竹刀の剣士、異世界で無双する ハルミ編 その0 プロローグ
皆さま、お久しぶりです。
「竹刀の剣士、異世界で無双する」では、たくさんの方の応援をいただき、ありがとうございました。
第2部 ハルミ編 を始めるにあたり、プロローグを投稿します。このお話は、ヨウスケが失踪した後から始まります。まずは、ヨウスケの失踪後の妻の美和子の状況を書いてみました。暗い雰囲気になりましたが、家族が突然いなくなればこうなるよなあ、と思いながら書きました。
0 プロローグ
「はぁ~・・・。」
矢賀美和子は、疲れていた。
今日は2018年12月20日。いつものように図書館の仕事を終えて、アパートに帰り、2歳の娘の春海にご飯を食べさせて、お風呂に入れて寝かしつけた所だ。ダイニングで一人、お茶を入れて、休んでいると思わずため息が漏れた。
「洋祐さん・・・。どこへ行ったんだろう?」
今月の11日。剣道の合同稽古に出掛けた夫の洋祐は、帰ってこなかった。ケータイに連絡しても、繋がらない。警察に色々と聞かれたけど、心当たりがないとしか言えない。警察の担当者は、夫婦仲を疑って、夫が我慢できずに失踪したようなストーリーを押し付けて来る。美和子は、夫婦仲が悪かったとは全く思っていない。自分は洋祐を愛し、尊敬していたと思うし、洋祐も自分を大切にしてくれていたと思う。でも警察官が、
「夫婦喧嘩で、ひどい言葉を言ったのではないか?」
とか、
「妻が、小さい子どもを幼稚園に預けて、働くことに不満を持っていたのではないか?」
とか、
「子どもの世話にかまけて、夫をないがしろにしていたのではないか?」
とか言うような、心無い質問をしてくると、涙が出そうになる。
夫婦喧嘩が全くなかったわけではないし、2歳の娘を幼稚園に預けているのも事実だ。娘の世話を優先するため、仕事から疲れて帰ってきた洋祐に風呂の準備をさせたこともある。
「でも、洋祐さんは理解してくれていた・・・・はず・・・」
夫婦喧嘩なんて、どこの家にもあるだろうし、子どもを幼稚園に預けるのも、当たり前だと思う。赤ちゃんの食事やおむつ替えは大変なので、夫に家事を頼むのも、普通のことだ、と思っていた。でも、現実に洋祐がいなくなり、警察官から問い詰められると、自信がなくなって来る。
「わたしが、悪かったのかしら・・・・?」
そうつぶやいてみても、誰も応えてくれない。そう言えば、洋祐と一緒に剣道の稽古をしたのはいつだったろうか?春海を妊娠する前だったから、3年ほど前だと思うが、とても昔のことに思える。
美和子は、孤独だった。
「ほら、あの人、旦那さんが失踪したそうよ。」
同じアパートの住人からの視線が突き刺さる。
「矢賀さん。大変な時だから、仕事を控えたら?」
親切めかした、同僚の言葉にイライラする。
それでも、何とかこらえて日々の暮らしを保ってきた。現実問題として、娘を育てながら生活を維持するのには、お金がかかる。それよりも、ここで仕事を辞めてしまったら、自分と洋祐の結婚が失敗だったと認めてしまうことになる。それだけは絶対に嫌だ。自分は、洋祐と結ばれたいと思っていた。洋祐も、自分との結婚を望んでいたはずだ。現に二人の愛の結晶が娘の春海だ。美和子は、春海が生まれた日のことを思い出す。
「美和子!よく頑張った!俺たちの娘を産んでくれて、ありがとう!」
洋祐はそう言って、涙を流しながら美和子の手を握ってくれたのだ。あの手の暖かさは嘘ではなかったと、思いたい。
春海は、夜泣きのひどい子だった。夜のお乳をあげて抱っこしていると、すうすうと寝息を立てるが、ベッドにいれたとたんに、火のついたように泣き出したものだ。毎日、洋祐と交代で抱っこしながら春海が落ち着いて眠るまであやし続けた。おかげで、自分も洋祐もひどい寝不足に悩まされたものだった。そんな時も洋祐は、
「赤ちゃんの中には、眠ることが下手な子もいるんだって。そういう子には、付き合うしかないんだよ。」
と、明るく言ってくれたものだった。
春海が初めて歩いた時には、
「美和子!見てよ!春海の歩き方!これって、摺り足だよね!こんなに小さいのに、摺り足ができるんだ!春海は剣道の才能があるよ!」
