竹刀の剣士、異世界で無双する ハルミ編 その21
「竹刀の剣士、異世界で無双する」の第2部です。ヨウスケの娘のハルミとその周りの人たちの活躍をお楽しみください。
この小説は、毎週木曜日に更新する予定です。
21 稲荷の剣 その弐
戦国時代のころ、京都の伏見稲荷の近くの村に一人の剣術使いが住んでいた。名前は、源之助。苗字は伝わっていない。源之助は、毎日畑仕事の合間に木の棒を振って、稽古をしていた。そして、とても信心深く、毎朝伏見稲荷の階段を走っては本殿に行き、お参りをしていた。
その頃、京都には鞍馬流という有名な剣術道場があった。源之助も鞍馬流に憧れて入門したかったが、貧しい農家の源之助にはお金がなかった。その頃の剣術は、お金のある人しか習えなかったのだ。仕方がないので、3日に1度、源之助は鞍馬流の道場に行き、腰窓から稽古を覗いては、鞍馬流の型を見て覚え、家に帰っては木の棒を振って、型をなぞった。その頃は、まだ竹刀と言うものはなく、稽古と言えば木刀を振って型を覚えることだった。
何年かたち、木の棒を腰に差して、鞍馬流の道場を見に行ったり、畑の傍らで熱心に型を稽古する源之助は、人々のうわさになった。
「とても強い剣術使いが、伏見にいるらしい。」
「あれは、天狗に剣術を習ったんだ。」
天狗の剣術と言えば、鞍馬流こそが本家だ。何しろ、あの有名な牛若丸に剣術を教えたのが、鞍馬の烏天狗。その流れをくむのが、鞍馬流だ。人々はそう思っていたし、鞍馬流の弟子たちもそう思い込んでいた。そこに源之助のうわさが聞こえてきた。
「うむ、天狗の剣術を名乗る偽物が現れたか。けしからん、成敗だ。」
と言うわけで、鞍馬流の高弟の一人が、源之助のところに行くことになった。
ところが、源之助は純粋な人だった。鞍馬流の高弟が来ると聞いて、大喜びで、貯めてあった銭をすべて使ってご馳走や酒を買い、住んでいたあばら家を直し、ボロ服を繕って、高弟を迎えた。そして、ご馳走をすすめ、酒を飲ませ、剣術の話をせがんだ。高弟もいい気分になって、鞍馬流のことを色々話した。源之助は剣術の話をたいそう喜んだそうだ。それで、高弟もいい気分で帰ってきて、鞍馬流の弟子たちに話した。
「あやつの剣術は、全く大したことはない。天狗の剣術なんて、とんでもない。町のただのうわさに過ぎない。」
こうして、源之助は知らず知らずのうちに、最初の危機を乗り切った。
そのあと、源之助にも家族ができた。家族と言っても、結婚したわけではない。身寄りがない子どもたちや、盗賊に襲われていたところを助けられた商人たちが、源之助と一緒に暮らし始めたのだ。そして、その人たちも源之助と一緒に稽古を始めた。毎日伏見稲荷の階段を走って登り、お稲荷さんにお参りする。畑を耕しては、合間に型の稽古をする。商人たちは、近くの村や町に行っては物の売り買いをして、村に富と情報を持って帰ってくる。そんな人たちが増えてきた。ある時は、村を襲った野犬の群れを追い払った。またある時は、街道を襲う盗賊をこらしめたりした。源之助とその家族は村の人たちに大切にされた。いつの間にか、源之助の家族は増え、畑も増えた。源之助は、家族みんなで森を切り開いて新しい畑を作ったのだ。貧しい村は、とても豊かになった。村人たちは源之助に感謝して、食べ物や布を持ってきた。しかし源之助は、「お稲荷様のご加護だから」と言って、食べ物を京都の孤児たちに分け、布はお稲荷様に奉納した。自分はいつも着た切り雀の格好で、腰に木の棒を差し、家族とにぎやかに暮らしていた。
そんなある日、村を嵐が襲った。今で言う台風だ。村のほとんどの家は壊れ、稲は倒れ、おまけに川があふれて、洪水になった。豊かになった村は、一晩でボロボロになった。それでも、源之助はめげなかった。
「もう一度、やり直そう!」
そう言って、源之助と家族は村の立て直しに取りかかった。村人のほとんどは、源之助と一緒に働いたが、何人かは、村のお金を持って逃げ出した。
逃げ出した村人の中に、佐吉という男がいた。佐吉は体が大きく、力も強かったが、怠け者だった。自分では働かないが、人一倍ごはんを食べた。いつも源之助や村人が差し入れるごはんに頼っていた。普段は役に立たない佐吉だが、気が向くと森の開墾を手伝うし、村祭りの相撲大会では活躍するので、村で養っていたのだ。
その佐吉が、村のお金を持って逃げ出した。そのお金を使って、身なりを整えた。そして、
「わしは諸国を回る、相撲取りだ。悪い鬼は、わしの四股で踏みつぶす!」
と言いふらした。その頃は、相撲取りの四股は悪いものを踏み潰す神様の足だ、と信じられていた。佐吉は、盗賊が入った店に行っては四股を踏み。病人がいるお屋敷に行っては、四股を踏んだ。神社の相撲大会に出ては、勝ち進んだ。四股のお礼や、相撲の祝儀で、あっという間に金持ちになった。金持ちになって贅沢を覚えると、ますます怠け者になり、酒ばかり飲んで暮らすようになった。そして、働かなくなった。たまに四股を踏む依頼が来ても、礼金のいいところにしか行かない。時たま高い礼金が出るので、四股を踏んでも、酒びたりの体で、まともに四股が踏めない。神社の相撲大会に出ても、あっという間に負ける。それで、佐吉はどんどん人気が落ちていった。
佐吉は、自分の境遇を恨んだ。そして、考えた。一体、誰のせいでこうなった?そうだ、あの村が悪いんだ。あの村がもっと自分を大切にしていたら、あんな嵐は来なかった。その証拠に、俺が産まれてからは、村は豊かになったじゃないか。俺はそこにいるだけで、村を豊かにしていたんだ。俺の四股は悪いものを踏みつぶす、神様の四股だ。俺は神様の使いなのだ。そんな俺を村の奴らは、役立たずと追い出した。村に天罰を与えるんだ!
