14_逆行の真相
宴から数日経った日、エトワールはひとり、王宮書庫に赴いていた。王宮本殿から離れた離宮の中にあるこの部屋は、王族や上級廷臣しか出入りが許されておらず、国家において重要な書物が集まっている。
(やっぱり……ないわね)
エトワールは王宮書庫を貸し切って調べ物に熱中する。
テーブルの上には、分厚い本が大量に積み重なっていた。
エトワールが調べていたのは、自身の身に起きた――時間の逆行について。
あらゆる魔術書を読み漁ってみたものの、そのような魔術の類いも前例も見つからなかった。
時間に関連した魔術でいうと、古い物を新品の状態に戻したり、逆にみずみずしい植物の時を進めて枯れさせたりすることはできる。
けれどそれは、あくまで特定の物の時間に干渉する魔術だ。エトワールの身に起きた、時空そのものを歪めてしまうほどの大規模な魔術など、果たして実現可能なものなのだろうか。
人並みの魔術しか使えないエトワールには、想像もつかない。
(五年後の記憶を持っているのは、今のところ私とレイだけみたいだし……。そして、時間が巻き戻るトリガーになったのは――私の死。これらは単なる偶然? それとも……)
一度目の人生で、類まれな魔力量を有したレイは、エトワールの近衛騎士をしていただけでなく、この国最強の魔術使いとしても名を馳せていた。魔法を組み合わせながら剣で戦う姿はことさら優雅で、多くの人を魅了した。
そして、次期女王と最強の番犬の組み合わせとして、ふたりは広く認知されてきたのである。
(レイ。私にやり直すチャンスを与えてくれたのは――お前なの?)
彼は、非業の死を遂げたエトワールを救うために、何らかの魔術を発動させたのではないか。
レイに五年後の記憶を有していると打ち明けられたときから、エトワールはその可能性を疑ってきた。なぜなら彼は、五年前に戻っていることに一切の疑問を感じている様子もなかったから。普通なら、その原因を多少なりとも調べようとするはずだ。もし彼がこの現象を引き起こした張本人なのだとしたら、あの態度にも納得できる。
加えて彼は、エトワールに対して並々ならない忠誠心を抱いている。主人のために命を捨てることも、もしかしたらいとわないのかもしれない。
魔術書をぺらぺらとめくっていると、魔石の一覧のページに辿り着いた。魔石は、それを持っているだけで、本人の能力以上の力を行使することができる。
その一覧の中に、治癒魔法の効果がある『サルライド』という石を見つけた。千年以上前にルニス王国の鉱山で発見された伝説の魔石で、ルニス王国が独占している希少なもの。
この魔石を使えば、欠損した肉体を修復することや、死にかけた人間を蘇らせることも可能らしい。また、サルライドは人に生命力を与えるだけではなく、奪う――つまりは死をもたらす恐ろしい力もあるとか。
「これって、ポセニアのチョーカーの……」
サルライドには見覚えがあった。
そのとき、頭の中にポセニアの姿が思い浮かぶ。彼女を聖女たらしめる所以は、この国随一の治癒魔法の素質だ。
白いローブを血に染めながら、戦場で多くの者たちを癒してきた彼女は、聖女と呼ぶにふさわしい。そしてポセニアの首元にはいつも――白い石が嵌め込まれたチョーカーが輝いていた。
魔術書に描かれているサルライドと、ポセニアのチョーカーの石は、内側の層の重なり方まで酷似していた。そして、サルライドは水に濡れると――青く変色する性質があるという。
(まさか……)
宴の日、舞が終わったときにぽつぽつと天気雨が降り出し、彼女のチョーカーの石も青くなっていた。光の加減で見間違えたと思っていたが、あれが見間違いではなかったとしたら……?
人々に敬愛される聖女が、偽りの力で栄誉を受けていたとしたら、大きな騒ぎになるだろう。
エトワールは半信半疑になりつつ、サルライドのページに栞を挟んだ。いずれにせよ、慎重に調査していく必要がある。
結局、半日ほど魔術書を読み漁ってみたが、時間の逆行に関連した本の発見には至らなかった。
読んだ本を棚に戻していたら、一冊の古びた本がたまたま落ちてきた。
床に落ちた本を拾い上げ、表紙に被っていた埃を払うと、そこには古語で『禁術』と書かれていた。
人類に対して危険度の高い魔術は古代から少しずつ禁じられていき、人々の記憶からも消し去られていった。
エトワールは古語を学んでいるため、完璧ではないが解読することができる。ぱらぱらとめくっていた先に――その見出しを見つけ、背筋がぞくりと粟立つ。
『時戻しの術』
◇◇◇
王宮書庫で本を読み終わったあと、エトワールは自室に向かった。書庫はエトワールの私室がある王宮から離れているため、外をしばらく歩かなければならない。
すっかり月が高く昇っており、夜の冷たい風が身体の線をなぞっていく。そして、虫の鳴き声が心地よく鼓膜を揺らした。
すると、庭園の途中で人影を見つけた。よく観察してみると、雲間から差し込んだ月明かりが、男の美しい輪郭を浮かび上がらせる。
レイが、庭園からじっと何かを見上げていた。その視線の先を追うと、エトワールの私室の窓に目が留まる。
人の部屋の窓なんかを凝視して一見不審者のようにも思えるが、不審者と呼ぶにはあまりにも優美な姿だった。そして、いつも軽いノリで、にこにこと笑顔を浮かべている陽気な彼にそぐわず、随分と切なげな表情をしていた。
「――レイ」
そう名前を呼ぶと、彼はこちらを振り向いた。




