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13_裏切りの婚約者は聖女を愛する

 

 イザールは王国騎士団本部の建物の執務室でひとり、ため息を漏らした。


『どんな不条理にも、私は――屈しない』


 プトゥゼナール国王を歓迎する宴の日に、エトワールに言われた言葉が頭から離れなかった。

 まさか彼女が、イザールがルニス王国に通じていることや、イザールとポセニアの不貞関係に気づいていると思いもしなかった。


 そもそも、政略結婚した貴族が、愛人を作るのは珍しい話ではない。実際、フェレメレン王家の歴代の王たちだって、多くの妾を抱えていた。


 婚約が決まったときから、臆病で怠け者と揶揄されるようなエトワールを、女性として見る気などなかった。王女より十歳年上の自分が未来の夫に選ばれたのは、国王が早く死んだ場合、幼い女王に摂政が必要となるからだ。


 だが、イザールは共同統治者になる意思は毛頭なく、あくまで、政権を奪取して王になるための踏み台にくらいにしか思っていなかった。


 けれど、あの宴の日、彼女と話をしてからどうにも心がざわつく。エトワールは子どもだからといって、侮れない存在だ。もしかしたら知らないうちに、足をすくわれるかもしれない。


 そのとき、執務室の扉がノックされて、ポセニアが入室した。


「お仕事中失礼いたしますわ、イザール様」


 彼女は聖女の制服である白のローブを身にまとい、美しい礼を執る。また、ポセニアはいつも、白い宝石が埋め込まれた同じ首飾りを着けていた。


 ウェーブのかかった金色の長い髪に、長いまつげが縁取る金の瞳。その神秘的な美貌は誰もを虜にする。


「何か用か?」

「ええ。イザール様に――お渡ししたいものが」


 彼女はゆるりと口角を持ち上げ、こちらに歩んできた。机の上に封筒を一枚置いたあと、おもむろにイザールの膝の上に腰を下ろす。


 愛おしい重みを感じていると、彼女は甘えるように頬をこちらの胸に擦り寄せた。イザールもそれも拒まない。腕の中のポセニアから、花のような香水の匂いが鼻先を掠めた。彼女の背に腕を回し、もう片手を机の上の封筒に伸ばす。


 封筒を眺めていると、彼女が呟く。


「ルニス王国の国王陛下からですわ。恐らくは、今回のプトゥゼナール国王との会談についてかと」

「…………」


 イザールは自国には黙って、敵国の王と文を交わしては内情を漏らしている。


 そしてポセニアは、その仲介役をしているのだ。


 ポセニア・ビレッタの正体は、ルニス王国の――工作員である。彼女は家族を人質に取られて仕方なく、数年前にこの国に来て、レストナ王国騎士団の医療奉仕部隊に入ったのだという。

 家族のために危険な仕事をするポセニアが、哀れで、健気に思えた。


 この国で随一の治癒魔法の使い手である彼女は、またたく間に騎士団の人々に敬愛されるようになった。


 彼女は危険な戦地に赴き、騎士の欠損した肉体を一瞬で修復し、死にかけの重症さえも癒した。そのような圧倒的な力を持っていても決して驕ったりせず、誰に対しても分け隔てなく優しい。そのような彼女を人々が慕うようになるのは必然であり、イザールもそのうちのひとりだった。


 そして、多くの騎士たちに好かれるポセニアが愛したのは――イザールだった。イザールが彼女を受け入れ、男女の関係となったとき、彼女は自身がルニス王国の工作員であることを打ち明けてきた。


 彼女の任務は、次期女王であるエトワールに接近し、情報を得ることだった。イザールに近づいてきたのは命令ではなく、彼女自身の意志らしい。


 その後、ポセニアは、イザールに提案してきた。

 レストナ王国がルニス王国に敗北するように一緒に協力して仕向けないか――と。


 正直、この五十年の戦いでレストナ王国は疲弊しきっている。戦況も劣勢のまま。このままルニス王国に国土全域を支配されるのも、もはや時間の問題だろう。

 現在執政を行うダニウスは愚かな王で、度重なる失政によって国民からの支持を失い、国はますます貧しくなり、国土を減らし続けている。


(どうせこの国に勝ち目はない。負けるのが早いか遅いかの違いだけで……)


