五話
春夫は頼子との関係を完全に断っていた。
彼は、収まる所に納まった頼子が、友達としての一線を越えて自分に干渉し、更には自身が好意を寄せている相手に危害を加えた事が許せなかった。
あの日以来、春夫は頼子が近い付いて来ようものなら、あからさまに避けるようになった。
クラスメイトにも不仲なのだと分かるほどあからさま。しかし、その原因は当事者にしか分からない。
照光とは仲良く話す春夫。春夫が逃げる頼子。頼子が距離を置くようになった照光。
関係性は歪な三すくみだった。互いに変える事が出来ず、終わる事の無い均衡が続く。
そこに一石を投じたのは青子だった。
屋上での揉み合いから数日後の昼休み。
春夫は真っ先に何処かへと姿を消していた。自身の友人と昼食を取りつつも、空元気でやり過ごす頼子。
そこに青子がやって来た。
関係性に決定打を与えた青子の姿を見つけ、頼子は忌々しいと厳しい表情。
青子は、そんな頼子の表情など気にせず、教室にやってきた目的を告げる。
「放課後、またお話をしましょう。私達、仲良くできると思うから」
何を言っているのかと、怪訝な表情の頼子。
「それじゃあ、待っているから」
用件は伝えたと、青子はさっさと戻っていった。
「一体何なの?」
青子の行動が分からないと、頼子は首を傾げた。
「……来たけど、昼休みのあれは何?」
放課後になり、言われた通りに屋上にやって来た頼子。
「まずは来てくれてありがとう。それから、丸山君や照君には見られてない?」
「それは大丈夫。さらに春夫に嫌われたくなかったし」
以前の関係に戻れるという確証は何も無いと頼子も自覚していたが、僅かな望みを信じていた。
「それは良かったわ。この前はああなってしまったけれど、今日は同性同士でのお話がしたいだけだから」
「女同士で? 私達で何を話すって言うの?」
「それは恋バナよ」
青子の発言に、頼子は驚き、固まった。
「そんな反応をされるのは心外なんですけど」
面白くないと、口を尖らせる青子。
「あ、いや。そんな事いう子だったんだって思って……」
「確かに、私は人前でそんなにはしゃぐような性格では無いわ。でも、こういう事だって言えるし、興味だってあるわ」
「何だか意外な一面を見た気がする……。もしかして、男子にはそういう面を見せてるとか?」
この頼子の言葉に、青子は疲れと呆れを吐き出すように重い溜息を吐いた。
「話を先に進めたい所ですけど、まずは私に対しての認識から始めましょうか」
「え、何? 何する気?」
「いいから話をちゃんと聞いて。ここで溝があったら、この先の関係なんて無いんだから」
逃がさないと、青子は頼子の両肩を掴んだ。
そして、頼子が懐く、小学生時代からの青子の悪い噂について、切々と誤解を解いていった。
誤解を解き終えた頃には、空はすっかり夕暮れに染まっていた。
「それでは今日の本題に移りましょう」
「お腹空いてきたから、明日じゃ駄目?」
思った以上に長い話と辛い話に、もう限界だと頼子。
「一日伸びると、それだけ丸山君との距離が離れて行きますけど、良いですか?」
今の頼子にはどんな言葉よりも効く発言をする青子。
「そ、それは嫌っ。だから、なるべく手短でっ」
両手を合わせて頼む頼子に、青子は呆れのため息。
「……では、確認です。頼子さんは、丸山君が好きという事で間違い無いですか?」
「え……あ……うぅ……」
歯切れの悪い反応をする頼子。
「ここでそんな反応をしても無意味ですよ。昨日の出来事で大体予想は出来ていますから」
「だ、だってぇ。人にはっきりと言われると何だか恥ずかしくて……。大好きで、何回も告白してたんだけど、春夫ったら信じてくれなくて」
「既に告白済み!? それなのに昨日のような状態になったんですか? 一体、どのような告白をしてたんですかっ?」
頼子は、この際だからと、春夫にした告白を青子に話した。
これを聞いた青子は、頭を抱えてしまった。
「何が駄目だったのかな?」
自分では分からないと、青子にすがる頼子。
「私の印象ですが、全体的に軽いです。頼子さんは、小学生時代から明るい性格の子だとは知っています。なので、振る舞いも明るい傾向にあります。私や丸山君のような暗めの性格の人からすれば、今までの頼子さんの告白は本気のものだとは受け取れません。丸山君もきっと、何時ものじゃれ合いの延長線上で言っている、というような認識だったのだと思います」
「そ、そんなぁ……」
涙目になる頼子。
「それにです。性格的に対極であるので、自分とは吊り合わないという意識があるように思います」
「それ、もう絶望的じゃん」
「そうですね。あ、だからといって照君に乗り換えようとか考えないでくださいね。そんな簡単に照君の方に転がるのは、私が認めません」
断固拒否しますと、姑ばりに許さない宣言をする青子。
「へぇ、青子ってそうだったんだぁ」
他人の好きな人の話を聞き、途端に元気になる頼子。
「ねね、何時から? きっかけは? 告白するなら手伝うよ。私、改めて照光を振るからさ」
立場逆転とばかりに、頼子がグイグイ青子に迫る。
「今はあなたの方が優先です。あなたと丸山君の関係が戻らないと、照君が何時までもあなたを忘れてくれませんから」
「もう、青子さんったら。一途で腹黒でいらっしゃる」
近所のおばさんかというくらいににやにやする頼子。
「もう良いじゃないですか。私達はお互いに、お互いの好きな人に振り向いてもらうために協力し合う。そういう関係になりませんか?」
手を差し出す青子。
「その提案、乗った。一緒に頑張りましょう。私達、運命共同体ね」
頼子も、その手を掴み、握手をし合った。
この日から二人は、お互いの目的のために手を取り合うようになった。
翌日の事。
「お、居たな。春夫、お前に伝言だ」
朝一の教室に、照光が春夫を探してやって来た。
「いいか、よく聞けよ。なんと、青子からの呼び出しだ。放課後にここで会いたいってな」
「ほ、星田さんが!?」
「ああ。内容までは分からないけどな。じゃ、俺も用事があるからまた後でな」
そう言って何処かへ良く照光。
(星田さんが、また、僕に?)
前に手を繋いだり、家まで送ったりした記憶が蘇り、以前よりも期待値が高く、春夫はドキドキが止まらなかった。
そして放課後。
春夫が教室で待っていると、青子がやって来た。
「待たせてすみません」
「ううん。全然だよ」
期待と緊張で全然会話が出来ない事を春夫は悔やんでいた。
「ええっと、今日はどうしたの?」
「あのですね。もうすぐ近所でお祭りがありますよね。それに一緒に行きませんか?」
(で、デデ、デートだぁぁぁぁぁ)
春夫の心の中では、祝福のラッパが鳴り響いていた。
「うん。行く。絶対に行くよっ」
「ありがとうございます。では、時間や待ち合わせ場所についてはまた後日、お話しましょう」
「うん。楽しみにしてる」
春夫は、人生初のデートに浮かれ、顔がほころんでいた。