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11_会談と十二歳の少女

 

 その翌日。王宮の会議室でプトゥゼナール王国との会談が開かれた。

 前回の人生の記憶通りなら、この会談は成功して、レストナ王国とプトゥゼナール王国は同盟国となるはず。


 プトゥゼナール王は椅子にどっしりと座り、顎をしゃくった。そして、余裕を感じさせる態度で言う。


「我が国に相応のメリットを提示していただかなければ、同盟を結ぶ訳には参りませんねぇ」


 会議室には本来、聖女ポセニアが同席するはずだった。しかし今日はその椅子にエトワールが座っている。プトゥゼナール国王の推挙があるとはいえ、国の行く末を決める重要な会談に、たった十二歳の子どもがいるのは前代未聞である。


 だが、エトワールは全く怖気付いたりせず、廷臣たちの会話を傾聴していた。


(思ったよりも……難航しているわね)


 プトゥゼナール王国もルニス王国と対立しており、一部の領地や権益を奪われている。けれども、レストナ王国の現状ほど悲惨ではない。この話し合いは、プトゥゼナール側が明らかに優位な立場にあるのだ。


 結果としてこの同盟は、イザールが国の東部にあるミャウン鉱山の権益を一部譲渡することを提案して成立するのだが、あの鉱山からもたらされる利益は、国の経済において非常に重要だ。

 莫大な資金が必要となる、三年後のルニス王国の軍事侵攻に備えて残しておかなければならない。


『よいな? そなたは何もせず、大人しくしておるのだぞ』


 この会談に参加することが決まってから、国王ダニウスに再三そう忠告されている。


 ダニウスはおよそ四年後、持病の悪化によって死ぬ。親子仲は決して悪くはなかった。彼は父親としてエトワールに愛情を注ぎ、厳しくしつけた。

 しかし、ダニウスは父親としては立派でも、為政者としては優れていなかった。彼の失政により、フェレメレン王家がどれだけ人々の信頼を失ったか計り知れない。


(大人しくいい子でいたら、次期女王として認めてもらえるの? いいえ、違うわ。願っているだけじゃ何も変わらない。私が行動で示さなくては)


 たとえ子どもであろうとも、王族に名を連ねる者として人々に常に評価されているのだ。


 今日のエトワールの役目はあくまで、幼い娘が好きなプトゥゼナール国王のために、殺伐とした会議室に――花を添えること。

 一度目のときに会談に参加したポセニアは、身の程をわきまえ、花役を全うしたのだった。


 話し合いが行き詰まる中、とうとうイザールが口を開いた。


「では、同盟の条件として我が国から、ミャウン鉱山の――」

「だめ!」


 彼の声に被せる様にエトワールは大きな声を出し、椅子から立ち上がる。しん……と部屋の中は静まり返り、廷臣たちは大切な会談の場で空気を読まずに突然声を出した子どもに呆れ、国王は言いつけを守らなかった娘に失望して天井を仰いだ。


(イザールは昔から親ルニス王国派だったから、この国の経済の要であるミャウン鉱山の権益を渡すなんて恐ろしいことを、軽々しく口にできるのよ。どうなるか……分かっていながら。――この売国奴。それとも本当にただの馬鹿なのかしら?)


 プトゥゼナール王国の人々は、この国の人々とは肌の色も、宗教も、文化も何もかも違う。相容れない民族を鉱山に大量に招き入れることで、元々そこで暮らしていた原住民族たちとの対立が起き、治安が悪化する。

 そして最終的には、レストナ王国の原住民族たちが追い出されて、働き先を失うことになる。


 結果的に鉱山の利益は全て――プトゥゼナール王国の民族が独占する形になったのだ。

 ミャウン鉱山を、暴力と犯罪の温床にする訳にはいかない。エトワールたち為政者がまず最初に守るべきは、異国人ではなく自国の民であるべきだから。


「ミャウ……?」


 プトゥゼナール国王がイザールに、聞き返そうとするが、エトワールはイザールの口を塞いで誤魔化す。


「ん、んん……!?」

「ミャ、ミャー! そう、猫! 窓の外に猫が見えたんですよね」

「違っ、ん……んんぐ」

「いいからあんたは黙ってなさい」


 抵抗するイザールの鼓膜に直接囁きかける。


 会議室でテーブルを囲う廷臣たちは皆、エトワールの次の言葉に注目している。

 重圧に押し潰されそうになりながら、ぎゅっと拳を固く握り締め、震える喉を鼓舞する。そして、人好きのする笑みを浮かべた。


「突然大きな声を出してしまい、申し訳ございません。私からひとつ、ご提案があるのです」

「エトワール! そなたは余計な口を挟むでない」


 近くに座っていたダニウスは、首を横に振って黙っているように促す。彼は慎重派で、悪目立ちすることを好まない。失敗するくらいなら挑戦しなければいい、そんな臆病な考えをするきらいがあるのだ。


 ダニウスとは反対に、プトゥゼナール王は乗り気だった。


「よいではありませんか。どうせ、子どもの言うことですから、期待はしておりませんよ。さぁ、申してみよ」


 発言を許可してくれたことに「ありがとうございます」と愛想よく感謝を述べてから、立ち上がる。


 エトワールだって、大人しく言うことを聞いているだけで、国が平和になるのなら喜んでそうする。しかし、現実はそうもいかないのだ。次期女王としての威厳を損なわないために、たとえ失敗しようとも、自分の能力を積極的にアピールしていかなくてはならない。


「はい。我が国から――穀物庫を開放いたします。プトゥゼナール王国はこの二年、干ばつによって不作が続いていると伺いました。レストナ王国には大河が流れており、毎年のように洪水が起こることで大地が潤い、何もしなくても豊かな作物が育ちます。東西南北にある穀物庫のうち、西と南。このふたつの倉庫を開放することで、プトゥゼナール王国の飢えに苦しむ民十万人のうちその一割を救えるかと存じます。私からは以上です」


 丁寧にお辞儀をして着席する。エトワールの口から出た提案の妥当性に、廷臣たちはざわつく。

 そしてプトゥゼナール王も、思わず感嘆の息を漏らした。


「いやはや、これは驚きました。まさか、たった十二歳の少女が、我が国の不作や貧民の数を把握し、穀物庫の食料が行き渡る人数まで計算なさるとは……」


 実は、プトゥゼナール王国はレストナ王国と同盟を結んだ少しあと、他国に食料を求める交渉を行う。干ばつによる食糧不足については現状、プトゥゼナール王国内だけの問題に留まり、他国にはほぼ知られていない。

 未来から戻ってきたエトワールだからこそ、国王の望みを理解した上で提案できたのだ。


 プトゥゼナール王は再び、顎をしゃくりながら、うむと呟く。


「ぜひ、王女殿のご提案を受けさせていただきたい」


 ダニウスは戸惑い混じりに聞き返した。


「そ、それはつまり、同盟を結ぶ、ということでよろしいのでしょうか」

「ああ、そう言っている。レストナ王国は度胸があり優秀な王女を持ったな」


 エトワールはふわりと愛想よく微笑む。


「大変恐れ多いお言葉にございます」


 廷臣たちが、物怖じせずに交渉を行った十二歳の少女に感心する中で唯一、イザールだけは浮かない顔をしていた。

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