竹刀の剣士、異世界で無双する ハルミ編 その64
いよいよ、少年剣道大会の団体戦、準決勝の大詰めです。サキとハルはどんな試合を見せてくれるのでしょう?
64 3月の少年剣道大会 その肆
「始め!」
サキの相手は、大柄な伊藤さん。どっしりと構え、守りに強い印象だが、意外にスピードもある。サキは、無造作にスススっと間合いを詰めた。しかし、まったく重心がぶれないので、相手には、近づいてきたことが分かりにくい。あっという間に、一足一刀の間合いに入った。そして、サキが先制の小手打ちを放つ。これは、防がれて、鍔迫り合いに持ち込まれた。大柄な伊藤さんは、ここで小柄なサキを吹き飛ばそうと思ったのだろう。大きく右足を踏み込んで、体当たりを出そうとした。ところが、サキはするりと開き足を使って体当たりをいなす。伊藤さんが、体当たりの勢いのまま腕を伸ばした。
「小手ー!」
伊藤さんの伸びた腕に、サキが小手打ちを決めた。
「すごい!体当たりを、あんなふうにいなすなんて!」
あたしが興奮して声を出した。
「体の小さい沙紀さんは、中学生や高校生との稽古では、体当たりで吹き飛ばされたり、潰されたりすることがたくさんありましたからね。その中で、工夫したのでしょう。」
静子先生が、感心した。
二本目に入った。相変わらずサキは、無造作に間合いを詰める。しかし、姿勢が崩れないので、すきが見えないのだろう。伊藤さんも、飛び込むことができない。先ほどと同じように、サキから技を放つが、受け止められて、鍔迫り合いになる。今度は伊藤さんも、無理に体当たりをせず、サキの動きを見極めるようになった。サキは、鍔迫り合いから、別れ際にひき面や引きごてを放つが、受け止められている。膠着状態か?と思った時、今度は、伊藤さんから、大きく間合いを詰めてきた。そして、サキより先に、面打ちを放つ。しかし、サキは竹刀で受け止めてから、面返し胴を放った。
「どーうー!」
残念。チャンスだったが、胴打ちの竹刀が、少しぶれてしまい、刃筋が通っていなかった。白旗が1本上がったが、ほかの二人の審判は腰の前で、旗を振っていた。
「おしい!」
ユカがつぶやく。
「ひょっとすると、サキは、ケガをしているのです?サキが、あんなに竹刀をブレさせるのは、珍しいのです。」
ミオが心配する。
「そうですね。先ほどの、体当たりをいなした時に、手首を痛めたかもしれません。救急箱を用意してください。」
静子先生の指示で、応援席から、救急箱が運ばれた。
「試合中のケガは、本人が申告しなければなりません。そして、申告すれば、棄権とみなされて、負けになります。沙紀さんは、そんなことはしないでしょう。わたくしたちは、見守って、応援するしかありません。」
静子先生が、冷静に話す。
そうしているうちに、試合は再び膠着状態になった。
「ピィー!」
試合終了の笛が鳴った、サキの1本勝ちだ。
「大丈夫!大将が2本勝ちすれば、逆転できます!一本勝ちでも、代表戦です!まだ、チャンスはあります!」
コートの向こうで、白井さんが叫んでいる。でも、あたし達は、サキのケガが心配だ。
「サキ?手首を痛めてないのです?」
ミオが尋ねる。
「サキの、胴打ちがぶれていたから、ケガをしたんじゃないかって、ミオが言うんだ。」
ユカが、心配する。
「・・・ん。右の・・手首を少し・・・たいしたこと・・ない・・。」
「小手をはずして、見せてください。」
静子先生の言葉に、サキが右の小手をはずす。静子先生が、サキの手首の色々なところを押してみる。
「ここが、痛むようですね。伊藤さんの体当たりをいなした時に、痛めたのでしょう。ひどくはありませんが、少し腫れています。湿布とテーピングをしましょう。」
静子先生が、救急箱から湿布を出して、ちょうどいい大きさに切り、サキの手首に張り付ける。その上から、テーピングテープで、固定した。
「すこし、動きにくいかもしれませんが、これで大丈夫でしょう。」
「・・・ん。・・・ありがとう。」
サキは、手首を動かしてみながら、静子先生に頭を下げた。
「さあ、春海さん。あなたが大将です。決めてきなさい!」
静子先生が励ましてくれたので、あたしは反射的に、
「はい!」