と、大喜びしていた。赤ちゃんはまだ筋肉が足りないから、足を引きずっているだけなのに。
そんなことを思い出して、クスっと笑ってしまった。笑ったことで、美和子は少し気が晴れた思いがした。
次の日の夕方。美和子が夕食の準備をしていると、ピンポーンと玄関チャイムが鳴った。
「はーい!」
美和子は、急いでコンロの火を消して、玄関のドアを開ける。
「お父さん?お母さんも?」
ドアの前には、洋祐の両親の矢賀隆二と友子が立っていた。
「どうされたのですか?」
義父と義母を招き入れながら、美和子は問いかける。
「いえね。洋祐が突然いなくなって、心配していたのと、孫の春海の顔が見たかったのですよ。」
義母の友子が、靴を脱ぎながら言った。
「それに、もうすぐクリスマスじゃろう?孫にプレゼントをあげたいと思ってのう。相談に来たんじゃ。」
義父の隆二が言った。
玄関での話し声が聞こえたのか、春海がよちよちとやってきた。
「じ~たん?ば~たん?」
「おうおう、春海よ。元気じゃったか?じいちゃんじゃよ。」
「えぇ、ばあちゃんですよ。春海は賢いですねぇ。」
隆二と友子の頬が緩んだ。
「じ~たん!だっこ~!」
春海が、突進した。隆二は、春海を受け止めて持ち上げる。
「おうおう、春海よ。ちょっと見ん間に大きくなったのう。」
「歩き方も、しっかりしてきましたね。美和子さん、一人で仕事と春海の世話は大変でしょう。よく頑張りましたね。」
隆二と友子が、春海の成長を喜んでくれる。それだけで、美和子は心が温まる思いがした。
「今、夕食の準備をしているのです。よかったら、一緒に食べていってください。」
美和子が微笑んだ。
「じ~たん、いっちょに、たべう~!」
春海も嬉しそうだ。そう言えば、洋祐がいなくなってから、いつも自分と春海の二人きりの食事だった気がする。
「本当は、もっと早くに来たかったのですけどね。わたしたちのところにも、警察からの質問が毎日のように来て、大変だったのですよ。」
友子が、ため息をついた。
「お母さん達のところにもですか?」
美和子は驚いた。洋祐は、就職してから実家を出てアパートで独り暮らしをしていたはずだ。いまさら、実家にどんなことを聞きに行ったのだろう?
「えぇ。警察官と言うのは、仕事上とはいえ、失礼なものです。洋祐と美和子さんの仲が悪かったのじゃないかとか、就職してすぐにアパートで暮らしたのは、実家に居づらかったのじゃないかとか、根も葉もないことを質問してくるのです。」
友子が、憤慨している。
「それで、言ってやりました。
警察がどんな与太話を作ろうとも、洋祐と美和子さんは深く結ばれ理解し合っていたし、洋祐が就職とともに家を出たのも、一人前になるためには当然のことだ!ってね。」
「その通りじゃ。洋祐は、自分の意志で独り暮らしを始め、美和子さんをめとり、子どもまで設けたのじゃ。どこにも恥じない、立派な夫婦じゃ!」
隆二が、春海を抱きかかえながら、力強く言った。その言葉に、美和子は目じりに涙が浮かんだ。
「ありがとうございます。あたし達を信じてくださって・・・」
その後は、言葉が続かず、ひたすら義理の両親の手を握って、頭を下げた。
「か~たん!ごぁん!ごぁん!」
春海が、隆二に抱っこされながら、ご飯をせがんできた。
「はいはい、もうすぐできますから、春海は、お父さんとテレビを見ていてください。」
「うん、じ~たん、てぇび、みう~」
春海は、隆二に抱っこされながら、手をバタバタさせた。
「では、わたしは、美和子さんを手伝いましょうかねえ。」
どこから取り出したのか、友子はたすき紐を取りだして、袖をまとめ、割烹着を身につけ始めた。
「では、お父さんと春海は、居間でテレビを見ていてください。お母さんは、台所を手伝ってください。」
久しぶりの、大勢の夕食は、楽しかった。メニューは、ご飯と味噌汁。おでんと野菜の煮物だったけど。いつもよりおいしい気がした。春海にも、基本的に同じメニューだけど、赤ちゃんに食べやすいように、細かく刻んである。
「ハルミも、乳歯が生えてきたようですね。これなら、わたしたちでも、世話ができるでしょう。」
友子が、満足そうにうなずいた。
