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10_おかしなことを聞いても?

 

 エトワールの突拍子もない質問に、レイは目をしばたたかせる。


「それは本当に変な質問ですね。僕は半年前に入団したばかりのド新人ですよ? おまけに元孤児です。それが騎士団長になるなんて、天変地異を起こせというくらい難しい話だ」

「難しいことは分かりきっているわ。私が聞いてるのは、できるかできないかってこと」

「…………」


 彼は顎に手を添え、んー……としばし考えてから、にこりと微笑む。


「普通に考えて無――」

「無理じゃないわ。やるのよ」

「もうそれ質問じゃないのでは」

「口答えしない」


 エトワールはソファから立ち上がり、ずいっと彼に迫る。そして、彼の鼻の先に人差し指を立てた。


「逆に言えば、天変地異を起こしさえすれば、可能ということよね」

「…………あの、今とてつもなく無茶なことをおっしゃっている自覚はあります?」

「いいから聞きなさい。今から三年後、ルニス王国は大掛かりな軍事侵攻を起こす。ルニス王国にこれ以上領土を奪わせないために、お前が我が国の軍を指揮するの」


 ルニス王国は現在、レストナ王国のおよそ四分の一の領土を実質的に支配している。そして三年後、北部の領地を治めているブリュートニー公爵を捕虜にし、レストナ王国軍の戦いで大勝利を収めることで、支配を三分の一まで拡大させるのだ。


(イザールは三年後、上層部の推薦で騎士団長になる。……金とコネの力を利用してね。ブリュートニーの戦いだって、あいつが指揮を執りさえしなければ負けなかったかもしれない。……国を売ろうとしている男を、団長なんかにする訳にはいかない)


 そのためには、レイという数少ない手札を使うしかない。

 すると、彼は意味深な表情をしてこちらを見上げた。


「どうして――未来に起こる戦のことを、ご存知なんですか? まるで預言者ですね」

「それは……」

「僕からもひとつ、おかしなことを聞いても?」

「な、何?」


 鋭い双眸に射抜かれ、ごくんと喉を喉の奥を鳴らしたとき、彼が言う。


「もしや、殿下には五年後の記憶がおありでは?」

「どうして……それを……」


 図星を突かれたエトワールが目を大きく開くと、彼はゆっくりと息を吐いた。


「やはり、()()()()ですか。妙だと思ったんです。前回のときは、聖女様に宴の一番美味しいところを持っていかれて、この建物の裏で泣きべそをかいていらっしゃったのに、今日は見事に踊っていらっしゃった。それに、本当の十二歳だったころのあなたと、今のあなたとでは、顔つきが明らかに違う」


 前回の時には、ただの子どもだった。

 けれど今のエトワールの身体の中には、夫に裏切られ、非業の死を遂げた十七歳のエトワールの心が宿っている。無垢であどけないだけの子どもではないのだ。


「あなたもって、どういうこと? 説明しなさい」


 すると、レイは語った。エトワールの葬式後、記憶を保持したまま突然五年前に戻っていたのだと。そして、どうしてそんなことが起きたのか、彼にも分からないそうだ。


「突然こんなことが起こるなんて、信じられないわね」

「これはきっと、神の思し召しなのでしょう」


 そういってふわりと微笑む彼。


(この妙な落ち着きは何? 私はまだ全然信じられないのだけれど。それに、レイも同時に記憶を保持したまま逆行したのは……本当にただの偶然なの?)


