八話 後編
頼子にとっての決戦の時が来た。
彼女は、メッセで春夫を屋上に呼び出した。
「家に帰ってからじゃなくて、ここでしなくちゃいけない話って何? 星田さん達を待たせてるから早くしないと」
青子と帰る時間が遅くなると、やや機嫌が斜めな春夫。
「ふ、二人にはさ、先に帰ってもらったよ」
「え? ええ!?」
女子組の事を思っての四人行動。だというのに、それを自ら止めた事に春夫は驚いた。
「そりゃあ、僕だってもしもの時には頑張るつもりだけど、あいつら相手に時間稼ぎなんて一分も出来ないよ」
自身の喧嘩の弱さを理解しているからこそ、事態を重く受け止める春夫。
「その時は二人で一所懸命に走って逃げようよ」
春夫は、頼子と逃げ続けられるだけの体力は無いなと、言葉に困っていた。
「やっぱり、今からでも二人に戻って来てもらおうよ。いや、星田さんを送り終えた後に迎えに来てもらうとかさ」
登校時も下校時も、途中までは二人だというのに、春夫は何処までも臆病だった。
「ねえ、春夫。それってさ、私を照光と一緒に居させたいからなの?」
頼子は、直接聞くのが怖くてしなかった質問をした。
春夫からの返答次第では、頼子が気持ちを伝える前に終わってしまう。そして、今まで続いていた関係とこれからの時間が無くなってしまう。
その恐怖を持ちつつ、頼子は尋ねた。
「僕は、頼子と照光はお似合いだと思ってる」
「……そう」
告白の前に終わったと、頼子は思った。
「だから――」
春夫は言葉を続けた。
「だから、告白されているのを聞いた時には素直におめでとうって思ったよ。でも、今はそれだけで照光に戻って来てもらおうって言ってるんじゃない。僕だけじゃ、もしもの時に頼子を守り切れないと思ってるから、そう言ってるだけなんだ」
自身の非力さは一番良く分かっていると、自嘲する春夫。
(私のために……。私を一番に考えてくれてるんだ……)
春夫の優しさと気遣いに、頼子の胸は締め付けられた。
「それと……」
躊躇しつつ、視線を外す春夫。春夫が続く言葉で青子が好きだと、告白したと言おうとして視線を戻した時だった。
春夫の目の前には頼子の顔があり、唇には頼子の感触があった。
今までに経験する事の無かった出来事に驚き、春夫は身を強張らせた。
言葉が出ない。頭の中は真っ白になっていた。
とても長いように感じるその時間だったが、それは体感での事。
実際は、次の呼吸を体が欲する前に終わっていた。
重なり合っていた唇が離れ、春夫の視界の中に頼子の顔だけが映っていた。
一目で分かるほどに頬が紅潮している頼子。はにかみながら、頼子は言った。
「私の初めてだよ。春夫なら分かるよね?」
夕日に照らされた頼子の表情は、より一層紅くなっていた。
(頼子が、こんなにも僕の事を……)
ほぼ一緒に居た春夫には、彼女の言葉の意味は分かっていた。そして、今まで冗談だと思っていた告白も、全てが本心であり、照れ隠しだったのだとようやく理解した。
その瞬間、春夫は頭の中が全てひっくり返されたような衝撃を受けていた。
(よ、頼子が僕を好き!? 照光よりも!? でも、僕はひ弱で陰キャで、照光よりも勝てるような所なんて……。なのに僕が!? でも、ぼ、僕も青子さんが好きで、好きなのに……)
整理が出来ない頭の春夫は、優先順位が分からず、更にどう感情の処理をして冷静になれば良いのかと混乱していた。
そんな彼の手を、頼子はそっと握った。
「よ、頼子?」
「とりあえずさ、帰ろうよ。私達の家に」
「ああ、うん。そうだね。帰らないとね、家に」
照れつつも、一歩を踏み出した頼子に引っ張られる形で、混乱状態の春夫は建物の中に入った。