「あとは、春海のおむつ替えと風呂と、寝かしつけですか・・・私でも、できますね。」
「ばあさん、大丈夫かね?」
「えぇ。任せてください。洋祐の小さいころに比べれば、大したことはありません。」
なんか、隆二と友子の間で、話が進んでいる。
「あの、お父さん、お母さん、どういうことですか?」
美和子は、面くらいながら口をはさんだ。
「うん?あぁ。話しておらんかったか。」
「そうですね。美和子さん?」
友子が居住まいを正す。
「洋祐が、どこへ行ったのかは、分かりません。いつ帰って来るかも、分かりません。そんな状態で、あなた達親子を、このアパートの住まわせるのは、心苦しいのです。美和子さんには、大切な仕事があります。春海にとっても、家族の触れ合いは大切です。
ですから、わたしたちの家に移って来ませんか?幸い、家には部屋の数があります。わたしもおじいさんも現役を退いてはいますが、まだまだ元気です。春海一人の世話をするくらい、大した事はありません。どうですか?思い切って、同居しては?」
それは、美和子にとって思いもよらない提案だった。
「うむ。このアパートは、市の中心部にあるから、買い物や通勤には便利じゃのう。わしらの家は、安和市の北のはずれじゃから、少し不便になる。しかし、わしもばあさんも車の運転はできるし、家には駐車場が3台分はある。
わしも、ばあさんもパートで働いてはおるが、時間の融通はきくものじゃ。美和子さんと春海が住んでくれても、まったく構わん。と言うよりも、一緒に住んでほしいんじゃ。そうすれば、わしらも美和子さんの力になれるし、何より可愛い春海を近くで育てることができるからのう。」
隆二から、後押しがあった。
「これが、わしらからのクリスマスプレゼントじゃ。どうか受け取ってはもらえんかのう?」
隆二は、上目遣いに美和子を見つめた。美和子の視線の先には、お腹を一杯にして、幸せそうな春海がいる。
「ありがとうございます。
正直言って。洋祐さんは見つからないし、春海は大きくなるしで、これからどうしようと悩んでいたところです。わたしの実家は市内ですけど、まだ、結婚前の子どもがいるので、頼ることは難しいと思っていました。
矢賀家に入らせていただけるなら、これほどありがたいことはありません。」
「それでは、善は急げと言いますからね。明日1日で、荷造りをして、引っ越しをしましょう。なあに、心配はありません。おじいさんの昔馴染みが荷造りと荷運びの手伝いに来てくれますよ。」
「うむ。2tトラックが2台もあれば十分じゃろう。お礼は、美和子さんの晩ごはんでよい。」
「そんな・・・。本当に、それでよいのですか?」
「大丈夫じゃ。すでに話はつけてある。明日の朝、9時ごろに、荷造りの人をよこす。引っ越しは、午後じゃ。」
あれよあれよと言う間に、引っ越しの手はずが決まっていった。
「じ~たん、ば~たん、いっちょ~?」
春海が不思議そうに聞いた。
「そうじゃよ。明日の夜から、じいちゃんとばあちゃんの家で、一緒に暮らすんじゃ。」
「わ~い!みんな、いっちょ~!うぇち~!」
春海の喜ぶ顔が、美和子の気持ちを決めさせた。
「お父さん、お母さん。ご迷惑をかけますが、よろしくお願いします。」
美和子は、目に涙を溜めながら、頭を下げていた。
次の日の午前中に荷造り担当の人達が、やって来た。矢賀家の近所の人や、矢賀家に関わりがある人達だ。食器やタンスの中身を、手際よく段ボールに詰めて行く。タンスやテーブルなどの大きな家具には、毛布を被せて、傷がつかないように運んでいた。
やがて、アパートの部屋が空になる頃、トラックが到着した。みんなでトラックに、荷物を積み込む。壊れものは、新聞紙や毛布にくるんで、丁寧に積み込んだ。
「皆さん、プロの方ですか?」
あまりの手際のよさに、美和子は思わず聞いた。
「いえいえ。矢賀さんには、とてもお世話になりましたから、ほんの恩返しです。気にしないでください。」
そう言って、ニコニコと荷物の積み込みを続けた。
軽い弁当を食べた後、トラックが出発した。美和子も、春海をチャイルドシートに乗せて、自分の車で移動する。
