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朝、沙耶香は颯斗が居酒屋バイトに出勤した姿を見届けてから、オーナーに電話をかけた。

颯斗には手料理を振る舞いたいからと言う理由でアルバイトを休んだが、オーナーには退職を伝えた。




『サヤちゃん、約一ヶ月間のアルバイトお疲れ様。いい社会勉強になったかい?』


「はい、とても素晴らしい経験をさせて頂き、ありがとうございました。こんな未熟なサヤに優しくご指導して下さった事を心から感謝しています」



『これからが大変だと思うけど、頑張るんだよ。いつでも応援してるからね』


「はい。またいつか時間を作って会いにきます。今までありがとうございました。では、失礼します」




沙耶香は通話終了ボタンを押すと、昨日までの思い出がスライドショーのように蘇ってきた。

颯斗やオーナーや仲間と楽しく働いていた時間がもう二度と戻って来ないと思ったら、やりきれない気持ちに…。




沙耶香はテレビ台の引き出しにしまってある契約書を取り出して、颯斗との一ヶ月間の思い出を振り返る。




「出会ってから一瞬で恋に落ちて、四年間片想いを続けた。ようやく見つけて一緒に暮らし始めてみたら、開花を迎えている蕾のように想いが膨らんでいって。最初は一ヶ月間恋人でいられたら、それだけで満足できると思っていたのに……」




契約書を持つ手が震え始めた瞬間、沙耶香の頬に熱い雫が流れ落ちていき、手元の契約書に染み込んだ。



一粒

二粒……


そして三粒目が流れたと同時に、手で顔を覆って顔を真っ赤にしながら泣き崩れた。




「うっ……あぁあぁぁっ…………ん……。颯斗さん……、離れたくないよ……」




溢れるほどの愛おしさに涙が止まらなくなった。




ーー最後に涙を流したのはいつだっただろうか。



それを思い出せないくらい聞き分けのいい子として育ってきた。



親の顔色を伺いながら、感情を押し殺して、言われた事には素直に従って、敷かれたレールから外れないように生きてきた。


気付けばロボット女子と嫌味を言われるまでに。




でも、今更感情が戻ってきても、彼と一緒に過ごした日々はもう二度と戻ってこない。




どんなにいっぱい愛していても。


どんなに後ろ髪が引かれても。



私達の関係はここまでなんだと言わんばかりに……。


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