ファンタジー世界のジェンダー観について設定マニアが思いを巡らせる散文
twitterで国産ファンタジーのジェンダー観についての見解を見ました。
この論点について少し考えてみます。
先に言っておきますと、これは人の創作にどうこう言いたいとか、かくあるべしと言いたいわけではありません。また既存のジェンダー観の正否を述べる意図もありません。
世界観構築とか思考実験が好きな僕の趣味です。
ちなみに本稿での国産ファンタジーは、いわゆるなろう風中世ファンタジーを想定しています。
貴族社会。奴隷がいる。モンスターが出る。魔法・スキル・クラス等の生得的な特殊能力が存在する。冒険者がいる。
こんな感じです。
異種族については今のところ思考実験から外します。
話が広がりすぎるので。
〇リアルとリアリティ
まず最初に言いますと、上記のようなファンタジー世界と我々の世界は全く異なる歴史を歩むことは間違いありません。
魔法とかが無くてモンスターが出る、というだけでも恐らく歴史は激変します。
よって大前提となるのは「我々の世界の現実とその世界の現実は全く異なる」ということです。
ではまず魔法とかが無くてモンスターだけが現れる世界。
この設定で少し考えてみますと、まず変化するのは戦争観と武器術でしょう。
まずは戦争観について。
人間より身体的に強く、下手をすれば火を吐いたりするような特殊能力を持つモンスターが出る世界では、人間同士の戦い以上にモンスターに対抗することが優先されると思われます。
例えば、隣国との戦争のために大規模な兵を動員したけど、本国でモンスターが大発生した、なんてことになれば戦争どころじゃないですからね。
となると、領土の奪い合いのような小競り合いや、国と国との存続をかけた大規模会戦などは起きにくくなるのではないでしょうか。
30年戦争のような泥沼の長期戦をやる余裕はないと思います。
魔王とかのような知性を持つモンスターの元締めがいたらなおさらそうです。
人間同士で内輪もめしてたら滅亡待ったなし。
また、モンスター討伐を効率的に行うため中央集権国家の成立も速く進みそうに思えます。
次に武器術について。
対人を想定した剣術よりも、遠い距離から攻撃できる長柄武器や飛び道具、モンスターに有効なダメージを与えうる重量のある武器の方が重宝されると思います。
射程と言う意味では長柄より飛び道具の方がいいですから、クロスボウのような武器は高度に発展すると思います。
銃の発展も早まるのではないでしょうか。
我々の世界でに騎士の象徴たる、金属鎧で身を固め集団によるランスチャージ、なんてものはなくなるかもしれません。
強大なモンスター相手に集団で肉弾特攻なんて自殺行為ですからね。
またそもそも金属鎧がモンスターの爪や牙による攻撃を止められなければ、金属鎧の技術が発展しない可能性もあります。
どうせ食らえば重傷確定なら、軽装備で避ける方を重視する戦術が発展するかも。
騎士の象徴は金属鎧とかではなく槍斧とかの長柄や長弓とかになるかもしれないですね。
◆
他にも考えてみます。
飛行や空間転移の魔法、なろうではおなじみのモンスターテイマー的な能力があれば文明の発達度も大きく変化します。
飛行や空間転移の魔法は情報の伝達速度を飛躍的に上げますし、文化交流や知識の交換も我々の世界より遥かに速くなります。
中央政府や国王、皇帝、なんでもいいですけど、最高権力者の意志を国の遠くまで伝える手段があれば、上記の通り中央集権型国家の成立も早くなるかもしれません。
モンスターテイマーが飛行系や水棲系のモンスターをテイムできれば、物流が劇的に促進されます。
それこそ、別の大陸からジャガイモを取ってくるくらいは出来ても不思議ではありません。
このように、魔法やモンスターの存在は世界の在り方、歴史を激変させます。それに伴い、当然価値観も変わるはずです。
ファンタジー世界のリアリティは我々の世界のリアルとは全く異なる可能性が極めて高いわけです。
〇ファンタジー世界のジェンダー観について
さて、ではここからが本題。
上記で例を挙げた世界設定でのジェンダー観を思考実験してみます。