20分程で、矢賀家についた。矢賀家では、隆二と友子が待ち構えており、荷降ろしの指示を始めた。美和子の部屋は1階の洋間、その隣の和室が春海の部屋になるようだ。余分な家具は土蔵にしまいこむ。隆二と友子の指示で、あっという間に新しい部屋に家具が入った。
「皆さん、本当にありがとうございます。こんなに早く引っ越せるとは、思いませんでした。」
美和子が、春海を抱っこしながら、頭を下げる。
「いやいや。わしらは矢賀さんに大変世話になりましたから。このくらい、大したことは、ありません。」
「今日は、引っ越し祝いと聞いています。楽しみです。」
「では、後程。」
そう言って、引っ越しの手伝いをした人達は、帰って行った。
その晩は、賑やかになった。引っ越しの手伝いをした人達が、引っ越し祝いだといってたくさんの肉や魚、野菜を持って来てくれた。美和子は、ものすごい量の食材に、気が遠くなった。
「さぁ、美和子さん。張り切って、美味しい料理を作りましょう!」
友子が手伝ってくれなかったら、途方にくれていただろう。
美和子と友子が、台所で奮闘している間、隆二は、来てくれた人達と会場作りをしていた。広間と奥の間の間のふすまを外し、大広間を作った。そこに、土蔵からテーブルを出して、ロの字に並べた。2階から人数分の座布団を降ろして、並べた。
みんなが忙しくしているのを、春海はキャッ、キャッと嬉しそうに見ていた。時には、歩行器に乗って廊下を暴走していた。
「春海!危ないですよ!」
思わず、美和子は怒鳴ってしまった。
「奥さん。大丈夫ですよ。春海ちゃんは、私達が見ていますから。」
引っ越しの手伝いをしてくれた、奥さん達にそう声をかけられた。
「ふふふ。春海ちゃんも、広いお家が、嬉しいのよね。」
「それに、人が多いから、興奮しているのよ。」
そんなことをいいながら、みんな、春海の相手をしてくれた。
美和子は、何か肩が軽くなる気がした。奥さんたちの暖かい言葉に、涙を浮かべて、黙って頭を下げた。つい一昨日までの、孤独感が抜けていくのを感じた。
「みなさん、よい人たちでしょう?」
友子が、煮物の鍋をかき混ぜながらほほ笑んだ。
「えぇ。本当に・・・。お母さん、あの方たちは、どういった方たちなのですか?」
美和子も、まな板に向かいながら尋ねてみる。
「昔、わたしとおじいさんがまだ若いころに、ちょっとね?」
友子が、秘密めかしてほほ笑んだ。
「洋祐さんの、言っていた通りですね・・。」
美和子は、納得した。洋祐から、隆二と友子の話は何度も聞かされてきた。
「俺の、父さんと母さんは、本物のヒーローなんだ。信じられないかもしれないけど、この町を救ったんだよ。」
いつも、ニコニコと穏やかに笑っている義父と義母が町を救ったヒーローだなんて、信じられなかった。詳しく聞いても、かなり身内びいきな話に聞こえたものだ。でも今、目の前でたくさんの人が義父と義母の頼みを聞いて、自分のために骨を折ってくれている。義父と義母の話は、本当だったのだと、思い知らされた。
「わたし、お父さんとお母さんや皆さんに助けられてばかりで・・・。」
ここ数日の激変した生活、周囲の人の好奇のまなざし、何より大切な家族が欠けた喪失感、そう言ったものにさいなまれて、美和子は、後ろ向きの感情にとらわれていた。自分には、助けてもらうような価値がない。助けてもらっても、何も返すことができない。そんな、自虐的な感情だ。
「大丈夫ですよ。人は、助け合うものなのです。人は、そこにいるだけで十分に大切なのですよ。
春海と、奥さんたちを見てごらんなさい。春海にとって奥さんたちが大切になっていると同じように、奥さんたちにとっても春海が大切になっているのがわかるでしょう?」
友子が微笑みながら、台所の後ろに視線を送る。そこには、はしゃぎながら歩行器で暴走している春海と、春海の暴れたい気持ちを理解しつつも、危険の無いように遊んでいる奥さんたちの姿があった。
「春海も、皆さんも、とても楽しそうでしょう?」
友子の言う通りだった。美和子は、ここ数日の自分の姿を振り返る。自分は、こんなに心から春海と笑い合っていただろうか?むしろ、自分は春海をうとましく思っていたのではないか?そう思い当たり、美和子は、ますます情けなくなった。
