竹刀の剣士、異世界で無双する ハルミ編 その5
「竹刀の剣士、異世界で無双する」の第2部です。ヨウスケの娘のハルミとその周りの人たちの活躍をお楽しみください。
この小説は、毎週木曜日に更新する予定です。
5 おいなりさん
次の日は水曜日。剣持道場の稽古の日だ。夕方5時からが稽古だけど、あたしと母さんは、ちょっと早めに剣持道場に来た。いつもは母さんは仕事があるので、道場への付き添いは、じいちゃんかばあちゃんがしてくれる。今日は、母さんが剣持先生にお願いがあるので、仕事を早めに切り上げたらしい。
入り口で一礼して道場に入ると、あたしはいつもの端で防具をつける。稽古の時間には、少し早いので、道場には誰もいない。母さんは正面の剣持先生のところに行って正座、礼をして、話し始めた。内容は、昨日母さんと相談した、稽古を増やすことと居合道のことだ。当然理由も話す。あたしの友達のことは省いて、学校でトラブルになったことは、正直に話す。剣持先生もウソやごまかしが大嫌いだからだ。
「ワッハッハッハッ!」
剣持先生の、豪快な笑い声が響いた。
「小学校初日から、大立ち回りをやらかすとは。愉快な奴じゃ!得物がなかったのが、残念じゃ。今度、袖に隠せる暗器でも作ってみるか?」
「先生、冗談は止めてください。春海を犯罪者にしたいんですか?」
暗器っていうのは、昔の忍者が使った暗殺用の武器らしい。どんなものか、ちょっと興味はある。でも、今は持っているだけで犯罪になるんだって。
「それで、稽古を増やし、居合も学びたいと。ふむ、・・・。
春海、こちらに来なさい。」
「はい。」
あたしは返事をして、母さんの隣に正座した。
「美和子さんから聞いたが、春海はそれで良いのかな?居合もいれて週に4日の稽古は厳しいぞ。」
「はい。あたしは、つよくなりたいです。それに、けんどうはすきです。だから、がんばります。」
「ふむ。良かろう。励むことじゃ。」
「「ありがとうございます。」」
「そう言えば、春海の友達の優香里と菜々美という子が、今日から稽古に来ると連絡があったぞ。あの二人は、去年辞めたはずじゃが?」
母さんは、二人のことは省いて話したはずだ。でも、何か関係があると気付いた先生はさすがだ。やっぱりごまかしはきかないなあ、と観念して話すことにした。
「このことは、優香里さんと菜々美さんの親さんには内緒にしてほしいのです。余計な心配をおかけしたくないので・・・・春海がケンカになったときに、二人ともその場いたのです。それで、春海に守られてばかりは嫌だから、自分たちも戦えるようになりたいそうで・・・。」
母さんが、説明した。
「なるほどのう。去年辞めたときは、ほっとしたような、でも、悔しそうな不思議な顔をしておった。春海と友達でいるために、戦いたいとは・・・。見上げた志じゃな。春海、良い友達を持ったな。」
「はい!さいこうのしんゆうです!」
「ふむ。親友と来たか。これからは戦友となるぞ。・・・よし、子どもの部は弟子達に任せておったが、この二人は、わしが見よう。」
「えっ?良いのですか?」
「うむ、問題ない。これからも、春海はトラブルに巻き込まれると思ったのじゃろう?ならば、二人に早く強くなってもらわねばな。」
剣持道場の子どもの部が始まった。子どもの部は5時から7時まで。剣持先生のお弟子さん達(師範代って言うんだって)が指導する。子どもたちは30人ぐらい。道場で剣道を習っている小学生は、60人ほどいるそうだけど、全員が一度に稽古するには、道場が狭いから30人づつに分けているらしい。子どもたちは、体格も、強さもバラバラなので、5つぐらいのグループに分かれて、それぞれに師範代が一人ずつついて教える。あたしは一番年長者のグループで稽古していた。小学1年生だけど、2級なので、5、6年生のグループだ。でも、このグループにも、あたしが勝てない人ってもういないんだよね。だから、地稽古では、もっぱら師範代に相手をしてもらっている。
今日から入った、ユカちゃんとナナちゃんは、二人だけで、隅のほうで剣持先生が見ていた。二人の稽古着や防具は一昨年に使っていたもの。紺のジャージ布の稽古着に、紺の袴。あまり臭くならない素材なんだって。胴は黒。面と垂れも紺。ごく一般的な防具だ。二人は今、足さばきと素振りからおさらいしている。一昨年ある程度稽古していたので、初めは余裕そう。時々あたしと目が合うと、ニコッと笑って、小さく手を振ってくれる。とっても嬉しい。
学校で知り合ったサキちゃんとミオちゃんも、お母さん達と一緒に見学に来ていた。あたしが5、6年生と一緒に稽古しているところを見て、驚いていたけど、なんか納得していた。ユカちゃんとナナちゃんがいるのには、もっと驚いていた。そりゃそうだよね、「くさいし、いたいし、あついし、くるしいし」って言ったのはあの二人だからね。休憩の時にユカちゃんとナナちゃんと一緒に挨拶に行って、
「ハルちゃんをおいかけるんじゃなくて、わたしたちなりにつよくなりたいんだ。」
って言うユカちゃんの話を聞いて、なんか納得してた。剣持先生にも、サキちゃんとミオちゃんがあたしのクラスメイトだって紹介したら、先生も驚いていたけど、なんか納得してた。あたしのほうを生暖かい目で見ていたのは何だろう?
