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 しばらくそうして二人で笑い合っていた。


 しかし、ふいに森の奥から人の気配がする。



 俺はすぐに王女を木の影へと隠し、気配のする方へ目を向け様子を伺う。


「ジャクリン様……どうされたんですか?」


 俺のその様子に、王女も声を抑えながら不安げに問いかけてきた。


「嫌な人の気配がする。王女はしばらくここに身を潜めて……」



―――ザッ!

 そう答えていると、強く腕を引かれて一気に王女から引き離された。勢いのまま俺は地面へと投げ捨てられる。


 すでに近くまで人が来ていたようだ。


 俺は地面へと投げ捨てられた。黒いマントを被った男たちが、木の影に隠れている王女を捕まえようと近づく姿が見える。


 それを止めようと咄嗟に呪文を唱えようとした。


「っゔっ!」


 しかし、後ろから飛んできたナイフに足を刺される。



「っぐっ……」


 呪文の言葉が呻き声へと変わってしまう。毒が塗られていたのか、刺された場所から痺れが広がり、口がうまく回らない。

 視界の隅で、王女が腕を拘束されながらも、こちらに向かって何かを懸命に叫ぶ姿が目に映る。


「ジャクリン様!逃げてください!やめて!」


 必死に叫ぶ彼女の声で、俺の頭上でナイフを振り上げる男の存在に気が付いた。



(―――まずい!)


 そう思ったが、体が動かず、咄嗟の呪文も口にできない。


(やられる……!)





 ビュンッーーーー


 衝撃に備え目を閉じた瞬間、突然強い風が周囲に吹き荒れた。


 その風に驚いて目を開けると、そこには色とりどりの花たちが、強い風に吹かれて舞いあがる光景が目に映る。



――――花が舞いあがる色鮮やかな光景は、一つの絵画のように美しい。



 しかしその強い風に直接晒された男は一溜まりもなかったようだ。俺を刺そうとしていたナイフを投げ捨て、体に纏わりつく花々をなんとかかき分けようと必死だ。

 その光景に他の者たちが気を取られている間に、なんとか呪文を唱え、植物の棘を増大させてやつらを攻撃する。



「っゔっ!なんだ!?棘がいきなり……!」


 無数の棘の攻撃に、やつらは慌てた様子で森の奥へと逃げ帰っていく。

 花にまみれた男もその後を慌てて追っていった。





 男たちがいなくなれば、風は緩やかになり、花々はキラキラと風に乗りながらその姿を消していく――――



「きれいだ……。」



 先ほどまであんな目に遭っていたのに、目の前の美しい光景に目を奪われてしまった。

 王女も同じようで、二人揃って花が消えていく空を見上げている。




 やがて王女はハッとしたように、こちらに駆け寄ってきた。


「ジャクリン様!大丈夫ですか!?」


 俺はなんとか彼女に頷いてみせる。


 王女はほっと息を吐くと、自身のネックレスを見つめ、つぶやいた。


「力が使えました……。」


「そうだな。」


 間違いなくあの現象は奇跡の宝石の力によるものだろう。


「自分のためじゃなかったのに。どうして……?もしかして……」


 

 王女が何か言っているが、段々とその声は遠くなっていき、うまく聞き取れない。視界もぼんやりとしてきた。


(毒のせいか……)




 俺の異変に気付いた王女が、必死の形相で俺の顔を覗き込み、何か叫んでいる。


 しかしそれを聞くこともできず、俺は意識を失った――――





*****

「ううっ……すいませんでした。ジャクリン様と王女様が大変な目に遭ってる時に、俺は何も知らずぐーすかと……」


俺の横でグスグスと泣くはた迷惑な声が聞こえる。


「俺は従者失格です。どうやって償えばいいか……」


「そうだな。ならお前もナイフで足でも刺されて来い。」


 俺がそう言い捨てると、ロアンは涙をピタッと止めて、こちらを睨みつけてきた。


「自分と同じ目に遭えっていうんですか!?この悪逆非道!鬼上司!」


「気にしなくていいって言ってるのに、お前が何度もグチグチ言うからだろう。鬱陶しいから横で泣き言を言うな。」


「倒れたジャクリン様の姿を見て、私だってショックを受けたんですよ……なのにこの人ったら毒を受けてもすぐにピンピンとして……」


 まだこの男はグチグチと文句を繰り返している。


 俺だって毒が効かないわけじゃない。摂取した解毒の薬の作用を早めているから、回復が早いだけだ。それでも目覚めるまで半日ほど時間がかかったらしい。今はもう窓から見える日が傾いている。


「……王女の様子はどうだ?」


「王女様は怪我もなく、無事でしたよ。ジャクリン様が倒れた当初はひどく取り乱していらっしゃいましたが、解毒薬を飲んで顔色が良くなったのを見て、だいぶ落ち着かれました。」


 怪我がないならそれでいい。そっと息を吐く。


「あっ。それで何か見てほしいことがあるそうで、今日の夕方に森の湖跡まで来てほしいと言われました。ジャクリン様はお体に障るから来なくて大丈夫だと仰っていましたが……。」


