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19_敵襲

 

 レイと同じ馬に乗って一緒に森の中を移動しながら、エトワールは思案に暮れた。ルニス王国軍が陣地を特定した理由のひとつとして、情報を流した裏切り者がいるという可能性が考えられる。


 前回の人生のブリュートニーの戦いはなかった展開だということを踏まえると、エトワールが司令官になったことが影響していると推測できる。

 そして、ある人物がひとり、頭に思い浮かぶ。


(イザール・ヴァレンリース)


 保身的で、長いものには巻かれる。レストナ王国がルニス王国軍の支配下に入ることが、平和的な解決方法だとのたまっていた彼なら、情報を流しかねない。


「情報を流した裏切り者がいるとしたら、イザールに決まっているわ……!」


 これまで散々エトワールのことを蔑ろにしてきたくせに、気を遣って飲み物を差し出してくるなんて妙だと思ったのだ。もしかして、あの水の中には毒でも入っていたのではないか。


 エトワールは馬に乗ったまま、レイに話しかけた。すると彼は答える。


「お気持ちは分かりますが、決めつけるのは性急ですよ。あの男にとっては玉座を奪うことが狙いなので、婚姻を成立させ、殿下が女王になるまで殺すことはないと思います」


 彼は未来でエトワールを殺して王権を奪取し、ルニス王国の傀儡国家を誕生させる。そのためにイザールは、女王の配偶者という地位を喉から手が出るほど欲しているはずだ。


 イザールはこの三年間、婚約解消に応じなかった。逆行してから、エトワールはイザールに冷たくし、父や廷臣たち、イザール本人に、何度も婚約解消を訴えてきた。けれど、イザール本人はもちろん、父や廷臣たちは、彼の実家の権力に怯んで婚約解除は難しいと答えた。


 ということで結局三年間、婚約関係は継続している。けれど、イザールは浮気のせいで評価は下がり続けており、このまま粘り続ければ正式に夫婦になる前に婚約解消できるかもしれない。いや、必ずしてみせる……!


(じゃあ、イザールは犯人じゃないってこと? それとも、私を殺す以外に目的があるとか……。だめね、情報がなくて推測できない)


 エトワールは小さくため息を吐き、ひとまずこの件は後で考えることに決めた。


「全く。イザールはどれだけ王座に執着してるのよ。剣や魔法の腕がそこそこなのは認めるけれど、政治のことは全然分かってないくせに。いい加減諦めてくれないかしら」

「それとも、あの男は殿下に恋心を抱いていらっしゃるとか」

「はああ!? 冗談はよして」

「殿下は分かっていませんね。男ってのは、逃げられるほどに追いたくなる生き物なんですよ。なんて――痛っ」

「馬鹿なこと言わないでちょうだい。つねるわよ」

「……もうつねってますが」


 本当に、タチの悪い冗談は勘弁してほしい。

 レイはエトワールにつねられて赤く腫れた右頬を擦りながら、眉を寄せた。


「レイもそうなの?」


 好奇心から尋ねると、彼はエトワールの耳元で囁く。


「僕は逃げられる前に仕留めます」

「ま、まぁ何それ。かっこつけちゃって」

「ふふ、冗談です。僕はむしろ、獲物と仲良くなるために丸腰で挑んでるんですが、なかなか相手にしてもらえません。ねぇ、殿下?」

「…………っ」


 吐息混じりの彼の声が耳を掠めて、耳が赤く染まっていく。

 イザールは厄介な男だが、レイという男も負けず劣らずである。


「こんなときでも、お前はそうやって冗談を言うのね」

「こんなときだからです。どんな困難なことがあっても、笑顔とユーモアを忘れずに――が僕のモットーですので」


 レイは騎士としてこれまで、数々の死地を乗り越えてきた。大切な仲間を失うこともあっただろうし、自身も幾度となく命の危機を経験してきただろう。


 だからこそ、そういう信条を持っているのだ。過去も今も、この人の前向きさにどれだけ励まされてきたか分からない。騎士たちがレイを頼りにする気持ちがよく理解できる。


 エトワールは、馬の綱を握るレイの袖をきゅっとつまみ、小さな声で呟く。


「絶対、死んだりしないでね。これは王女からの命令ではなく、ただのエトワールからの……お願いよ」

「……そのお言葉が何より、僕の生きる力になります」


 彼がそう答えた声には、歓喜の感情が滲んでいた。

 そのとき、レイが茂みの向こうを見据えながら、馬を止める。


「……人の気配がする」


 彼の視線の先――茂みの奥に目を凝らすと、人影がいくつか見えた。そしてそれが、ルニス王国の騎士隊に追い詰められているイザールだと気づくのに、そう時間はかからなかった。


 彼の周りには、数名のレイトナ騎士が倒れており、残るのはイザールだけ。彼はたったひとりで、ルニス騎士と応戦していた。

 イザールは優秀な氷魔法の使い手で、次々に氷を出しながら戦っている。


 彼が地面に剣を刺したのと同時に、地面から敵の騎士の足まで凍りつき、相手の身動きを封じていく。その隙に剣で攻撃をしていた。


(さすがの実力……と言わざるを得ないわね)


 悔しいが、その実力は本物だ。かつての自分が憧れてやまなかった、美しく強い騎士があそこでひとり、敵と戦い続けている。


「このまま無視しましょう。助ける必要などありません」


 イザールは未来で王配の地位を得たあと、エトワールのことを殺すつもりでいる。だからこそ、婚約解消にも応じないのだ。


(レイの言う通りだわ。あんな裏切り者、助ける義理なんてない。そうよ、このまま無視すれば、運命を変えられる)


 このまま見なかったことにすれば、イザールは殺されるだろう。そうすれば全て解決する。


 分かっている。

 ……分かっている、けれど。


(……でも、このまま見殺しにしたら、アトラス包囲戦で民間人を見捨てて逃げ帰ったイザール(あいつ)と同じじゃない)


 殺されかけている人間を無視できるほど、エトワールは冷酷になれなかった。エトワールは付き従えている騎士たちに命じる。


「至急応援を! 副団長をみんなで援護しなさい!」

「「御意!」」


 エトワールの命令によって、イザールのもとに駆け寄っていく騎士たち。エトワールは目の前で起こる激しい戦闘の様子を、息を飲んで見ていた。

 そして、エトワールの護衛としてその場に残ったレイが苦言を呈す。


「殿下。あなたは人が良すぎます」

「だって、仕方ないじゃな――」


 その刹那、木の上から敵の弓兵が――レイに向けて弓を構えているのが目に留まった。ルニス王国軍の優秀な弓兵の存在を忘れて油断していた。


「――危ない……っ」


 気づけば、反射的に身体が動いていた。そして、レイを抱き庇い、飛んできた矢を――背で受け止めた。


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