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沙耶香との約束




場所は黒崎建設本社ビル十四階の代表取締役室。


沙耶香の父親は、社長イスの音を軋ませてデスクの上で指先を軽く組んだまま、四日前に家を出て行った娘の言葉を思い出していた。




『時間がないのは十分にわかってるだろ』


『心配しなくても約束は必ず守ります。その誓約書に従って先方にご迷惑がかからないようにします』



『お前の身勝手な行動が世間一般に知れ渡ったら前代未聞の恥だ!』


『お父様には一切ご迷惑をおかけしません。自分の責任は自分で負います』



『クレジットカードは置いていけ。泣きを見ても絶対に助けてやらんからな』


『覚悟してます。その代わり、お父様が約束を破られた場合は、誓約書に記載してある通り約束を破棄させていただきます』



『……っう!』


『単なるお遊びで言ってる訳ではありません。生涯でたった一度きりの充実した時間が欲しいんです』




大切に育ててきた一人娘。

生まれた頃から文句一つ言わない従順な子だった。



欲しい物は全て与えたし、将来設計も立ててやった。

兄弟がいない代わりに若手のボディーガードをつけた。

専属運転手に、専属料理人に、専属医師。


何一つ不自由のない生活。

父親の務めは全てこなしてきた。



それなのに、娘は……。




『一生籠の中の鳥は嫌なんです』




あの日、初めて反抗的な態度を見せた。




娘がいまどこで何をしているのかわからない。

誓約書という一つの縛りはデメリットを抱えているから。



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