そう考えると、佐吉はすぐに行動した。持っていた銭を全部使って乱暴者を集め、武器を揃えて、村を襲う計画を立てた。その計画を酒場で聞いた商人が村に教えてくれた。以前、源之助に助けてもらった商人だった。村人たちは驚いた。佐吉の知り合いは村にたくさんいる。なかには、佐吉に同情している人もいる。源之助も、その一人だ。でも、佐吉が20人もの武装した乱暴者を連れて来ると聞いて、源之助も決心を固めた。
「佐吉は、私が相手をします。他の乱暴者も、私の家族が戦います。村のみんなは、伏見稲荷や森に隠れてください。やっと嵐から立ち直りかけたこの村を、荒らすことはできません。戦いは、村の外で行います。」
源之助の決心に心を動かされた村人たちは、源之助と家族にそれぞれの家にある、武器や鎧を
貸すことにした。源之助は、自分のためには受け取らず。一緒に戦う家族の分を借りることにした。そして家族と伏見稲荷に行き、お参りの後、珍しく祈った。
「伏見稲荷様、いつもご加護をありがとうございます。今回は、元は村の仲間だった佐吉が村を襲って来ます。村の為に戦う家族を、お守りください。そして、佐吉と戦う私をお許しください。」
源之助の家族は、源之助が死ぬ気ではないか?と思ったらしい。
源之助達は、村を出ると橋を渡り、荒れ地に陣を構えた。陣の周りに浅い穴を掘り、自分は陣の外に出て、他の人には、陣の中で戦うように言いつけた。
待っていると佐吉を先頭に、乱暴者が20人、刀や槍を持ってやって来た。佐吉は源之助に、声をかけた。
「出迎え、ご苦労!神の使いのわしを村に案内し、もてなすがいい!」
源之助は、答えた。
「ものものしいお侍を、こんなに連れて、何のご用ですかな?」
「うるさい!わしを早く村に連れて行け。村に神の恵みを与えて取らそう。」
「神のご加護なら、稲荷様からいただいております。あなたの恵みは、必要ありません。」
「貴様、わしを、バカにするか?神に対する侮辱じゃ!
者共、かかれ!」
その合図で佐吉の手下の乱暴者は、一斉に駆け出した。
でも、陣の周りの穴が勢いをそいだ。穴にはまって転ぶ者。前の者につまずいて、自分も転ぶ者。転ぶことを警戒して、慎重に進もうとする者。いずれも、待ち構えていた源之助の家族に叩きのめされ、武器を取り上げられて、縛り上げられた。
さて、佐吉は源之助と対峙しながらも、次々に打ち取られていく乱暴者たちに、イライラを募らせていた。
「何という情けない奴らだ。大金をはたいたのに・・・・。」
「佐吉、どうする?お前の手下は、もういなくなるぞ?」
「うるさい!こうなったら、わし自らお前を血祭りに上げてやる!覚悟せい!」
ドスドスと走って来る佐吉を、源之助は迎えうつ。木の棒を上段に振りかぶり、佐吉の頭に振り下ろした。
「たあー!」
源之助の気合いが響く。その瞬間、木の棒が、ピカッと光った。
源之助も、佐吉も、村人も乱暴者たちも、源之助の打ち込みが光ったので、驚いた。中には、光が見えなかったものもいたらしい。
その後、怠け者の佐吉はすっかり心を入れ替えて、働くようになった。乱暴者たちも、真面目になって、村に住んで、働きだした。おかげで、嵐で壊滅した村は、みるみる復興したらしい。
「これも、稲荷様のご加護だ。」と言って、源之助はますます熱心にお参りし、剣術の稽古にも励んだということだ。
「この後、源之助の剣術は「稲荷の剣」と呼ばれるようになった、と言うことです。
どうですか?春海の剣と似ていませんか?」
母さんは、長い話の後、ニッコリとほほ笑んだ。
「似ています。仲間が集まるところとか、村を守るところとか、佐吉を倒すところとか・・・。」
良子さんが、うなずく。
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