そんなこんなで、小学校最初の稽古は終わった。稽古の後で、サキちゃんとミオちゃんが、お母さん達と一緒に剣持先生と話していた。きっと、あの二人も剣道を習うことになるだろう。
次の日の朝、いつも通りに庭で素振りをしていたら、じいちゃんによばれた。あたしたちが住んでいるじいちゃんの家は、木造の2階建て。蔵もある、古い家らしい。庭が広くて、いろんな木が植えてある。木登りもあたしの好きな遊びの一つ。じいちゃんは庭の隅にある蔵の前で、あたしを手招きした。
「どうしたの?じいちゃん?」
「春海は、強くなりたいんじゃろ?」
「うん、そうだよ。」
「じゃあ、お参りをするといい。」
「おまいりってなに?」
「神様に、強くなれますようにって、お願いをすることじゃ。」
「ええ~?かみさまにおねがいをしたら、つよくなれるの?」
「もちろん、無理じゃ。」
「なに?それ?」
「じゃがのう、神様はわしらを見守ってくださっているんじゃ。神様は一生懸命に頑張る人が好きなんじゃ。じゃから、「強くなるために、一生懸命頑張ります。どうか見守っていてください。」とお願いをするんじゃ。」
「すると、どうなるの?」
「どうもならん。」
「ええ~?」
「春海にはいい友達ができた。優香里さんと菜々美さんは、春海のために、強くなりたいっていう優しい子じゃ。ほかにも、沙紀さんと美央さんは、春海を見習って、強くなろうとしてるんじゃろう?この子たちは、春海の力で、友達にしたんかの?」
「それは、ちがうよ。なんかしらないけど、いつのまにかともだちになったんだよ。」
「そうじゃろう、そうじゃろう。そういうことを「巡り合わせ」というんじゃ。世の中には、そんな巡り合わせがたくさんある。中には悪い巡り合わせもある。春海が巻き込まれたケンカは、悪い巡り合わせだったかもしれんな。」
「うん、そうかも。あいつらは、キライ。」
「そうじゃのう。
じゃがな、こうも思えんか?あいつらと会わなかったら、優香里さんや菜々美さんと一緒に稽古することはなかったかもしれん。沙紀さんや美央さんと友達になれなかったかもしれん。」
「う~ん。そういわれれば、そうかも。」
「のう。悪い巡り合わせも、良い巡り合わせも、くっついているんじゃよ。良い巡り合わせだけ、ということはないんじゃ。」
「そうなんだ。」
「そうじゃ。そこで、悪い巡り合わせも、良い巡り合わせもひっくるめて、神様に話して、ありがとう、という気持ちを伝えるんじゃ。何しろ、巡り合わせはわしら人間には、どうにもできんことじゃ。じゃから、神様の出番なんじゃよ。」
「そうかあ。よくわかんないけど、じいちゃんがいうんなら、そうする。」
「ほっほっ。素直でよいことじゃ。じゃあ、神様のところに行くとしよう。」
「どこにあるの?」
「すぐそこじゃ。」
蔵の横を通ってさらに奥に行くと、庭の隅に小さな神社があった。
「ちっちゃい、じんじゃだねえ。」
「これは、祠と言うんじゃ。」
「ほこら?」
「祠は小さいが、神様がいらっしゃるんじゃ。大昔、まだ、お侍さんがいたころじゃ。ここに住み始めたご先祖様が、京都の伏見稲荷様にお願いして、ここに祠を建てさせてもらったんじゃ。じゃから、この祠にはお稲荷様がいらっしゃる。お稲荷様は、狐の神様じゃ。」
「きつね?あの、さんかくのかおの、しっぽがモフモフの?」
「そうじゃ、その狐の神様が、この家や町を守ってくださっているんじゃ。
さあ、お参りの仕方を教えるぞ。
まず、この盃の水を新しい水にかえる。
次に、このほうきで、祠の屋根や周りの落ち葉やごみを掃除する。集めたごみはビニール袋に入れて持ち帰る。あとで捨てるからの。
周りが奇麗になったら、お参りじゃ。祠の前に立って、背筋を伸ばし、二拝二拍手一礼をする。」
じいちゃんが実際にやって見せた。あたしも真似をしてやってみた。
「これだけ?」
「うむ、これだけじゃ。じゃが、毎日続けることじゃ。水替えと掃除はわしがしておくから、春海は朝の素振りが終わったら、お参りをするんじゃ。何しろ、400年以上のこの家と町を見守っている、ありがたいお稲荷様じゃからのう。」
「うん、わかった。これから、まいにちおまいりするね。
そうだ、ともだちをよんでもいい?」
「ああ、いいことじゃ。たくさんの子にお参りしてもらうといい。」
「は~い。」
あたしに、お稲荷様のお参りと言う日課が加わった。これから、よろしくね!という気持ちで、祠を見ると、祠の後ろに黄色いふわふわが見えた気がした。あれっと思って見直したら、もういなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
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