「大丈夫ですよ。子育てがつらいのは、昔も今も変わりません。むしろ、今のほうが仕事と子育ての両立がしにくくなっているかもしれませんね。」
友子が、慰めてくれる。
「お母さんも、子育てで苦労したのですか?」
美和子は、思わず聞いてしまった。
「えぇ。洋祐には苦労させられました。何しろ、暴れん坊のおじいさんの子どもですからね。目を離すと、何をするか分かりませんでした。」
義父が、暴れん坊だったことは、洋祐からも聞いていた。
「お父さんが、暴れん坊だったなんて、信じられません。」
美和子の言葉に、友子はクスっと笑った。
「えぇ。今の姿を見れば、そう思うでしょうね。昔は、すごかったのですよ。」
今の、優しくて、穏やかな義父の姿からは想像もつかない。人は、年とともに変わるものなのだ。そう思うと、美和子はなぜか、気持ちが楽になっていくのを感じた。
「さあ、お料理もできました。皆さんで、楽しく食べましょう!」
友子の言葉で、引っ越し祝いの夕食会が始まった。
そして、二日後。12月24日の、クリスマスイブの夜。
「めーりー、くりすまーす!」
赤いサンタの衣装を着た隆二が、あやしい英語で夕食のダイニングに現れた。突然のことに、春海は目を丸くしていた。美和子も、驚いて声をあげた。
「お父さん!その恰好は・・・?」
「さんちゃ!さんちゃ、きちゃ~!」
美和子の声は、春海の喜びにさえぎられた。
「そうじゃ。さんたじゃよ。春海よ、良い子にしていたかね?悪いことは、しなかったかね?」
隆二サンタが、ニコニコしながら、春海に問いかける。
「おじいさん。そのセリフは、なまはげですよ?」
友子が突っ込む。子どもが、良い子だったかどうか聞くのは、秋田県のなまはげの風習だ。
「うん。いいこにちちぇた~!」
春海は、ニコニコしながら答えた。
「うむ。では、良い子の春海に、さんたさんから、ぷれぜんとじゃ。」
隆二サンタの手には、きれいに包装された細長い箱があった。
「ぷぇじぇんちょ?な~に~?」
春海が箱を受け取りながら、首をかしげる。
「開けてごらん。」
隆二サンタが答える。春海は、ぎごちない手つきで、箱の包装を開け始めた。美和子も手伝う。包装が取られると、白い細長い箱が現れた。
「ぷれぜんとは、箱の中じゃ。開けてごらん。」
隆二サンタが促す。春海は、箱のふたを開けた。
「こぇ、な~に~?」
春海が、箱の中身をつかんで、不思議がる。
「っ?」
美和子は、息が詰まる思いがした。
「これは、竹刀じゃよ。春海の父さんも、母さんも、この竹刀を使って、強く正しい人になったんじゃ。春海も、強く正しい人になれるよう、この竹刀を使いなさい。」
隆二サンタが、春海に言い聞かせた。
「ちない~?どう~ちゅかうの~?」
春海は、竹刀を見るのは初めてだ。洋祐の剣道具は車に積んであったし、美和子の剣道具も、アパートの押し入れに片付けてあった。
「こう使うんじゃよ。」
隆二サンタは、春海の竹刀を借りるとその場で素振りをして見せた。
「では、春海も振ってみよう。」
隆二サンタが春海に竹刀を握らせて、春海の後ろから抱きかかえるように支えながら、竹刀を振らせる。
「ほれ、い~ち、に~い。」
隆二サンタの号令に合わせて、春海も声を出す。
「い~ち、に~い!・・・・
たのち~!」
春海は、竹刀が気に入ったようだ。
「春海には、本当に剣道の才能があるのかもしれませんね。まあ、洋祐と美和子さんの子ですから、当然かもしれません。
でも、2歳の子どものクリスマスプレゼントが、竹刀とか・・・。おかしいと思いませんか?」
友子が、ため息をついた。美和子も、このプレゼントには意表を突かれたが、心のどこかで、春海が竹刀を振る姿がとても自然に思えていた。
春海がもう少し大きくなったら、剣道を習わせよう。自分も一緒に稽古しよう。その風景は、きっと、とても楽しいものになるだろう。剣道が、自分たち家族の絆になるんだ。そんなことを漠然と思いながら、美和子は、竹刀を振る春海を見つめていた。
MERRY CHRISTMAS AND HAPPY NEW YEAR!
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