と、返事をしたけれど、内心、どうしようかと困っていた。あたしの得意技はジャンプ面だけだ。でも、遠間からのジャンプ面は対応されている。あたしは、「抜き」も無拍子もできない。どんな技を出せばいいのか、考えがまとまらないのだ。
「ハル、困っているんだろう?」
ユカが、あたしの隣に来てささやいた。
「あのね、・・・・」
ユカが小声で、作戦を伝えてくれた。なるほど、それは思いつかなかった。あたしは、大きくうなずくと、コートに向かった。
「始め!」
松方チームの大将は、6年生の小柄な長屋さん。12月の時は、必死の形相だったけど、今日は落ち着いた顔をしている。この3か月の稽古が、自信を持たせてくれたのだろう。少し余裕さえ感じる表情だ。
あたしも、半眼と三角の目付を使い、長屋さんの狙いを読み取ろうとする。でも、ダメだ。長屋さんの自然体からは、狙いが読み取れない。
こういう時は、自分から動いて、相手に応じさせ、先手を取るのが定石だ。あたしも今までは、そうして来た。でも、ユカの作戦の第一段階は、自分からは仕掛けないことだった。あたしは一本を取りたいという気持ちが強すぎて、技を出すときに雑になる。先生からも指摘されたし、あたし自身もそう思っている。そこでユカは
「後手になってもよいから、じっくりと相手の狙いを見極めよう。」
と、アドバイスしてくれた。自分から仕掛けずに、相手の動きを見極めるのは、とても怖いけれども、あたしは、恐怖をぐっと押し殺して、その場にとどまった。
あたしが、開始線から一歩進んだところで止まっていると、長屋さんがじりじりと間合いを詰めてきた。あたしは、長屋さんの姿勢を見つめる。ユカが、
「相手の全体を見ることは、ハルはもうできているよね。今度は、全体を見ながらも、相手のひじから肩と、つま先からひざを見るといいよ。何かしてくるときには、おかしな感じがするものだよ。」
と、アドバイスしてくれた。
「わたしも、ハルと稽古するときには、ひじから肩、つま先からひざを見るようにしているんだ。そうすると、ハルが打ち込んでくるタイミングが分かるんだ。」
そう言われれば、ユカとの稽古の時は、あたしが技を出そうと思った時に竹刀を抑えられたり、小手を打たれたりすることが多くなったような気がする。
あたしは、長屋さんのひじから肩、つま先からひざに注意してみた。長屋さんは、じりじりと間合いを詰めて来る。一足一刀の間合いにあと10cmと言うところで、長屋さんのつま先の出方が遅くなった。そして、肩に少し力が入ったように感じた。ここで、来る!
「こーてー!!」
あたしは、思い切って小手打ちを放った。しかし、あたしの小手打ちは、長屋さんの竹刀の鍔に当たった。あたしは、竹刀を立てて体当たりをする。
「体当たりをするときは、下から突き上げるようにするんだ。相手の重心を浮かせるんだよ。ハルの足腰の強さならできるよ。」
ユカのアドバイス通り、あたしは下から突き上げてみる。一瞬とんでもない重みが、腰にかかったが、それを跳ね返す。長屋さんの重心が浮いた。
「そこで、引き技!」
「胴ー!!」
頭の中の、ユカの声と同時に、引き胴を放つ。白旗が、3本上がる。剣持チームの応援席だけでなく、会場からどよめきが上がる。
「あの、小さい子が6年生を吹き飛ばしたぞ?」
「恐ろしいパワーだ!」
そんな声が聞こえる。たしかに、体当たりには、体格とパワーが必要だけど、それだけじゃないんだよね。スピードとタイミングが決まれば、小学1年生でも、大きな子を吹き飛ばすこともできるんだよ。
あたしは、心の中で反論しながら、開始線に戻った。
「二本目!」
最初の一本を取られたことで、長屋さんに焦りが生まれたようだ。顔つきが強張り、足運びがぎごちない。
「長屋君!焦らない!まだ、チャンスはあるわよ!」
白井さんが応援席から叫ぶ。白井さんは、試合の流れを読んで、的確なアドバイスを送って来る。本当にすごい人だ。でも、ここで長屋さんを立ち直らせるわけには行かない。
「相手が、動揺したら、一気に攻め切るんだ!」
ユカのアドバイスもある。あたしは、大きく右足をすべり出し、一気に間合いを潰した。
「なっ?」
あたしが、一気に近間に入ったことで、長屋さんが驚いた顔をしている。チャンスだ!
