竹刀の剣士、異世界で無双する ハルミ編 その29
29 モミジのあいさつ
夢中で稽古をしていると、剣持先生が、太鼓をドンドンドンと3回鳴らした。もう、終了の時間だ。フウッと息をついて、道場の端に行き、正座をして面を取る。水筒から一口飲んで、ほぅーっと息を吐いた。
(ところで、わらわの紹介は、いつしてくれるのじゃ?)
頭の中に、モミジの声が聞こえた。そうだ、完全に忘れていた!ばあちゃんと静子先生の薙刀のことで、頭がいっぱいだった!
(でも、今まで誰も、モミジに気が付かなかったの?)
あたしは、照れ隠しに聞いてみる。
(うむ、わらわは姿を消すことはできぬが、気配を断つことはできる。今日は、ずっと気配を断っておったのじゃ。じゃから、わらわの姿が見えても、誰も気にせぬようになっておった。)
(そうなんだ。でも、モミジのことを道場のみんなに広めちゃっていいの?)
(そうじゃな。稽古に来ている子どもたちの中には、わらわが気持ち悪く感じる者もおった。じゃが、道場の師範と、奥方、師範代の者たちには紹介してほしい。もちろん、他言無用とすることじゃ。)
(分かった。稽古に来ている子どもたちが帰ったら、モミジを紹介することにする。)
(うむ、頼む。)
稽古に来ている全員が、剣持先生の前に整列する。
「今日は、薙刀との稽古もあり、戸惑うことも多かったと思う。しかし、剣道は武道じゃ。試合ではルールがあり、スポーツのように勝ち負けを競うが、剣道の本質はそこではない。いつ、どんな時でも、どんな相手とでも戦うべき時には戦うのが武道なのじゃ。薙刀とは、武器が違う、ルールが違うと思った者は、武道としての剣道を理解していないと言えるじゃろう。
これからは、静子先生と友子先生にも稽古に参加してもらう。無論、剣道には無い動きや、不可能な技もある。そういう技も含めて、間合いや読みを学んでほしいと思う。」
剣持先生の総括を聞く。その通りだ。ダイスケたちも、カズキさんたちも、剣道のルールで戦ってはいない。あの人たちに剣道のルールとは違うから、戦えないと言っても、何言ってんだ、と返してきただろう。
全員で、礼をして稽古を終える。みんなが片付け始めているところで、あたしは母さんにお願いした。
「剣持先生と、静子先生、師範代の先生方に話があるの。少し残ってもらいたいの。」
「それは、モミジ様のことね?」
母さんは察しがいい。
「うん。モミジが、挨拶したいんだって。」
と答えた。母さんは、早速剣持先生に話しに行った。
「ふむ。重要な話なんじゃな。よかろう。この後、中学生と成人の稽古があるが、少しなら時間を取れるじゃろう。」
小学生のみんなが帰った後、剣持先生は道場の入り口に、
「所用により、7時半より稽古を行う。しばらく待つように。」
という紙を貼って、鍵をかけた。師範代の先生方は、何が起こっているのか分からず、動揺している。
「お主ら、仮にも武道を志すものじゃろう。突然のこととは言え、それほど動揺して何とする?修行が足りんぞ!」
剣持先生の一喝がとんだ。
道場の正面中央に剣持先生、隣に静子先生が座る。その両脇に師範代の先生方が着座した。
対面に、じいちゃんを中心に、ばあちゃん、母さん、あたし達五人が正座する。
「それで、話とは何じゃ?」
「はい。春海から説明いたします。」
母さんの答えに合わせて、あたしはサキに目配せする。サキがモミジを抱いていたからだ。サキは、あたしの合図に、ひざ摺りで少し前に出る。
(モミジ、気配を表して。)
あたしがお願いすると、先生方にもサキのひざにのっていた小ぎつねが分かるようになった。
「なんと?狐ではないか?」
「可愛い小ぎつねですね?でも、今までどこにいたのでしょう?」
剣持先生と、静子先生が不思議がる。師範代の先生方も、息をのんでいる。
「この、小ぎつねは、お稲荷様のお使いです。あたし達の家の祠に400年もいて、町を見守っていたそうです。名前はモミジと付けました。300年ぶりに姿を現すことができて、あたし達の稽古が見たいというので、連れてきました。モミジは、先生方に、挨拶がしたいそうです。」
あたしが説明すると、モミジが頭の中に語り掛ける。
(わらわは、この道場が気に入った。300年前のころより、皆が熱心に取り組んでおる。ここは、気持ちのいいところじゃ。)
「モミジは、この道場が気に入ったと、言っています。300年前の剣持道場より、気持ちがいいそうです。」
あたしは、モミジの代弁をする。
「お稲荷様のお使いに、気に入っていただけたのなら、ありがたいことでございます。」
静子先生が、頭を下げる。
「これからも、道場主として、精進いたします。」
剣持先生も頭を下げた。師範代の先生方も、黙って頭を下げる。
「それと、モミジのことは、先生方の心にしまっておいてほしいそうです。」
あたしが付け加える。
「承知いたしました。モミジ様の御意のままにいたします。」
剣持先生が再び頭を下げた。
「ところで、モミジ様のお言葉を聞けるのは、春海さんだけなのでしょうか?わたしくたちは、直接お言葉を聞くことはできないのでしょうか?」
静子先生が、モミジを見つめる。
(ここの皆は、わらわと波長が合いそうじゃ。あとは修練次第と言っておくのじゃ。)
「モミジは、先生方の修練次第と言っています。」
「おお!それでは、わしらも、直接モミジ様と語ることができるかもしれんのですな!これは、これまで以上に励まなければ!」
剣持先生が、声を上げる。静子先生も師範代の先生方も、うなずいている。
「これからも、遠慮なく道場においでください。何を準備すればよいでしょうか?やはりお稲荷様は、油揚げを好まれるのでしょうか?」
静子先生が問いかける。
(うむ、わらわは今の時代のスイーツとやらに興味があるのじゃ。)
ええーっ?そんなこと言っていいの?ただの、食いしん坊になっちゃうよ?
(よいのじゃ!わらわはスイーツが所望じゃ!)
「ええっと。モミジは、甘いお菓子がほしいそうです。」
(ぷりんとか、くっきーとか、ちょこれーとにも、興味があるのじゃ!300年前にはなかったからのう。)
「プリンや、クッキーや、チョコレート・・300年前にはなかったお菓子に興味があるそうです。」
あたしは、言ってて情けなくなった。これじゃあ、あたしが食いしん坊みたいじゃん?まあ、あたしも甘いお菓子は大好きだけどね。
「承知しました。今の時代には、昔にはなかった甘いものが豊富にあります。きっとモミジ様もご満足いただけるでしょう。」
静子先生が答える。丁寧な言葉遣いだけど、笑いそうになってる。剣持先生も、師範代の先生方も、吹き出すのをこらえている。じいちゃんやユカ達も、口やおなかを抑えている。
(うむ、楽しみにしておるぞ。)
モミジは、みんなの様子に気が付かないようで、すましてエジプト座りをしていた。
「・・いや、・・なんとも、ゆかいなお方じゃ。・・それでは、今後ともこの町を見守ってくだされ。」
剣持先生が、吹き出すのをこらえながら、この場を締めた。
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