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我慢色



颯斗は後ろからそっと沙耶香に声をかけた。




「サヤ……」


「颯斗さんはサヤが悪いって思ってますよね。だから、注意しに来たんですよね……」




ポツリと聞こえてくる反抗的な声。

小さな背中に我慢色が滲み出ている。


颯斗は理性を捨てて客に突っかかった沙耶香を思い返すと、新たな難題に直面した。




「違うよ……」


「じゃあ、叱りに来たんですか。……サヤがお客さんに迷惑をかけたから。サヤが自分勝手だから。サヤがヤキモチっ……」




……とムキになって振り返った瞬間。

颯斗は沙耶香の左肩にポンっと手を置いた。


沙耶香は目をウルウルさせたまま口を閉じる。




「『申し訳ございませんでした』って、ちゃんと言えたじゃん」


「えっ……」



「確かに接客中にプライベートを丸出しにするのは良くないと思う。給料を貰って労働力を提供している立場だから」


「……」



「でもさ、客に謝ったって事は間違いに気付いて店の顔を守ろうとしてたんでしょ。だとしたら、会計ミスの時から比べて進歩したじゃん」


「颯斗さん……」



「だから、注意はしないよ。この調子で頑張っていこう。……さっ、外は蒸し暑いから冷房が効いている店内に戻って仕事続けよ。サヤがいないとみんなの活気が出ないよ」




颯斗はそう言うと、沙耶香の前髪を左手でかき上げてニッコリと微笑んだ。




怒ったり、注意したりもしない。

それどころか、微々たる変化に気付いてくれる。


私は大きな器で包み込む彼の優しさに、未熟な我が身を振り返った。




「迷惑かけてごめんなさい」


「最初から無理しなくていいから、一日一歩づつでいいから頑張っていこうね」



「はい……」




俺は彼女と契約したあの日から契約内容を軽んじていた。



彼女が本当に求めているものは、俺との恋愛。

他人との小さなスキンシップすら許せないほど好意を寄せてくれている。


最初はどんな言葉を塗り重ねられても現実味帯びなくて、お金という武器で試されているんじゃないかと疑ったりもした。


でも……。




『一ヶ月だけでいいんです。私だけの契約彼氏になって下さい。一ヶ月経ったら颯斗さんの元を去りますから。それまでは本物の彼女のように扱って下さい。お願いします』




あの時の言葉は本気だ。

差し出してきた100万円は出会いのきっかけに過ぎない。



勿論、サヤと何処で出会ったか思い出せないし、俺のどこに好意を寄せてくれているかすらわからないし、一ヶ月間という期限付きの理由もわからない。


だから、本気でぶつかってくる分、これからどう応えたらいいのか正直いまはわからない。






一方、開きっぱなしの扉の奥からオーナーは二人の様子を見守っていた。

厨房で鍋をかき混ぜながら細い目でポツリと呟く。




「あの子には辛い思いをさせてしまうが、諦めなければならない時もあるんだよ」


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