竹刀の剣士、異世界で無双する ハルミ編 その61
皆さん、お久しぶりです。リアルの方で大きな仕事を終え、一つの節目を作れました。今回はその記念で筆が進みました。ハルミ達の活躍をお楽しみください。
61 3月の少年剣道大会 その壱
2月11日の稲荷祭の次の日から、あたし達は、みんなへの連絡につとめた。ユカたちやクミさんたちにはあたしが話し、クミさんたちの親さん方には母さんが話した。道場にはじいちゃんとばあちゃんが行って話した。みんな、いなくなった洋祐父さんを探すためと言うことで、快く理解してくれた。
「でも、夏休みから、ハルに会えなくなるのは、寂しいね。」
ユカがつぶやいた。
「そうなのです。ハルと一緒にもっと戦いたかったのです。」
ミオが、残念がる。
「・・ん。3月と、5月の大会で優勝すればいい。」
サキは、やる気を見せる。
「今度は~、負けないよね~。」
ナナが、あおる。あたしも、バタリに渡るためには、今以上の力が必要だと思っている。それで、2月の稽古は、厳しいものになった。あたし達のチーム内の稽古だけでなく、剣持AチームやBチームとの稽古も、組まれていた。そのほかに、中学生や高校生との稽古も組まれていた。
「どんな強い相手にでも、対戦できる経験を積むことが大切なのじゃ。」
剣持先生の言葉だけど、あたし達、中学生や高校生にボロ負けなんですけど・・・
「なに、お主らに足りんのは、実践の経験じゃ。強い相手と対戦して、技のタイミングや気迫を学ぶことが大切なのじゃよ。」
剣持先生が、話した。そして、クミさんたちの協力で、あたし達の稽古を動画に納めて、それを見ながら反省会をする。そして、分ったことを次の稽古で試す。
2月から3月は、そんな稽古が続いた。その間に、ミオは抜きの技のバリエーションを増やし、ユカはさらに多彩な技を身につけた。サキは、重心移動に磨きをかけ、ほとんど無拍子にまで高めた。ナナの防御もさらに強くなり、返し技の種類も増えた。あたしも、ただ飛び跳ねるだけでなく、跳ぶタイミングを見極めるようになってきた。防御のタイミングや、攻めに転じるタイミングを確認するのに、大型のディスプレイが大きな役に立った。美穂さんの弟の拓真君も、真面目に稽古しているだけあってかなり形になってきた。
2月の終わりの土曜日。3月の少年剣道大会への団体戦のメンバーが、発表された。12月の大会と同じく、あたし達は1年生でCチームを作った。ただ、オーダーに若干の変更がある。今度はミオが先鋒。ナナが次鋒。中堅にユカ、副将にサキ、大将があたしだ。前回の試合と、その後の稽古を見て、決められたらしい。AチームとBチームには変更はなかった。
3月4日の土曜日。中央体育館で、少年剣道大会が開かれた。前回と違うのは、午後の部の始めに薙刀の試合が組まれたことだ。12月の大会で、静子先生とばあちゃんが薙刀を披露してから、薙刀を稽古する希望者が少しづつ増えたらしい。まだ、全員で10名にもならないが、静子先生が市の剣道連盟の会長に頼み込んで、試合の場を作ってくれたらしい。
午前中の学年別の個人戦では、あたし達5人が圧倒した。今回は、あたしとナナが決勝を戦うことになった。ナナの防御は硬い。打ち込むすきを作るのが大変だ。そこで、あたしは、中段に構えながらもあえて、だらりと構えるようにしてみた。しかしナナは警戒して、剣先を中心にとり、気持ちを張り詰めている。あたし達は二人とも小刻みに足を動かしながら、徐々に間合いを詰めていった。遠間から一足一刀の間合いに入った時、間合いを詰める緊張感が最高潮に達した。そこであたしは大きく下がった。二人をむすぶ緊張の糸が、ふっと途切れた。ナナは、一瞬動きを止めた。そこに、あたしは思い切って飛び込んだ。
「面ー!!」
あたしの白旗が三本上がった。あたしが振り返った時、ナナはその場から動けなかった。
結局、このあと、互いに有効打突がなく、あたしの個人戦初優勝となった。
「ハル~。参り~ました~。」
「ナナも、強くなったよ。どんな技を仕掛けても、返してくるから、本当に危なかったよ。」
あたしは、ナナと握手した。
「春海さんも、菜々美さんも見事な試合でした。武道は一瞬が全てです。相手の一瞬のすきにすべてをかけること、逆に一瞬たりとも隙を見せないことが、大切だと学んだでしょう?これからも、互いに稽古して、強くなりなさい。」
静子先生が話した。
「「はい!」」
午前の部が終了して、昼休憩となった。3月になったので、少し暖かくなったとはいえ、まだ体育館の床は冷たい。あたし達は、フロアにウレタンマットを敷き、クッションを置いてお弁当を食べた。今日もばあちゃん渾身のお弁当だ。塩おにぎりに、鮭フレークのおにぎり。大根とにんじんの煮物と、ミニハンバーグ。相変わらず、サキはモミジにご飯をあげながら、とろけそうな顔をしている。
「ばあちゃん。薙刀の試合は、何試合なの?」
