竹刀の剣士、異世界で無双する ハルミ編 その55
皆様、お久しぶりです。ようやく執筆の環境が整ってきましたので、少しづつ投稿します。しばらくは、不定期の投稿になります。ご容赦ください。
55 冬休みの後
今回から、ハルミたちのお話に戻ります。
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冬休みが終わり、三学期が始まった。クミさんは、約束通り、モミジがご飯を食べているところの絵をサキに贈った。
「時間があまりなかったので。少々雑になりましたが、よろしいでしょうか?」
「・・・ん、・・・可愛い。・・・うれしい・・・」
「沙紀さんにご満足いただけて、ホッとしました。」
「わたしの、フィギュアが10万円で売れました!」
美穂さんが、興奮していた。冬休みに作った、あたしの居合抜きのフィギュアが売れたらしい。
「もちろん、売ったのはコピーの方です。オリジナルは、大切に飾ってあります!」
そう言えば、針金の骨組みが二体あったことを思い出した。あたし達の目の前で作ったほうがオリジナルで、もう一つの骨組みで作ったほうがコピーらしい。どちらも、美穂さんが丁寧に作ったのだから、変わりはないだろうと思う。
「いいえ。モミジ様に見ていただいた方が、ありがたさが違うのです!」
美穂さんが、力を込めた。
年始回りの時、母さんは、
「美穂さんの努力を、不当に奪っている輩がいるようです。美穂さんの作品は数が少なく、質も高いので、もっと高価でも売れるでしょう。転売防止の仕組みは、横田先生と相談するといいと思います。」
と、美穂さんの両親に話したらしい。それで、横田先生のアドバイスを聞いて、転売防止プログラムを使った結果が、高額販売になったということだ。
「インターネットの世界には、まだ、法律や監視の仕組みが追い付いていないからねぇ。まあ、言ってみれば、インターネットの世界は無法地帯かな?自分で自分を守らなければいけないんだよ。」
と、横田先生が話していたらしい。あたしは、前に母さんが話してくれた昔の日本のことを思い出した。あの頃も、悪いことを取り締まる決まりや仕組みがなかったので、人々は自分で自分や家族を守ろうとしていたという話だ。現代でも、決まりや仕組みの行き届かないところで、悪いことをする人はいることに、あたしはげんなりした。
美穂さんの弟の拓真君は、なんと、あたし達が美穂さんの家に挨拶に行った次の日に、道場に見学に来ていた。その場で拓真君が必死にせがんで、入門を果たしたらしい。
「ぼくも、はるみねえちゃんみたいに、つよくなるんだ!」
拓真君は、あたしが中学生を相手に、ジャンプ面を決めているところに感激したそうだ。本当なら、4月の新年度からの入門を勧めている剣持先生も、拓真君の熱意に押されたらしい。それで、3か月の仮入門と言う形になったそうだ。仮入門なので、道場の授業料は払うけども、稽古着や袴、防具や竹刀は道場から無料で貸し出されることになった。拓真君は幼稚園の年長組なので、あたし達より1歳年下だけど、身長はあたしとそんなに変わらない。剣持先生の話では、身体能力も高いそうだ。そりゃ、そうだよね。ジャングルジムから飛び降りたり、幼稚園の屋根に上ろうとしたりしたんだから。
そんな拓真君を、道場の師範代は持て余しているらしい。
「足さばきや、素振りを教えようとすると、嫌がるんです。春海さんの技を真似したいと言って、わたしの話を聞いてくれません。」
「ふむ。早く強くなりたいばかりに、基礎の大切さが分からず、派手な技に目が行っているようじゃな。では、少々荒療治をしてみるか?」
剣持先生は、師範代の先生の話を聞くと、幼稚園の子たちが稽古しているグループのところに行った。そして、子どもたちが足さばきや素振りを稽古している様子をじっと見つめた。
「ふむ、秀夫がよいじゃろう。」
しばらくしてから、剣持先生は一人の子を呼んだ。3歳から入門して、1年たった秀夫君だ。秀夫君の耳に口を近づけて、何かごにょごにょ話している。秀夫君は、始めはびっくりしていたけど、先生の話を聞くうちにだんだんと楽しそうな顔になってきた。
「・・・と言うわけじゃ。できるかな?」
先生がニッコリとほほ笑むと、秀夫君もニッコリとして、
「はいっ!がんばりますっ!」
と、答えた。先生は、その後美穂さんのところに行き、何か話していた。美穂さんが、
「お任せください!」
とうなずいたので、秀夫君を連れて、拓真君のところに行った。
「拓真よ。お主は、早く強くなりたいようじゃな。春海の技を真似してみたいと聞いた。」
剣持先生が話しかけると、
「うん。あるきかたや、しないのふりかたなんて、もう、わかっているもん!はるみねえちゃんみたいになるんだ!」
