竹刀の剣士、異世界で無双する ハルミ編 その44
「竹刀の剣士、異世界で無双する」の第2部です。ヨウスケの娘のハルミとその周りの人たちの活躍をお楽しみください。
この小説は、毎週木曜日に更新する予定です。
44 初稽古 その壱
今回から、ハルミたちのお話に戻ります。
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クリスマスが終わると学校は冬休みになる。冬休みは剣道合宿はしないけど、剣持道場では、夏休み同様、毎日道場を開放して稽古が行われることになった。でも、年末年始の行事もある。12月28日は午前中が稽古納めで、午後からは道場の大掃除が行われた。同時に道場の庭で、餅つきが行われた。ばあちゃんと母さん、道場生のお母さん方が手伝ってもち米を蒸し上げ、じいちゃんや師範代の先生方が臼と杵でもちをつく。あたし達道場生は、みんなで道場を隅々まで掃除して、終わった後、つきたてのお餅をいただいた。モミジも、つきたてのお餅にすりおろし大根と醤油をつけてほおばっていた。お世話をするのは、当然サキだ。
(うむ、美味いのう!300年前にも餅を食べたが、この餅は格別じゃ!米の風味が生きておる!)
モミジは、大喜びで、お餅をお替りしていた。
2023年を迎えた。新年の1日、2日は道場はお休み。3日の朝、7時から初稽古が行われた。ここには、小学生、中学生、高校生、大人が参加し、広い道場が人で一杯になった。初稽古が終わり、面・小手を外して水筒から水を飲んでいると、道場の玄関から、
「頼もーう!頼もーう!」
という大きな声が聞こえた。師範代の先生の一人が玄関に行く。何か話している声が聞こえたあと、師範代の先生の後について、5人の中学生と、大人たちがやってきた。入り口で一礼した後、道場に上がり、剣持先生の前に座る。中学生は、夏に戦ったカズキさんとその仲間たちだ。今日はそれぞれの稽古着や、トレーニングウエアを着ている。その後ろにいる大人たちは、みんな、背広にネクタイを締めていた。それぞれの道場やクラブの師範たちだろう。
「新年、おめでとうございます。
私は、以前ちょっとした縁から、ハルミさんと立ち合い、負けたカズキと申します。本日は、こちらで初稽古が行われると聞いて参りました。大変ぶしつけとは思いますが、私とハルミさんの稽古をお許しいただきたい。
また、12月の剣道大会では、ハルミさんの仲間たちも活躍したと聞きました。私の仲間たちも、ハルミさんの仲間の皆さんとの稽古を希望しています。ぜひとも、お許しをお願いします。」
「「「「お願いします。」」」」
カズキさんは、とても丁寧に頭を下げた。これが、夏にへらへらした態度だった人と同じとは思えない。でも、剣道と空手や柔道、ボクシングとで稽古すると言い出す時点で、常識は無いんだけどね。
「ふむ、お主がカズキか。なかなかの面構えじゃ。」
剣持先生が、中学生を見回す。
「剣持先生!無礼、ぶしつけは承知の上で、まかりこしました。
この、カズキたちは、12月で奉仕活動の課題を終了し、学校生活を真面目に送り、道場・クラブでも、とても熱心に稽古をしています。夏休みから、問題行動はありません。この子たちの目標は、ハルミさんたちと試合をすることだそうです。しかし、現代では他流試合は例がありません。稽古ならばと、説得して連れて参った次第です。どうか、お許しをお願いします。」
中学生の後ろにいる師範たちも、頭を下げる。
「あら、よろしいのではないですか?春海さんたちは普段から、薙刀と稽古しています。空手や柔道、ボクシングは、間合いや呼吸が違います。お互いに、良い経験になると思いますよ。」
静子先生が、あっさりと賛成した。
「ふむ、分かった。では、ルールを定めよう。中学生の皆には、剣道の防具をつけてもらう。春海たちの得物は、普通の竹刀じゃ。空手とボクシングは、普段の技を使ってもらおう。1本の判定は、それぞれのルールでよかろう。ただし、柔道の投げ技は禁止じゃ。体格差が大きいし、春海たちは受け身の稽古はしておらんからのう。投げ落とされたら、ケガだけでは済まんじゃろう。投げ技に入る前の、相手をつかんだ時点で1本とする。それぞれの師範やコーチがおるのじゃから、審判に立ってもらうこととしよう。春海たちは、剣道のルールで戦うことにする。禁じ手はなしじゃ。春海たちは、面のほか左右の胴、左右の小手も1本とする。試合時間は3分。三本勝負。
これでどうじゃ?」
「「「「「ありがとうございます。」」」」」
「では、そちらの試合順を決めなさい。
さて、剣持道場の皆よ。聞いての通り、他流稽古を行うことになった。わしも空手や柔道、ボクシングとの他流稽古は初めてじゃ。間合いの取り方、技を出すタイミングなど、学ぶことは多いことじゃろう。しっかり見ておくことじゃ。」
一番手は柔道の使い手だ。
「安和二中、2年。柔道二段。橋本康と申します。お願いします。」
橋本さんは、かなりの大柄の中学生だ。
「では、沙紀。相手をしなさい。」
サキは面小手をつけて、臨戦態勢だ。