その前にまず、我々の世界のジェンダー観……アバウトに言うと男は戦え、女は家を守れ、が形成された理由について考えると……まあこれは書き始めると論文が出来上がるんでしょうが。
根源的には身体能力の差が生み出したものだと僕は思っています。
つまり男性の方が身体能力が高い、女性は出産能力がある。この差ですね。
ただ、この部分は本筋ではないので考察する気はないです。
僕は専門家ではないので。
なので我々の世界で形成されている大まかなジェンダー観との比較としての思考実験です。
そして、繰り返しになりますが、本稿においてジェンダー観への是非を述べる気は全くありません。
まず、スキル・魔法・クラスが生得的に存在する世界では、男女の身体能力の差はおそらくそれらで相当程度埋められると思います。
スキル無しの男性よりスキルありの女性の方が肉体的に強いとか、女性でも魔法使いや回復術師の素養があるとなると、そもそも「男は戦え/外で働け、女は家を守れ」的な規範自体が成立しなくなるでしょう。
もちろんスキルは戦闘能力だけではありません。
戦闘以外でも有用なクラスやスキルがあれば、女性の社会進出は進み社会的な性差はかなり縮まるでしょうね。
そうなれば、性別の差は関係なくスキル等による能力主義社会が出来上がると思います。
「スキル持ちはスキルを活かして外で社会に貢献せよ、持ってない者は家を守れ」となるのではないでしょうか。
ステータスオープンが出来る世界なら益々その度合いは高まる。
ていうか、性差という概念自体が希薄になる気がします。
普通に考えて、モンスターがいてモンスターと命がけで戦っている世界で、優れたスキル等をもっている人間を女性だからと軽んじる理由は全くないんですよね。
もちろん女性のみが出産能力を有しているならば、男女差が完全になくなることはないでしょう。
それでも我々の世界より遥かに男女平等(良くも悪くも)な世界が出来上がると思われます。
そして、社会的な意味での男女差がなくなるなら、貴族の女当主みたいなのは当たり前のように存在するようになるでしょう。
女当主(魔法使い)が戦場で戦う間に、スキル無しの婿さんが子育てしながら家を差配する、なんていうことも普通にあり得る。
優秀なスキルやクラス、魔法の素質を持つ女性も男性もその素養で人生を切り開けるでしょう。
それこそ、貴族家が養子として引き取られるなんてこともあるでしょうし、能力を活かして平民から成り上がりとか。
となると割と地位の流動性の高い社会になりそうですね。
しかし一方で、モンスターとの戦闘が日常的に起こり得る世界では、優れたスキル等を持つ人は積極的にそれを活かすことを求められる可能性が高いとも思います。
そういう意味では非常に過酷な世界であるとも言えます。女性でも何でも最前線に駆り出される可能性がある世界ですからね。
また、そういう世界では地位の高い貴族はモンスターと戦う義務を果たすように求められると思います。
これは我々の世界でもあったことですね。貴族は名誉ある義務として兵を率いて前線に立っていた。
なので、何らかのスキル等を持っている貴族は、庶民以上に男でも女でも戦うことやそれを使って社会に貢献することを求められるようになると思います。
貴族の令嬢であってもスキルさえあれば戦うのは当たり前という世界。
そうなれば、例えば深窓の令嬢と言う概念自体が存在しなくなるかもしれません。
スキル無しの貴族の女は深窓の令嬢扱いになるかもしれませんが、上記の通りスキルがある世界では、男女差よりスキルの有無が重要になると思われます。
なので、スキル無しの貴族の男性……深窓の令息も当然にいるのではないでしょうか。
追放ものでよくある「代々スキル持ちの貴族の家系に生まれたけどスキル無し」という人への迫害は途轍もなく強いでしょう
……多分なろうで書かれてるレベルじゃない気がする。
スキルが無い女性には我々の世界以上に、出産とか家を継げという要求がなされるかもしれません。
一番風当たりが強いのは、出産能力のない男性でかつスキル無しの人かな。
能力主義の過酷な世界になりそう。
もう少し付記するなら、スキルやクラス、魔法の素質等をどのくらいの割合で持っているかにも影響を受けると思います。