と、拓真君が答えた。
「ふむ。強くなりたいという気持ちは見上げたものじゃ。
じゃが、基礎をおろそかにしては、うまくいかぬものじゃ。・・・
今日は、お主の技を見せてもらいたいと思う。相手は幼稚園の年中組の秀夫じゃ。秀夫は今まで足さばきと素振りの稽古を熱心にしておった。秀夫を相手に、自分が思う技を思い切り出してみることじゃ。
ところで、拓真は、剣道の決まり技は知っておるかな?」
「うん。めんと、どうと、こてでしょ。さいしょにならったよ!」
「ならばよい。秀夫と立ち合ってみなさい。」
剣持先生はそういうと、二人を対面させて、審判の位置に着いた。美穂さんは、拓真君たちに近いところから、タブレットを構えている。立ち合いを録画するのだろう。
「始め!」
剣持先生が合図を出す。拓真君は早速走りこんで、面打ちを放つ。
「めーん!」
勇ましい気合声がでたが、技はお粗末なものだった。振りは遅いし、間合いも取れていない。姿勢も崩れている。秀夫君は、右足を開いて、悠々と避けた。抜き胴を出せるタイミングだったが、わざと避けるだけにしたようだ。秀夫君は中段に構えたまま、すぐに振り返り、送り足で拓真君に迫る。拓真君は、面打ちを避けられて、つんのめっていた。
「おっとっとっと!」
拓真君が体勢を立て直して、振り返った時には、もう秀夫君が一足一刀の間合いに入っていた。
「っくっ!・・どーう!・・」
拓真君が、苦し紛れに胴打ちを放つ。しかし、刃筋は通っていないし、足もついて来ていない。ただ、竹刀を横に振っただけになった。秀夫君は、大きく後ろに跳んでかわす。竹刀は中段を保ったままだ。
拓真君は、竹刀の勢いに振られた体を立て直すと、ジャンプして面打ちを放つ。
「めーん!」
今度は、秀夫君も迎え撃った。拓真君の面打ちに合わせるように、1歩踏み込んで面打ちを放った。
「面ー!」
秀夫君の竹刀が、拓真君の面打ちを切り落とし、拓真君の面をとらえる。
「面あり!」
剣持先生が、大きく手を上げた。
「切り落としだ!」
あたしが、思わず叫んだ。あたしが、大会でユカに負けた技だ。年中の子ができるなんて・・?
「すごいねぇ。あの技は、狙ってできるもんじゃないって、静子先生が言ってたよねぇ。」
隣で、ユカがつぶやく。
「今回は、狙ってできたんじゃよ。拓真は、まだ修練をしておらん。足も付いてこないし、竹刀の振りも中心を取っておらん。そういう相手であれば、こちらが中心を取って、タイミングさえ合わせればできるものなのじゃ。」
剣持先生が、解説してくれた。
「さて、拓真よ。お主の技は、秀夫には通用せんかった。もう一度言うが、秀夫は剣道で対戦するのは今日が初めてじゃ。しかし1年間、みっちりと足さばきと素振りを稽古した。その1年の違いが出たのじゃ。足さばきと素振りだけでも、強くなれることが、分ったかな?」
剣持先生が、拓真君に話しかけた。
「はい。・・ぼくが・・まちがっていました。」
拓真君は、悔しそうにうつむいている。
「うむ。強くなるためには、派手な技を覚えるだけでは、ダメなのじゃ。基礎が大切じゃ。わしも、足さばきと素振りの稽古は毎日行っておるぞ?」
「せんせいもですか?」
「そうじゃ。ついでじゃから、わしの足さばきの稽古を見せようか?」
「おねがいします。」
「よかろう。
よい機会じゃ。道場の皆も、見るとよい。」
先生は、道場の稽古をいったん止めると、自分の足さばきに注目するように言った。
「では、送り足を見せる。これは、右足を前に出すと同時に、左足を引きつけるところが大切じゃ。」
そう言って、先生は袴を持ち上げて、足の動きをゆっくりと見せてくれた。これは、剣道の基本の動きなので、みんなもうんうんとうなずきながら見ている。
「今のは、皆に見やすいようにした送り足じゃ。次は、わしの本気の送り足を見せる。
春海よ。すまんが、九歩の間合いに立ってくれぬか?」
あたしはうなずいて、先生から九歩離れたところに立った。
「では、始める。よく見ておるんじゃぞ。」
先生が、袴をおろして、両手を腰に当てる。
次の瞬間、先生はあたしの目の前に現れた。
「おおぅ?何が起こった?」
道場のみんながざわざわとしだした。あたしもびっくりした。九歩の間合いにいた先生が、いきなりあたしの目の前に現れたのだ。
「これは、縮地法なのです?」
ミオがつぶやいた。
「わたしの、目指している動きなのです!」
「うむ。美央の言うことは、半分当たりじゃ。」
「半分?なのです?」
「うむ。そうじゃ。美央はひざの「抜き」を使ったと思ったのじゃろう?」
「はい、なのです。」
「じゃが、わしは抜きを使ってはおらん。後で、美穂さんの撮った動画を確認してくれれば分かるはずじゃ。わしは、送り足を全速力で行っただけじゃ。ひざの「抜き」を使えば、もっと早く動けるぞ。このようにな。」
