4.どんちゃん騒ぎ
異世界ものに宴会はつきものですよね。
「かんぱーい!」
「お疲れさまでしたー!」
ナノエ村唯一の居酒屋でひときわ大きな声が町中に響く。
中は祭りのようなどんちゃん騒ぎで、皆が片手間に酒か食事を持って盛り上がっていた。
新人研修が終わった後の慰労会であり、これから頑張る新人冒険者に向けたエールを送る会である。
まあ事実は、応援にカッコつけて宴会を開きたいギルドマスターの思惑である。
「ひええ……こ、こんなに騒いでも大丈夫なのでしょうか?」
初めての宴会参加であるユルファーは両手でジュースが入ったグラスを持ち、おどおどしながらソルテに話しかけた。
宴会の中心には本日研修を終えた新人冒険者達が死んだ魚のような目をしており、机に突っ伏して生気を感じられない。
今回の主役とは思えないほどの疲労っぷりだ。
「気にしなーい、気にしなーい。店長から許可はとっているし、この町の風物詩みたいなものだからね。楽しまなくっちゃ」
「で、でも、新人の方々が死んだようになっていますが? あと、私が近寄ると怖がられるのですが」
「大丈夫! 一か月も冒険に出れば紳士的なふるまいをしてくれるようになるよ!」
「そういう問題じゃないんですけど!?」
かなりこってり絞られたという点を見れば、今回の研修は大成功といえる。
彼らは明日からの始まる冒険者生活で、きっと今回の研修に感謝する。
外での厳しさを知り、今回の研修で学んだ事を生かし、研修の意味を知る。
まあ、しばらくはトラウマが刺激されてビクビクとした生活を送るだろうが、最初の冒険にはそれくらいの慎重さが必要だ。
顔色が悪い新人たちを肴に、ソルテはお酒をゴクリと飲む。
そんな事をしていると、背後から見知った声がかけられた。
「おおソルテ! 今回は助かった。急だったが来てくれてサンキューな」
振り向いたその先には屈強な体つきのギルドマスターであるレギオンがおり、上機嫌に酒を飲んでいた。
「やあレギオン。新人君達を見た私からの評価は必要かな?」
「語るまでもないだろ。全員倒れてんだ。十分しごかれたみたいで何より。……それにしても、お前が作ったトラップえぐすぎね?」
「そうかな? だいぶ優しめに作って、わかりやすーく設置したよ。お手本のような罠が多めで、勉強していれば簡単に解けるさ」
知識は冒険者にとって何よりも大事。
それだけで、格段に怪我が減るのだから。
それを見破れないのならば、それこそ冒険者失格だ。これでも私、優しい方なんだよ。
「まあ、お前が言うならそうなんだろ。てことは、今回は収穫ない感じか。まあ地道に育てれば済む話だが」
「ん? 見込みがないとは言っていないよ」
ソルテは新人冒険者のいる机から視線を横にそらし、孤立してばてている五才ほどの少年を見る。
「彼は結構いい筋行くと思うよ。トラップにかかっても対処が早かったし、一度踏んだのは二度とかからなかった。問題点を上げるとすれば、知識とコミュニケーション能力が足りない事、かな」
危険察知能力が高い。おそらく生まれが孤児であり、いろいろな街を旅してここにたどり着いたのだろう。
幼いながらも新人の中では断トツで才能が有り、おそらく魔法も使える逸材。
しかし、知識が足りない。今は瞬発力で避けられているからいいものの、それでは危険な目に会う前提で進むしかない。
知っていたら避けられる事をするのにも体力がいる。
危険な事は可能な限り避けて通るのが長く生きるコツだ。
いやまあ、不老不死の私が言える言葉ではないが。一番危険な状況に首を突っ込んでいるの私だから完全にブーメランだし。
「あの子しばらくソロ活動するだろうね。まあ、パーティー組むか組まないかは自由だけど、あの人嫌いは何とかしないとね。ここ以外の場所だといざこざが起きちゃう」
過去に何かされたのだろう。今は疲労で少し気を抜いているが、警戒心は完全に抜けきっていない。
