我をするなんて……次期女王としては、失格ね)
女王は常に玉座に座って、国の頭脳として采配を振るい続ける存在だ。たとえ部下や仲間を踏み台にしたとしても、生き延びて国の頂点に立ち続けなくてはならない。
部下ひとりのために身を呈すなど、国の長としての責任を放棄したのと同義だ。
それに、レイほどの実力があれば、エトワールが庇うまでもなくうまく対処できていただろう。それでもあのとき、身体が言うことを聞かなくなったのだ。
この人を守りたいという一心だった。
一瞬うろたえたレイだが、すぐに冷静さを取り戻す。
「――傷口を確かめさせてください。失礼いたします」
彼はきわめて慎重な手つきで、エトワールのブラウスのボタンを外していく。わずかにはだけて露出した背中には、深く矢が刺さっており、腰の方へと血がつうと一筋流れ落ちる。
彼はこちらを不安にさせないように配慮したのか、穏やかに、かつ冷静に言う。
「急所は避けていますし、大丈夫です。すぐに軍医を呼んで処置を施してもらえばなんの問題ありません。どうかご心配なく」
「……そう」
彼の言葉に頷き目を伏せたとき、イザールがやってきた。彼は、矢が刺さった状態でレイに抱かれているエトワールを見て瞠目する。
「殿下、その怪我は……」
「心配ないわ。それより、状況報告を」
エトワールは信用できないイザールを尻目に、別の騎士に報告を促す。
「は、はい。殿下の指示通り、我々レストナ王国軍はルニス軍を挑発、各個撃破を繰り返しておりました。順調に戦力を削っておりましたが、今私どもを襲ってきた弓兵と騎士部隊はどうやら、主戦力である――ルードリック様を狙って派遣された暗殺部隊だそうです。騎士のひとりを尋問したところ、陣地の情報が流れていたらしく……」
確かに、レストナ王国軍の士気に大きな影響を与えるレイを狙うのは、納得できる。なぜなら前回の人生では今この時期、レイはエトワールの近衛騎士をしていて戦場にいなかったから。
「そう。ではまず、情報の出所を調査、それから今生き残っているルニス兵を拘束しなさい。あとは、他の部隊に伝えて。ルニス軍は数が多い。このまま北上せずに防衛戦を続けて、とにかく徹底して相手を消耗……させ……」
背中に刺さった矢が、容赦なくエトワールの体力を奪っていく。思考がおぼつかなくなり、くらくらと目眩がした。エトワールの顔が真っ青になっていくのを見て、イザールはわずかに動揺してその場にしゃがむ。
「殿下はご自身の治療を優先してください。団長は彼女の傍に」
「言われなくてもそうするつもりだ」
レイは自分の服の生地を破って、エトワールの背中の矢にぐるぐると巻きつけ、それ以上深く刺さらないように固定していく。そして、エトワールの代わりに騎士たちに命じる。
「今後はしばらく、殿下に代わって俺が指揮を執る。今周辺にいる騎士たちで新たに守備隊を編成しろ。新しい陣地を張る」
「「はっ」」
騎士たちは敬礼し、その場を去っていった。
イザールは固く拳を握り締めながら、声を絞り出した。
「必ず離散した軍医と、治癒魔法師たちをここに連れて戻りましょう。どうかしばし、ご辛抱を」
イザールは彼が果たすべき大義――未来の王権簒奪のため、エトワールを死なせる訳にはいかないから必死だ。
意識が朦朧として答えられないエトワールの代わりに、レイが答える。
「必ず戻ってこい。頼んだぞ」
「御意」
イザールは敬礼し、馬に乗って去っていった。
一方のエトワールは、強烈な睡魔に襲われていた。強い痛みを受けたショックで、自律神経のバランスが崩れたのだろう。目眩が続いたあと、目の前が徐々に暗くなっていく。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「れ、い……」
「殿下、殿下……!」
ぼやけていく視界が最後に捉えたのは、今にも泣き出してしまいそうなレイの顔だった。普段飄々としている彼がこうも取り乱す姿を見るのは、初めてのことだった。




