竹刀の剣士、異世界で無双する ハルミ編 その31
「竹刀の剣士、異世界で無双する」の第2部です。ヨウスケの娘のハルミとその周りの人たちの活躍をお楽しみください。
この小説は、毎週木曜日に更新する予定です。
31 少年剣道大会 個人戦 その壱
いよいよ、少年剣道大会の日が来た。会場は、段級審査会を行った安和市中央体育館。受付の開始は午前8時だが、7時にはあたし達も会場に着いて、切り返しや基本打ちをして体を温める。何しろ、冬の大会なので寒い。会場には暖房器具はなく、観戦の親さんたちも、分厚いコートを着ている。クミさんたちファンクラブの三人も、分厚いコートを着て、撮影やスケッチの準備をしていた。選手のあたし達は、稽古が終わると体を冷やさないように、防寒用のスポーツコートをはおる。剣持先生が受付を終えて、みんなを集めた。
「今日のプログラムを渡す。団体戦のチームには一部ずつ。個人戦は、学年ごとじゃから、各学年代表に一部ずつじゃ。会場図をよく見て、試合に遅れんように移動しなさい。また、試合の進み具合で、コートが変わることもある。放送が入るので、よく聞きなさい。」
剣持先生がそう言って、プログラムを配った。団体戦チームの代表や、学年の代表が受け取る。あたしはCチームの代表と同時に1年生の代表でもあるので、プログラムを受け取った。それぞれのチームや学年には親さんの代表も付き添って、確認してくれる。プログラムを見ると、午前中は個人戦、昼食後に団体戦が組まれていた。
「みんな、まずは個人戦だよ!精一杯頑張ろう!自分の試合のほかにも、仲間の応援を忘れないようにね!」
あたしは、1年生のみんなを集めた。1年生は全部で八人。ユカたち以外の三人も、よく稽古しているので、強くなっている。
午前8時半になり、開会式が始まった。みんな道場やクラブ、中学校の部活ごとに整列して、正座をする。
「正面に!・・・礼!」
「互いに!・・・礼!」
司会の号令で、全員が礼をする。そのあと、えらい人たちが話をして開会式が終わり、各会場に分かれる。中央体育館のフロアは広いので、試合用コートは8面作ってあった。剣道の試合は、10m四方のコートで行う。コートは白いテープで囲まれ、中心を示す×印と、開始位置を示す横線にテープが貼られている。あたし達1年生は、第6コートに移動した。コート脇には、プログラムと同じ個人戦のトーナメント表が張り出されている。その隣にクミさんたちが陣取って、撮影とスケッチの準備をしていた。1年生は全員で30人ほど。あたしは、第一試合はシードされているので、応援に回る。あたし達の道場で、最初の試合はサキからだった。
「サキ!ファイト、なのです!」
「いつも通りに、戦えばいいんだよ!」
みんながサキに声をかける。
「・・・ん、・・・頑張る!・・・」
サキは静かに燃えていた。
サキの相手は、別の道場の大きな男子だった。垂れには、柴崎と書いてあった。柴崎君は、1年生とは思えない体の大きさだ。身長95cmのサキがかなり小さく見える。でも、サキはまっすぐに頭を上げて、柴崎君を見つめている。柴崎君も、小さなサキを見下ろしている。互いに礼をして、開始線に進み、中段に構えて蹲踞する。
「始め!」
審判の号令で、二人がすっくと立ちあがった。柴崎君が駆けだそうする。しかし、サキがその前にすすっと二歩詰めた。重心のぶれない、美しい摺り足だ。柴崎君は、前かがみのまま一瞬硬直した。その瞬間、サキが跳んだ。
「小手ー!」
サキが柴崎君の小手を打って、右横に抜け、振り返って残心を取る。まったく重心がぶれない、美しい踏み込みだった。柴崎君は、何をされたのか分からないだろう。あたしにも、あんな踏み込みはできそうにない。とんだりはねたりする癖がついちゃったのかも・・・。
「小手あり!」
審判が三人ともサキの白旗を上げる。柴崎君が1歩も動いていないのに、1本を取ってしまった。これがサキの実力なんだ。静子先生がほめたのは、この重心のぶれない美しい動きなんだ。
「ほお~。」
隣のミオが頬を赤らめている。
「改めて見ると、サキの技は美しいのです・・・」
コートの脇を見ると、クミさんたちも鼻にティッシュを詰めてウルウルしている。
サキが開始線に戻り、中段に構える。
「二本目!」
審判の号令がかかる。今度は柴崎君は、慎重に攻めることにしたようだ。中段の構えのまま、じりじりと詰めて来る。サキは、開始線から1歩前に出た後、じっと動かない。草むらに隠れて、獲物をじっと待つ狩人のようだ。柴崎君が間合いを詰め、あと少しで一足一刀の間合いに入る時、サキが竹刀をすっと下げた。意表を突かれたのか、柴崎君がつられて手元を上げた。その瞬間、
「小手ー!」
出端小手を打って、体当たりをした。その反動で、一気に距離を取り、再び中段に構えて残心を取る。
「小手あり!