スキル持ちがレアだったり、スキルの強さや有用さに大きな差があれば上記のような能力主義的な価値観が形成されると思います。
逆にスキル持ちが珍しくないとか、そこまで強力でなければ、能力主義的側面はありつつも我々の世界に近いジェンダー観が形成されるもしれません。
男女の身体能力の差がスキルで埋まるか逆転する、というのが前提の思考実験ですからね。
◆
貴族の女性が冒険者になるというのは、ファンタジー世界では割とよくある設定ですよね。
貴族の女性が冒険者になることはあり得るか、という問いについては、ジェンダー的な論点と言うより、身分が明らかに劣る冒険者になることがあり得るか、という階層社会の文脈で語られるべきでしょう。
で、例えば冒険者が「モンスターを狩るフリーランスの荒くれもの、一歩間違うと山賊予備軍」みたいな世界観ならば、貴族が冒険者になることはあり得ないでしょう。
でも、冒険者が「モンスターを倒す特別な能力を持つ専門家の集団」ならば、民のために戦うことこそ貴族の務め、と言う感じで正規軍や騎士の栄達の道を捨てて冒険者になるスキル持ちの貴族の女性がいても違和感がありません。
こんな感じで能力主義社会では、貴族の女性が冒険者になるのは、冒険者の社会的地位によっては十分にあり得ます。
拙作、風使いも冒険者ギルドは半国営の組織で冒険者の地位は低くないという設定です。
なので、貴族であるテレーザは冒険者登録して戦ってるわけですが。
◆
もう少し思考実験をしてみましょう。
回復魔法とか病気を治す系の魔法があれば幼児死亡率や出産時の母体死亡率がかなり下がります。
我々の世界の歴史では、幼児死亡率に高さや出産時のリスクのため、家の血脈をつなぐために側室を抱えて子を産ませたりするのはまあ容認されてましたが、それは通らない世界になる可能性はあると思います。
となると家を継ぐために側室や第二婦人を抱えたり妾に子を産ませるという習慣は忌避されるかもしれません。まあ側室はともかく、妾の子は我々の世界でもあまりいい顔はされてませんが。
そうなると一夫一妻が基本で、男の不貞も厳しく追及される世界になるかも。
ただ、血脈により魔法の資質やスキルが承継されるなら、我々の世界以上に血統をつなぐことが大事になるかもしれません。
となると、側室を持つ男性貴族とかは十分にあり得るか。
女性の血筋が強力なスキル持ちだと結構大変そうですね。
ゲスな言い方をしますが、男性は沢山の女の人に子を産ませられますが、女性はそういうわけにもいかない。
その場合、子供は回復魔法使いを傍において超絶過保護に育てられそう。
◆
これはあくまで僕の思考実験にすぎないので、こうなるかどうかは分かりません。
ただ、いずれにせよ、ファンタジー世界は外見的には我々の世界の中世ヨーロッパに外見的には似て描かれていますが、全く異なる文化、ジェンダー観が形成されることは間違いありません。
物語の中のリアリティと我々の世界のリアルは異なることを踏まえておくのは大事だと僕は思っています。
その世界の有り様を考えて作品世界のリアリティを構築するのがいいのではないかと思います。
……そして、繰り返しになりますが、現在のジェンダー観への是非を述べる意図はありません。
あくまで我々の世界とファンタジー異世界ではジェンダー観が異なるであろう、という思考実験です。
ここはこうなるんじゃね、という意見があったら感想欄までどうぞ。
では御静聴に感謝。
◆
性格の悪い追記。
以前、「本邦RPGの回復職に女性が多いのは、ケア役を押し付けている&主役でなく裏方に置こうとするサベツ意識だ」などという大変に個性的な(婉曲表現)ことを述べられているのを目にしたことがあります。
僕の思考実験が正しいとは言いませんが、少し真面目に世界観を考察すれば、この言説が如何に的外れかわかると思います。
仮に女性だけが防御、回復系の魔法を使える世界があったとしたら、その世界の女性の地位は極めて高いものになるでしょう。
前線で戦う戦士系をスキル持ちを救う回復役はとてつもなく重要です。
また、そもそも、女戦士や女魔法使いがいる世界は、きわめて男女平等な世界と言えるでしょう。
その職業に就くことにおいて社会的な障壁がない(か、もしくは低い)と思われるからです。