 ルニス王国に人質として囚われているポセニアの家族は、ルニス王国がこの戦争に勝つまで解放されないのだという。そして、役目を終えたポセニアも工作員という立場から解放される。

 

 ルニス王国側から多額の褒賞を提示されたイザールは、金に目がくらんで提案を呑んだ。もちろん金のためだけでなく、ポセニアと家族を救うという大義名分もある。


 そして、ルニス王国から報酬を受け取りながら、レストナ王国が戦争で不利になるように工作の協力をしてきた。


 国王ダニウスは病を患っており、そう長くは持たない。若いエトワールが女王になったとき、彼女を殺して王権を奪い、ルニス王国の傀儡国家を誕生させるつもりだった。

 ルニス王国に従っておけば、イザールの身の安全は保障される。愛するポセニアを王妃にして、幸せな人生を歩んでいける。イザールにとっては、自分の幸せ以外どうでもよかった。


 だが、宴の日のエトワールの姿が、何度も頭の中に浮かぶ。

 イザールは腕の中にいるポセニアに言った。


「嘘をついていたな」

「何のことです?」

「エトワール・フェレメレンが、父親と同様に愚かで怠け者で臆病な王女だという嘘だ」

「…………」


 ポセニアが沈黙して目を伏せたのを、イザールは肯定として捉えた。


「これもお前の任務の一環か? 次の女王になる王女の評判を下げておくという……」

「……機密事項ですわ」

「否定しない、ということだな」


 つまりポセニアは、王女の情報を手に入れるためだけに、エトワールの家庭教師になった訳ではなかった。ポセニアは王女の家庭教師として、人々に「王女はどんな人か」と聞かれることがあり、その度に、エトワールは愚かで怠け者で臆病者だと答えていた。


 ポセニアは次期女王である王女の評判を下げようと目論んでいたのである。まだ、王女の悪評はそれほど広がっていない段階だったが、ポセニアは宴の日に、家庭教師解任を言い渡されている。


 いずれにせよ、イザールはポセニアの話を鵜呑みにしてエトワールのことを誤解していたらしい。


「王女はあの宴の日まで、舞のことを知らされていなかったそうだ。お前が彼女に黙っていたんだろう?」

「機密事項ですわ」

「機密事項、機密事項って……馬鹿の一つ覚えではあるまいし、もっと別のことを言わないか」

「…………機密事項ですので」


 あまりに頑なな様子には呆れ、ため息を吐きながら眉間の辺りをぐっと指で押す。


(少なくとも俺から見た彼女は、愚かでも怠け者でも臆病でもなかった)


 そして、脅威に感じた。


 手に持っていた封筒をペーパーナイフで破り、中身を確認すると、やはり先日の会談の報告を求める旨が書かれていた。


「王女は侮ってはならない。お前からもルニス王国にそう報告しておけ」

「あなたがそう警戒なさるだなんて、よっぽどですわね。わたくしも宴の日に会った彼女は、今までと何か違う気がいたしました。背筋が粟立つような感覚がしたのをよく覚えておりますわ」


 ポセニアは膝の上で、ふっと不敵な笑みを零す。それから、イザールの胸に頬を擦り寄せ、甘やかに囁いた。


「でもまぁ、そう遠くないうちに摘み取られる芽ですわ。心配は無用でしょう。王女様の家庭教師役にも辟易しておりましたので、ようやく肩の荷が降りた気分。……どうか早く、わたくしを王妃にしてくださいまし」


 ポセニアは、イザールが謀反を企てているのを知っており、王妃になりたがっている。


 長いものには巻かれる。イザールには向上心や反骨精神のようなものはなかった。ルニス王国に従って、自分たちだけ豊かで平和であれば、それ以外のことはどうでもいい。


 ポセニアのたおやかな髪にそっと口づけを落とす。彼女を愛し、恋に溺れている時間だけは、面倒なことを全部忘れられる。


「ああ、もちろんだ。俺にはお前さえいたらそれでいい。ポセニア」


 いずれ自分は、成長したエトワールを殺す。けれどこれは、国のために、そして自分やポセニアのために――仕方がないことなのだ。


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