勝負あり!」
サキが、たった二振りで勝負を決めてきた。道場のみんなも、親さんたちも、大きな拍手をした。クミさんたちは、鼻と口を押えて、悶えている。
「サキ、すごかったよ!」
「やったのです!」
みんなが戻ってきたサキの背中をたたく。
「・・ん、・・・頑張った!・・」
サキも、満足そうにしていた。
その後、あたし達剣持道場の1年生は、全員が2本勝ちをした。
続いて、2回戦。シードされているあたしには初戦になる。相手は、別のクラブの女子だ。1回戦では、小手と胴を取っていた。体格はあたしと同じくらい。竹刀の操作は、かなりうまいようだ。垂れには水城と書かれていた。
互いに礼をして、開始線に進む。竹刀を抜いて、中段に構えながら、蹲踞をする。後ろから大きな拍手が聞こえた。みんなが応援してくれている。サキやユカたちの素晴らしい技が、気持ちを高めてくれる。
「始め!」
審判の合図で、すっと立つ。水城さんは大きく1歩前に出ると、
「やあー!」
と、気合声をかけた。あたしも1歩前に出て、
「たあー!」
と、気合声をかけた。
水城さんは目を大きく見開いて、あたしを睨みつけてきた。あたしは、逆に目を細めて、相手の全体を見るようにする。静子先生に教わった三角の目付けだ。自分の目と、相手の頭とつま先をむすぶと三角形ができる。この三角を意識することで、相手の姿勢や動き、視線の全体を見ることができる。そして、目を細めることで、相手に視線を読まれにくくする。静子先生に繰り返し教えられ、だいぶ身についてきた。こうして見ると、確かに相手の狙いが分かる。水城さんはあたしの面をまっすぐに睨みつけている。左足にも、やや力が入っているようだ。間合いに入った時、大きく踏み込んで、素早く面を打つもりだろう。
以前のあたしなら、
「相打ち上等!」
とばかり、自分が面を打つことしか考えなかっただろう。でも、今はちがう。相手が面を狙っているのなら、出端小手を打つとか、抜き胴を打つとか、相手の面打ちを擦り上げて面を打つとか、作戦はいくつもある。
あたしは、相手を誘うことにした。サキの美しい姿勢を意識して、重心をブレさせないように半歩下がる。水城さんは誘われるように、1歩前に出た。しかし、不用意な1歩だったのか、左足の力が抜けた。先に仕掛けるか、あたしの動きを見定めるか迷っているようだ。ここがチャンス!あたしはすっと前に出た。水城さんはしまったとばかり、慌てて左足にためを作る。でも、もう遅い。
「面ー!」
あたしは、大きく踏み込んで面を打ち、水城さんの左側を抜け、振り返って残心を取る。
「面あり!」
審判が、あたしの赤旗を三本上げる。コートの外から、大きな拍手が鳴り響いた。いつの間にか静子先生が応援席に座り、うなずきながら拍手をしていた。あたし、先生の教え通りにできましたよね。目線で静子先生に問いかけると、先生も大きくうなずいてくれた。
開始線に戻り、中段に構える。
「二本目!」
審判の号令で、今度はあたしからスススっと間合いを詰める。水城さんは前に出ようとしたところで、あたしの動きを見て止まった。大きく目を開いたまま、固まってしまったようだ。
「小手ー!」
あたしは、水城さんに体当たりをし、その反動で後ろに跳んで間合いを取り、中段に構えて残心を取った。
「小手あり!」
赤旗が三本上がった。
応援席に戻ると、みんながあたしの背中や、胴をたたいてくる。
「ハル~!すごかった~!」
「やっぱり、ハルは強いのです!」
みんな笑顔だ。あたしは、静子先生の前に正座して、礼をした。
「先生、お願いします。」
「春海さん、とてもよい立ち合いでしたね。動きの無駄が減りました。それに目付もうまくなりました。」
「はい!サキを見習って重心を意識しました。」
「とても、よろしい。でも、意識しなくても重心がぶれないように稽古を重ねなさい。」
「はい!ありがとうございます。」
「それと、春海さんの今の相手、水城さんだったかしら?あの子にもあいさつをしていらっしゃい。」
静子先生が、コートの反対側を指さす。見ると、水城さんが面を取り、手ぬぐいを目に当てている。肩が震えているようだ。隣にお母さんらしい人が座って、背中を撫でている。
「あの子も、幼稚園のころから強かったのよ。今日は、あの子も初めての試合。1回戦を見事に勝って、仲間や家族の期待に応えたわ。でも、今の試合で、何もできなかった。きっと悔しくて、情けなくて、つらいでしょうね。」
「あたし、何と言えば・・・?」
負けた相手に、勝った者が何と声をかければいいのだろう?何を言っても、嫌味にしか思われないような気がする。
「武道は、相手があってこそできるものです。あなたに必死に向かってきた水城さんに、心から感謝を伝えてきなさい。」
「・・・はい。・・」
あたしは静かに立ち上がると、深呼吸をして姿勢を正した。コートをぐるりと半周して、水城さんの前に行く。水城さんは、静子先生の言う通り、手ぬぐいを目に当てて、嗚咽を漏らしていた。
「・・・ひっく・・ぐすん・・・く・・くやしいよう・・・」
「真奈はとてもよく頑張ったわ。素晴らしい試合だったわよ。」
水城さんの隣で、お母さんらしい人が優しく声をかけながら、背中をさすっている。
あたしは、そんな二人の前に来ると、正座をして深々と礼をした。そして、頭を下げたまま、
「ありがとうございました。水城さんのおかげで、稽古してきた技の意味が分かりました。また、あたしの相手をしてください。」
と、お礼を言った。頭を上げると、水城さんは手ぬぐいを外して、真っ赤にした目を見張っていた。隣のお母さんも驚いた顔をしていた。あたしは、もう一度頭を下げて、
「では、失礼します。」
と声をかけ、自分の応援席に戻った。
剣持道場の1年生は、全員2回戦も勝ち上がった。これで、1年生の部のベスト8が出そろい、全員が剣持道場の子たちになった。ここからは、同門対決だ。お互いに普段から稽古をしているので、技の特徴や、弱点も知り尽くしている。やりにくい試合になる。
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