 そんな疑念が湧いていく。


 しかし、彼はエトワールの死を知ったとき、どんな気持ちだったのだろうか。何を成しえた訳でもなく死んでしまい、一国の君主として、彼の主人として、示しがつかない。


 エトワールはソファに座り直す。スカートを握り締め、弱々しく呟いた。


「ふがいない主人でごめんね。お前は私を信じ、忠義を尽くしてくれたのに情けないわ。私は女王として、何ひとつ務めを果たせなかったのだから……」

「そんなことありません!」


 レイは立ち上がり、すぐ傍に歩み寄る。


「殿下は味方が少ない中でも、最後の最後まで、国の長としてふさわしい振る舞いをされました。誹謗中傷を受けてもその座から逃げなかった強さに、僕は感服いたしました」

「違うわ。私は王宮の安全地帯で、お前たちに命令をしていただけ。イザールに言われた通り、戦地で汗を流していたポセニアの方が、私なんかよりよっぽど偉いのかも……」

「いいえ。聖女には聖女の役目が、あなたにはあなたの役目があります。どちらがすごいと比較するようなものではありません。もっとも僕の目には、国家を存続させようと采配を振るい続けた殿下が、誰よりも勇敢に映ります」

「…………」


 そのとき、エトワールのグレーの瞳から、ぽろりと一筋の涙が伝う。

 必死に堪えようと唇を引き結んでも、次から次に熱いものが溢れていった。


「悔し……かった。無力で、弱っていく国に対して何もできなかった……こと。慕っていたはずのポセニア先生と、イザール様に裏切られていたこと……」

「お気持ちは痛いほど、よく分かります」

「ぅ……っ、ふ……っう……ぅ」

「よく、頑張りましたね。殿下は偉いです」


 レイの優しい言葉が、散々傷ついてきた心に染み渡る。

 五年前に戻ってきて、もう一度やり直せることに喜びを感じた反面、不安を抱いていた。

 また同じ未来を繰り返すのではないか。また、あの屈辱を味わうのではないか――と。


 こうしてたったひとりでも、エトワールなりに懸命に生きてきた一度目の人生を覚えてくれていたのが嬉しい。それが、一度目のときに最後まで忠節を尽くしてくれたこの男だと、なおさら嬉しく、心強かった。


 ひとりで戦わなくてはいけないと思っていたエトワールは、心底安堵した。分かってくれる人がいるのといないのでは、全く違う。


「あなたの涙を拭う許可を……いただけますか?」


 エトワールがこくんと頷けば、彼はこちらの頬に片手を添えて、親指の腹できわめて慎重に涙を拭った。まるで、壊れ物でも扱うような手つきだ。


「一度目の宴のあとみたいに、泣き虫だってからかわないの? 私はもう、中身は十七歳なのに」

「今日はとことん、あなたを甘やかしたい気分なんです」


 その直後、彼はエトワールを包み込むように抱き締めた。

 エトワールの身体をすっぽりと覆ってしまうほど、大きくてたくましい。突然抱き締められて驚いたエトワールは、ほのかに頬を紅潮させながら身じろぎ、苦言を呈した。


「涙を拭う許可はしたけれど……抱き締める許可をした覚えはないわよ」

「御無礼をどうかお許しください。反省します」

「お前の頭に反省の『は』の字があったことが驚きね」

「……してますよ。殿下を守りきれなかったこと、どんなに悔やんでも悔やみきれません」

「…………」


 そのとき、彼の身体が小刻みに震えているのが分かった。

 彼の無念や苦しさがありありと伝わってきて、エトワールはたまらなくなり、彼のことを抱き返す。伝わってくる体温が温かくて、たくましい身体に包まれていると守られているような感覚がする。


(誰かに抱き締められるのが、こんなにも心地いいなんて……知らなかった)


 次期女王として、しっかりしなくてはならないと分かっている。めそめそと泣いている暇がないことも、よく分かっている。

 それでも、神がいるのなら今日だけは、この人に甘えることを許してほしい。エトワールは縋るように、彼の胸に頬を擦り寄せた。


 彼はエトワールの頭にそっと手を添えながら、懇願するように耳元で囁く。


「あなたがお望みなら、王国騎士団団長になってみせましょう。だからお願いです。どうかもう二度と、僕の前からいなくならないで」

「ええ。せっかく神様がやり直すチャンスをくれたんだもの。きっと、運命を変えてみせる」


 エトワールは決意を込めて、レイを抱く力を強めるのだった。


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