「面ー!!」
あたしは、近間からさらに一歩近づき、ジャンプ面の引き技を打った。間合いを取られた長屋さんは、何とか竹刀で受け止めようとしたけど、間に合わなかった。白旗が3本上がる。剣持チームの応援席から、大きな拍手が聞こえた。会場からのどよめきも聞こえる。
「今の、見えたか?」
「見た・・と言うより、見えなかった。小さい子が、一瞬で間合いを詰めたようだった。何が起こったんだ?」
「あれは、伝説の縮地法じゃないか?」
「バカな。縮地法は、ファンタジーの世界のものだろう?現実にあるわけがない。」
「じゃあ、あの動きをどう説明するんだ?」
「いや、それは、分らない。」
なんか、あたしの面打ちじゃなくて、間合いを潰したことが、話題になっているようだ。
「ハル!やったね!」
ユカが、拍手しながら立ち上がって迎えてくれた。
「ユカの、作戦通りだったよ。ありがとう。」
「いやいや、あの作戦は、ハルにしか使えないから、実現できたハルがすごいんだよ。」
ユカが謙遜する。
「ハル?あんな動きを、いつ身につけたのです?」
ミオが横から質問してきた。
「あんな動きって、どれのこと?」
あたしが、逆に聞き返す。
「二本目の時、長屋さんの間合いを潰した動きなのです。あれは、縮地法なのです?」
「えぇ?ちがうよ。普通に送り足をしただけだよ?」
「あれが、普通の送り足?そんなわけないのです?」
「えぇーっと?どういうこと?」
あたしの方が困惑した。
「こちらから見ていると、ハルが一瞬で、長屋さんの懐に入ったように見えたんだ。そして、次の瞬間には、引き面を打ったハルの残心が見えたんだ。まるで、一瞬を写し取った写真を並べたみたいな不思議な動きだったよ。」
ユカが、説明してくれた。そうか、それで、会場でも縮地が何とかって話が出ていたんだ。
「でも、わたしには分かるよ。ハルはただの送り足をしただけなんだ。」
ユカが続ける。
「ただの送り足で、あんな動きはありえないのです?」
ミオが食い下がる。
「そうかい?ミオも、見たことがあるだろう?ほら、1月の初めごろに見せてくれた剣持先生の足さばき。ただの送り足でも、全力で行えば縮地に見えたじゃないか?」
「思い出したのです。あの時は、動画で確認したのです。たしかに、ただの送り足だったのです。」
「今日、ハルが使ったのも、同じ技だよ。」
そうか、あたしは全力で送り足を使っただけだと思っていたけど、周りから見ると、あの時の剣持先生の足さばきのように見えたんだ。
「ふふふっ。春海さん、素晴らしい足さばきでしたね。この3か月のあなたの修練が実を結んだ結果です。胸を張りなさい!」
静子先生が、褒めてくれた。
「はい!ありがとうございます!」
一方、松方チームの方は、
「長屋君、よく頑張ったわ。そして、みんな、ありがとう!
優勝はできなかったけど、わたし達はとても良い思い出を作ることができたわ。
わたしは、もっともっと稽古して、いつか矢賀さんたちを倒せるようになるわ!」
白井さんが、目を真っ赤にしながら、でも、顔をあげて、仲間に話しかけていた。
「みんなも、うつむくのはよしなさい。わたしたちは、精一杯正々堂々と戦ったのです。なにも、恥ずかしいことはありません。むしろ、矢賀さんたちのチームを倒すという目標ができたことを喜びましょう。わたしたちは、まだまだ、強くなれます!」
白井さんの言葉に、松方チームの一人一人が、顔を上げる。目には強い光が宿っている。
「松方先生。わたしたち6年生は、もうすぐ卒業します。だから、矢賀さんたちと公式戦で戦える機会は、矢賀さんたちが大人になるまでないでしょう。ですから、お願いします。4か月に一度、いえ、半年に一度でもよいので、剣持道場との合同稽古を組んでくれませんか?」
白井さんが、松方チームの監督の前に正座して、頭を下げる。チームのメンバーも、監督を取り囲むようにして、お願いしていた。
「先生、ぼくたちからも、お願いします。ぼくたちが中学生になっても、矢賀さんたちと戦える場を作ってください!」
大将の長屋さんも頼み込んでいた。
「うむ。いいだろう。わしから、剣持先生に頼んでみることにしよう。」
監督が、大きくうなずいた。
「さあ、皆さん。いよいよ決勝戦です。相手は12月の時に負けた、上岩手チームのようです。気を引き締めましょう。」
静子先生の声が響いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
剣道の体当たりって、動画で見ていると大した威力には見えません。稽古の時でも、体当たりは相手がケガをするかもしれないので、控えめにするものです。でも、試合では全力で体当たりをかまします。小学生でも、高学年や中学生の全力の体当たりは、おとなでもなかなか受け止められません。体当たりって、結構必殺技になるかもしれません。




