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17_ブリュートニーの戦い

 

 エトワールが最愛の人に殺され、逆行した三年後。ルニス王国は一度目の人生のと同様に、北部への軍事侵攻を開始した。

 ここで、北部を治めるブリュートニー辺境伯が捕虜にされ、彼を解放するためにレストナ王国は領地の一部を失う。そして、ルニス王国に国土の四分の一を支配されることになるのだ。


 レストナ王国軍は、プトゥゼナール王国からの援軍を含めて三千人、対するルニス王国は五千人と圧倒的な差がある。


「ルニス王国軍の方が我が国の軍より数が多いわ。でも、軍の優秀さは負けていない。南下してくるルニスの騎士部隊を各個撃破しなさい」

「「御意!」」


 十五歳に成長したエトワールは、ブリュートニーの戦いで指揮を執っていた。


 この三年、エトワールは戦に関する勉強も重ねてきた。生き延びるための努力に妥協はない。

 そして、ポセニアに倣って度々戦地に随行し、軍人たちとともに戦略を練っては成果を上げた。今では、エトワールを愚かで臆病者で怠け者と揶揄する人はどこにもいない。


 ブリュートニー辺境伯領は山が広がっており、その中のとある丘陵地に陣地を構えた。

 騎士服に身を包み、男のような格好をしたエトワールは峻厳としていて凛々しい。


 そして、彼女の優れた戦術によって、数によって圧倒的に不利だった戦況も覆りつつあった。


(ルニス王国軍の弓兵は優秀だわ。弓兵との戦闘に備えて、陣形を組み直さないと……)


 テント内の机の上に地図を広げ、顎に手を添えながら思案するエトワール。


 そこに上から声が降ってきた。


「根を詰めすぎではありませんか。少しお休みになっては」


 顔を上げると、机の向かいに立つイザールが水の入ったコップをこちらに差し出した。


「……余計なお世話よ。その水、毒でも入っていそうだもの。副団長様?」

「…………」


 彼の善意を冷たく突っぱねて、ぶっきらぼうに睨めつける。けれどイザールは、挑発を受けても眉ひとつ動かさない。


 イザール・ヴァレンリースは今年、王国騎士団の副団長となった。前回の人生で彼は団長になっていたが、今はその座に――別の者が据えられている。


 イザールはポセニアとの愛人関係をエトワールが噂で流したせいで、世間では非難轟々。ポセニアはいつの間にか、聖女と呼ばれなくなっていた。イザールが騎士団団長の座を逃したのも、その不祥事が大きな要因となっている。けれど相も変わらずふたりは、関係を続けているようだ。


 そのとき、テントの幕を片手で上げながら、またひとり別の男が中に入ってきた。


 騎士服に身を包んだ爽やかな美男子。彼は王国騎士団団長の――レイ・ルードリックだ。


 彼はこの三年の間、戦地で比類ない功績を上げただけではなく、仲間や上官からの信頼を着実に築き上げ、昇進を重ねて団長に就任した。


 他方、もうひとりの団長候補として名が挙げられたイザール。筆頭公爵家である実家の推薦もあったものの、レイは彼の権力すらも撥ね除けてしまった。


 平民出身の者が団長になるのは歴代初だったが、国最強と謳われる能力や、気さくな人柄から、異議を唱える者はいなかった。


 イザールは上官であるレイに対し敬礼する。レイはイザールに見向きもせず、エトワールの元まで歩み寄り、敬礼した。


「殿下、ただいま戻りました」

「直りなさい」

「はい」


 エトワールの指示で、手を下ろすレイ。一方、依然敬礼をしたままのイザールにも、「あなたも下ろしなさい」と指示した。


 レイは腰に、革製の水筒を引っ提さげていた。エトワールはそれを指差しながら言う。


「それ、少しもらっても? 喉が渇いたの」

「ええ、いいですよ」


 受け取った水筒の蓋を開け、レイが口をつけたであろう場所に躊躇なく唇を当て、水を飲む。そんな様子を、イザールは決まり悪そうに見ていた。

 

 エトワールはおもむろに、一枚の書面を取り出してテーブルの上に置き、イザールに言う。


「婚約解消の書面よ。これにサインして」

「お断りいたします」


 にべもなく撥ね除けられ、大きなため息を吐く。この三年間、何度も何度も婚約解消を要求してきたが、彼は突っぱねるばかり。しかし、仮に結婚が成立したとして、イザールが王になるためにエトワールはすぐにお払い箱となる。


「はぁ……。あなたもいい加減しつこいわね。私たちはこんなに仲が悪いのに、よく粘るものだわ。そんなに権力がお好き?」

「…………」


 彼は沈黙したあと、一礼する。


「……これで、俺は失礼します」

「待って」

「……なんでしょうか」

「どこにルニス王国軍の弓兵が潜んでいるか分からないから、くれぐれも気をつけなさい」

「御意」


 イザールは冷めた顔をして敬礼した。


 彼がテントを出て行ったあと、レイはテーブルに片手を突きながらこちらの顔を覗き込む。


「殿下はずるい人であらせられる」


 エトワールは水筒を握り締めたままわずかに背を後ろに引き、身構えた。

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