ただでさえ冒険者は手を出すのが早い短気な者が多い。人付き合いほど大切な事はない。
「と、いうけで! 私が行ってくるよ。あ、そうそう。あの子って家ある?」
「いや。今は病弱な妹と一緒にギルドの一室を借りてるが」
「よし。ちょうどいいじゃん。てなわけで、あの子私の弟子にするから」
「は?」
ぽかんとするレギオンを後目に、ソルテは軽快な足取りで音を出さずに少年の前の席に座る。
「あ?」
「やあお昼ぶりー」
疲労で顔がほんの少しやつれている少年にソルテはひらりと手を振る。
「宴会は楽しんでる?」
「別に。早く帰りたいよ」
「でも筋肉痛で痛くて動けないと」
ぎろりと睨まれるが、ソルテは笑顔で続ける。
「ねえ君。私の弟子になりなさい」
「は?」
気軽に口に出された言葉に会場は一度静まり返り、大きな声を上げた。
「「「ええええええええ!!」」」
「わ、うるさ。なにさ。私が弟子をとるのそんなに意外?」
目が飛び出すほど驚く一同にソルテは不満げに言葉を漏らす。
「だ、だって、お前が弟子をとるって……」
「失敬な。王都に弟子が普通にいますー。今更人数が増えたところで問題ないよ」
「で、でもそれって、王宮の筆頭魔導士だろ! てかお前、たくさん来た弟子の申し込み全部断ってたじゃねえか」
王都の弟子が自分の教え子や同僚に私の話をしたらしい。全く。長生きだけが取り柄の魔女だぞ。弟子は募集していない。田舎のスローライフを邪魔されてたまるか。
「どのみち、この子にはいずれ魔法の使い方を教えないといけないんだから、弟子にしたほうが早いって」
「俺了承した覚えないけど」
少年はプイっとソルテから視線を逸らす。
「いいじゃん。三食寝床付き。君達が帰ってこられる場所がある。それだけで、弟子の誘いを受ける価値があるよ」
「だれがお前みたいなやつの弟子なんかになるか。大人なんて、みんな嘘つきで意地汚い奴だ」
「おや。それ、私にも言えるのかな?」
少年はぐっと口を閉ざす。
ソルテは付近では有名な魔女だと自覚している。
長生きしていれば顔を覚えられるし、ギルドにも顔を見せに行っている事もあっていろいろな噂が流れている。
当然少年も知っている。
「俺たちに、帰る場所なんか……」
「ないから作るんでしょ。安心しなって。妹ちゃん含めて面倒見てあげるよ。それに、私といたほうが冒険者として成功しやすいよー。お金がたっくさん手に入る」
「それは、そうだけど……。俺たち孤児で流れ者の厄介者だし、返せるものなんて何も……」
ふむ……とソルテは考える。
「恩を返そうとしている時点で君はいい子だけどねー。そうだなー。では契約を結ぼう。君達は私の家に住む事とする。代わりに毎日決まった魔法の訓練を受ける。どうかな?」
「どうかなって、それお前に徳がないじゃん」
「あるから提案したんだよ。というわけではい【盟約によりこの契約は結ばれた】」
ソルテが呟くと目の前に光の文字が走り、さらさらと言葉を並べて一枚の紙へと変化する。
契約書を手に取ったソルテは折りたたんで仕舞い、少年に笑顔を見せる。
「というわけでよろしく。あ、できれば家事の手伝いとかしてくれると嬉しいなー」
「無茶苦茶だよ。僕たちが何歳になったら出ていくとか決めなくてよかったの?」
契約は絶対だ。期限を決めるのが当然であり、不備があった場合はそれを利用されて潰されてしまう。
「え、あー、いいのいいの。どうせ私あと十年で死ぬからー。そしたら君たちにあの家上げるよー」
再び会場が静まり返った。
「ささ、決まったことだし、君の妹ちゃんに挨拶しにいこーう!」
ソルテは少年の手をつないで会場を出る。
「「「えええええええええええええええええええええ!!」」」
再び会場内に驚きの声が蔓延した。
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