あたしが、ばあちゃんに聞いた。
「そうですねえ。12月から道場生の募集を始めましたが、現在稽古に来ている人は15人ぐらいですね。
それでも、初心者から始めたいという人が中学生と高校生で5人もいることがうれしいわ。あとは、若いころ榎本道場で稽古していた人たちですね。初心者の人は、流石に今日の試合に出ることはできないから、今日は10人で五試合をする予定ですよ。」
「トーナメントとかは、しないのです?」
ミオが、話に入ってきた。
「そうですね。静子先生は、始めは10人でのトーナメントを提案したのです。でも、試合をする皆さんが50歳以上の方たちばかりなのですよ。皆さん、さすがに何試合もは無理だとおっしゃたので、今日は1試合ずつになりました。静子先生は、残念がっていましたけどね。
でも、いつか薙刀で個人戦のトーナメントや団体戦ができるようになるといいですね。わたしも、夢が広がります。」
ばあちゃんの目がキラキラしている。
「でも、困ったことがあるのです。」
途端に、ばあちゃんの目が沈んだ。
「どうしたの?」
あたしが尋ねる。
「試合ができる人は10人も集まってくれたのですが、審判のできる人が、わたしと静子先生だけなのです。本来は、剣道と同じように3人の審判によって有効打突を判定するのですが、今日はとてもそんなことはできません。なので、今日はわたしと静子先生が一人で審判をして、2コートずつの試合になります。」
「それは・・・。大変ですね。」
母さんが、言葉を詰まらせた。
「その通りです。一人の審判では、どうしても見にくい位置や角度があるので、誤審が生まれやすいのです。これだけ大勢の人の前で試合をしていただくのに、誤審をしてしまうと選手の方に恥をかかせることになります。それが、薙刀に対する不信につながったら・・と思うと、とても恐ろしいのです。」
「剣道の審判の先生方に応援してもらうことは、できないのかね?」
じいちゃんが、気づかわし気に尋ねる。心を痛めているばあちゃんの姿がつらいのだろう。
「それも考えて、静子先生とも話し合ったのです。でも、薙刀が当たったかどうかとか、打ちの強さが十分かどうかと言うことは、剣道の先生方でも判断できますが、薙刀の理合いに沿った技であるかどうかとか、合理的な姿勢であるかどうかは、剣道の先生方では判断できないということでした。剣持先生も同じ意見でした。なので、今日は審判は難しいということでした。」
ばあちゃんが縮こまって見える。いつもおおらかで、優しいばあちゃんが、こんなに困っているのを見るのは、初めてだ。
「では、ばあさんと静子先生が二人で審判をして、1試合ずつ行えばよいじゃろう?」
じいちゃんの意見はもっともだ。道場での稽古はともかく、公式試合の場で、一人審判はありえない。
「でも、そうすると、試合時間が長くなります。試合時間は1試合2分で設定しています。選手の入れ替わりを含めると、1試合5分になるでしょうか?5試合を2コートで行えば、15分で終わります。しかし、1コートで行えば25分かかります。
午後の部の始めに25分を取ってしまうと、団体戦の試合終了が遅くなってしまいます。」
ばあちゃんは、大会全体の進行が遅れることを心配していた。
「遅れると言っても、10分の差ではないか?」
じいちゃんは、大した遅れではないという。
「おじいさんは、大したことではないと言いますが、この会場のすべての人がそう思うわけではありません。中には、予定と違うことにいら立ちや怒りを覚える方もいらっしゃるでしょう。そう言った方々の不信の思いが剣道や薙刀に向かうことが恐ろしいのです。
なにより、今日の試合は、すでにプログラムに印刷されて、皆さんに配られています。いまさら変更はできません。」
ばあちゃんの言うことも、もっともだ。12月の時は、いきなり薙刀の模範試合を行ったけど、1試合だけだったから、時間的にはそれほど使っていない。また、12月の時の試合は、会場に来ていた薙刀経験者の方たちの要望があって実現したことだ。今回とは条件が違いすぎる。
(ふむ。おばば殿が困っておるのう。では、わらわが手助けをするといたそうか?)
サキのひざの上でくつろいでいたモミジが、顔を上げた。
「何か、良い方法があるのですか?」
じいちゃんが、モミジに尋ねる。
(うむ。わらわたち小狐の中には、武術の好きなものも多い。その中でも、薙刀に詳しい者も何匹かおるのじゃ。そやつらをこの場に呼び、静子殿とおばば殿の副審をさせようぞ。2コートじゃから4匹呼べばよいかのう?)
「そんなことができるのですか?」
ばあちゃんが、驚く。
(うむ、問題ない。少し、待っておれ。)
そう言うと、モミジはサキのひざから降り、ばあちゃんのひざに乗ってエジプト座りをした。そのまま、目を閉じて集中している。
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