「サキ、。柔道家は、捕まれたらおしまいだから、間合いを取って戦おう!」
あたしが、アドバイスすると、サキは、
「・・・ん、・・・まかせる!・・・」
と前に進み出た。互いに開始線に進む。
「ソリャー!」
試合が始まると、すぐに橋本さんは、手を大きく開いて気合声を出す。
「エイー!」
サキも、1歩進んで気合声を出す。相変わらずの美しい重心移動で、1歩2歩と間合いを詰める。
「セーイ!」
橋本さんが、両手でサキの稽古着の襟をつかもうとした。その瞬間、
「タアー!!!」
サキは斜め振りで、橋本さんの両手を弾き飛ばし、大きく前にジャンプして、面を打った。
「面あり!」
剣持先生が手を上げる。柔道家の先生も、手を上げて大きくうなずいていた。
「ジャンプ面は、あたしの得意技なんだけど・・。みんな使えるの?」
あたしが聞いてみると、
「当然なのです。みんなで、どれだけ高く跳べるか、競争していたのです。」
「稽古の~ない日に~、公園で~、木の枝に~向かって~ジャンプしていたの~。」
ミオとナナが、いい笑顔でうなずいた。
「それにしても、すごいジャンプだよ。60cmは跳んだんじゃない?」
橋本さんは身長170cmは超えていそうだ。サキは100cmぐらい。竹刀の長さを考えても、ありえない大ジャンプだ。
「でも、バレーやバスケの選手は、もっと高く跳ぶんだろう?」
ユカがすまして答える。いやいや、何を言ってるのかな?小学1年生で30cm跳べたらすごいんだよ?60cmなんてありえないよね?分かっているのかな?
「おとなを相手に、ジャンプ面を決めるハルには、言われたくないな。」
ユカがからかってきた。すみません、あたしが一番ありえませんでした。今なら、垂直跳びで70cmいけます。
二本目。今度もサキから間合いを詰める。橋本さんは、ジャンプ面を警戒している。
「タアー!」
サキが気合声とともに、大きく前に出た。橋本さんは、一瞬動きが止まる。
「胴ー!!!」
橋本さんが、面を防ごうとして手を上げたところを、サキが胴打ちに飛び込んだ。
「胴あり!」
柔道家の先生が、大きな声を出す。サキの胴打ちは、橋本さんの胴と垂れの間ぐらいを打っていた。剣道のルールでは有効打突とはならない。しかし、柔道家の先生は橋本さんに話しかける。
「本来の胴打ちから見ると、少し下を打ったようだが、これが真剣であれば、橋本君の腰が斬られていた。何よりも、橋本君は沙紀さんの気合にのまれ、動きが止まっていた。橋本君の負けだ。これからも、稽古を積みなさい。」
「はい。ありがとうございました。」
橋本さんは、素直に引き下がった。
二人目は、ボクシングのジャージを着て、防具を身につけている。
「安和二中 1年。ボクシングフライ級、4回戦。溝口悟です。お願いします。」
身長は150cmぐらいだが、ひょろりとした体格の溝口さんが頭を下げる。
「ふむ。では、美央が立ち合いなさい。」
剣持先生が告げる。副審は柔道家の先生から、ボクシングのコーチに変わった。
「ミオ。ボクシングには、蹴りはないけど、スピードはかなり速いよ。気を付けてね。」
あたしが声をかけると、
「任せるのです!わたしも、12月の大会から、稽古を積んだのです!」
ミオは、自信満々に答えた。
二人が開始線に立つ。ミオは中段の構え。溝口さんは、やや右半身のファイティングポーズを取った。
「始め!」
号令とともに、ミオが右ひざの抜きを作りながら、前に出る。しかし、溝口さんは、ミオを中心に円を描くように右に回り始め、小さくステップを刻みながら、間合いを計っている。ミオは、溝口さんの胸のあたりに剣先をつけて、左に回る。
間合いが詰まった。溝口さんは、右手でミオの面にジャブを放つ。
「小手ー!」
その瞬間、ミオが左足の抜きを決め、溝口さんの右側に移動して小手を打った。
「小手あり!」
剣持先生の声と同時に、ボクシングコーチの先生も手を上げる。
「ミオの足さばきは不思議だね。動き出しが、見えないよ。」
ユカが感心したようにつぶやく。ミオは、12月の大会で、ひざの抜きを読まれた。それから、色々な間合いやタイミングで抜くこと、抜いた後の身体の位置を変えることを目標に稽古をしていた。今では、ばあちゃんの薙刀を相手にしても、ひざの抜きからの小手や面を打つことができるようになった。
溝口さんは、何が起こったのか分からないのだろう。右手を出した姿勢のまま、呆然と固まっていた。
「溝口君。君は手首を斬られたのだよ。」
ボクシングコーチが、声をかける。
「は・・はい。」
溝口さんは、動揺を抑えるようにして、開始線に戻った。
二本目。今度は溝口さんは、真っすぐに前に出て来る。ミオも前に出て、互いの間合いに入る。溝口さんが、右半身から左半身にスイッチし、その反動で右の拳を放った。
「胴ー!」
ミオは右ひざの抜きを使って、溝口さんの右ストレートをかいくぐり、胴打ちを決めた。
「胴あり!」
溝口さんは、その場でがっくりとひざをついた。
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