先生は、ミオの方を見るとニヤッと笑った。次の瞬間には、ミオの目の前に現れていた。あたしとミオは15歩ぐらい離れている。その距離を一瞬で詰めたのだ。
「おおぅー!」
道場がどよめいた。
「びっくりしたのです!とても、1歩では届かない距離なのです!」
ミオが興奮している。
「その通りじゃ。今は、5歩動いた。」
「全く見えなかったのです!」
「送り足と「抜き」を組み合わせれば、こういうこともできるということじゃよ。修練して、身につけることじゃ。
さて、拓真よ。基礎の足さばきは納得したかの?」
「はい。よくわかりました。ありがとうございました。」
「ふむ。納得せんかった時のことを考えて、美穂さんにお主の動画を取ってもらっておったが、必要なさそうじゃのう?」
「ぼくのどうがですか?はずかしいので、やめてください。」
拓真君は、顔を赤くしてうつむいた。
「そうじゃな。拓真の動画を見せることは止めておこう。」
「先生!先生の足さばきを、動画で見ることはできませんか?」
ユカが手を上げた。
「ふむ。美穂さん。どうじゃな?」
「はい、できます。」
剣持道場には、今年に入ってから、Wi-Fiの環境を整えて、大型のディスプレイを導入していた。12月の大会の時に、剣持先生と静子先生が導入したいと言っていたものだ。
「では、このディスプレイに、再生できるかの?」
「はい。できると思います。少し、お待ちください。」
美穂さんがタブレットを操作し、クミさんと良子さんがディスプレイと、それにつながっているパソコンを操作し始めた。いくつかのボタンを押して、画面を切り替えると、大画面に剣持先生が、腰に手を当てている姿が映った。
「はい。これで動画を再生します。
まずは、普通の速度です。」
美穂さんが、タブレットの画面をポンとタップする。動画が動き始め、一瞬のうちに先生があたしの前に現れた様子が映し出された。
「次に、同じ場面を、10倍のスローで再生します。」
美穂さんが話すと。今度は、ゆっくりと剣持先生が動く様子が映された。たしかに足が動いているように見える。しかし、重心が全く動かないために、床の上を滑っているように見えた。
「ここじゃ!ここで止めてくれい!」
剣持先生が、声を上げる。美穂さんが、タブレットをタップした。
「少し、タイミングがずれたようじゃ。もう少し巻き戻せるかの?」
先生が注文する。
「はい。」
美穂さんが返事をして、タブレットの画面に指をあてる。動画がゆっくりと巻き戻り始めた。
「ここじゃ!」
剣持先生が、動画を止める。
「ここから、わしの左のかかとをよく見るんじゃ。」
再生が始まる。先生の左足はわずかに沈んでから、浮き上がったように見えた。
「左足のかかとが、少し沈んだのが見えたであろう?これが、送り足のポイントじゃ。かかとを沈めることで、右足を前に出す力が強まる。いわゆる左足の溜めと言うものじゃ。しかし、大きく溜めれば、相手に悟られてしまう。必要最小限の溜めで、大きく間合いを詰めるためには、相当な稽古が必要じゃ。また、溜めてから右足を出していては遅い。溜めると同時に右足を出し、左足を引きつけると同時に溜めを作るのじゃ。この、タイミングもかなり難かしいものじゃ。
基本の、足さばきじゃから。誰もができる簡単なものじゃと思っておったじゃろう?もちろんその通りじゃ。誰もができる、簡単な足さばきじゃよ。しかし、修練すれば、ここまで高めることができる。
どうじゃ?目指すところが分かったかな?」
「「「はい!ありがとうございました!」」」
道場のみんなは、一斉に礼をした。
「うむ。では、稽古を再開しなさい。
それと、拓真は、わしが指導しようかの?」
「いえ、だいじょうぶです。しはんだいの、せんせいにならいます!」
拓真君は、涙目になっていた。剣持先生の人間離れした技を見て、驚いたのだと思う。
「うむ。では、拓真も足さばきから稽古しなさい。」
そのあと、拓真君は師範代の先生方の言うことをよく聞いて、稽古に励むようになった。
(剣持殿は、はねっ返りの扱いが上手いのう?見事なものじゃった。)
道場の隅で稽古を見学していた、モミジが感心した。
「おほめにあずかり、光栄でございます。わたしもだてに年はとっておりません。こういう連中は何人も相手をしてきたものです。」
剣持先生は、モミジの方に会釈しながら、じいちゃんの方をちらりと見た。ああ、じいちゃんは暴れ龍だったからね。先生も、苦労したんだね。
お読みいただき、ありがとうございました。
剣持先生の足さばきは、物語と言うことで少し大げさに表現していますが、私の経験したところでは、剣道の高段者の方は、本当に「縮地」としか言えないような足さばきでした。(もちろん、私はボコボコに打たれました(笑))