「行く。」


「そう言うとは思ってました。本当にもう動いて大丈夫なんですか?」


「もう毒は抜けた。体に痺れもないから大丈夫だろう。」


「でしたら向かいましょう。約束の時間に近いですから。」



 ロアンと二人で森の湖跡へと向かう。そこは変わらず、広い開けた土地が広がっている。



「あれっ?王女様はどこですかね……?」


「あそこだ。湖の中央だ。」


 俺が指差した先にいたのは、枯れた湖の真ん中に佇むルティア王女だ。


 彼女は俺たちの存在に気付くと、少し目を見開き驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。

 そしてそのままそこで膝を折り、ネックレスを握り締め、祈りのポーズを取る。



 一瞬何をするのかと戸惑ったが、すぐにわかった。


 彼女はここで宝石の力を発現させるつもりだ。


 祈りを捧げる彼女を、ロアンと二人、ただ黙って見守る。




 すると、すぐに足元の地面からゴーと大きな地響きがしてくるのに気付いた。

 その振動と音に驚いていると、次の瞬間。


―――バシャーッ!

 王女が祈りを捧げる湖跡の地面から、突然巨大な水柱が噴き上がった。


 それも一つではない。

 彼女を囲むように、次々と巨大な水柱が二つ三つと噴き上がっていく。

 その水はあっという間に枯れていたはずの湖を満たしていく。




 そのあまりの光景に俺は目を見開いて呆然としてしまった。しかし、すぐに湖にいるはずの王女に目を向けた。


(あんな水が噴き上がる中にいて、王女は無事なのか!?)



 すると、彼女はすでに祈りのポーズを解いて、噴き上がる水柱を微笑みながら見上げている。



――――幾本もの水柱は日の光を反射してキラキラと輝いている。

水に濡れその中央に佇む王女の姿は、水を操る女神かのように、荘厳で美しい――――


 俺はそんな彼女の姿にじっと見入ってしまった。




 しばらくすると水柱はその勢いを失い、水の中へと溶けていった。

 王女も俺たちがいる湖畔へと戻ってきた。



「ジャクリン様!目覚められたのですね!」


 いつもと変わらぬ様子でそう声を掛けてくる彼女に面食らってしまう。


「ああ、心配かけたな。って今はそれはいい!どうやって宝石の力を発現させたんだ!?」


「言葉にするのは難しいんですが……。うーん……昨日、宝石の力が私ではなくジャクリン様に対して働きましたよね?」


「ああ、確かにその通りだ。」


 あの時は混乱していてよく考えなかったが、確かに宝石の力は王女を拘束していたやつらではなく、俺をナイフで刺そうとしていた相手に働いていた。


「それで気が付いたんです。」


「何に?」


 俺が聞き返すと、王女はニッコリと笑みを浮かべて、人差し指を口の前へと当てた。


「内緒です。だって力の発現条件がわかっちゃったら、ジャクリン様に宝石を奪われてしまうかもしれませんから。」


 そう言って、今度は子どものような無邪気な笑顔を俺に見せた。


 真正面からそんな笑顔を見せられた俺は、なんだか急に胸が苦しくなり、彼女から視線を逸らしてしまう。


「教えてもらわなくても結構だ!俺は自分の力で解明するからな!」


 突っぱねるような俺の言葉に、彼女はクスクスと声を出して笑っている。


「……いつかジャクリン様にもわかる日が来るといいですね。」


 そうつぶやいて俺に背を向けた彼女の頬は、なぜかほんのりと赤く染まっていた。





*****

 その後は、水柱の立てた大きな水音に気付いたのか、村の住民が慌てた様子で湖へと集まってきた。皆水の溢れる湖を見て、泣いて喜んだ。村長に涙ながらにお礼を言われ、王女の力だと言おうとしたが、それは彼女に止められた。


 それから数日経って、ようやく王宮からの応援の魔法師がやってきた。元の水路を復旧させるため、魔法師とともに毒素の浄化を行う。

 あの湖はあくまで一時的に水が溜まっているだけだ。また日照りが続けば、いずれ水は枯れるだろう。あくまで水路が直るまでの一時的なものだと村民にも説明をしておいた。これまで通りの生活を送るには、水路を元に戻さなければならない。

 

 術式を改善しておいたおかげか、思っていたより早く浄化の作業は終わった。最後に水路の改変された術式も元に戻しておく。


 水路が回復したのを見届けて、俺たちは村を去り王宮へと戻った。






*****

「今日もいらっしゃいませんね……。」


「そうだな。」


 王宮に戻って数日が経った。

 あれからこの塔に王女は来ていない。


 あの日王女が奇跡の宝石の力を発現したことは、監視の護衛から王宮にしっかりと報告されていたようだ。彼女の馬車が王宮に戻った時のあの歓迎っぷりがそれを証明していた。あまりの変わり身の早さに、いっそ清々しささえ覚えるほどだ。……いや、やっぱり腹立たしい。


 水路に毒を撒いた犯人は、侯爵家の最近の繁栄を妬んだ近隣領の仕業だった。どうやら街での騒ぎを起こしたのもその領地の者たちのようで、領主には厳しい罰が課せられるだろう。

 

 しかし彼らは術式の改変には関わっていないようだ。塔に戻ってあの術式を調べた俺は、一つの疑問を抱えることになる。それはあの湖畔での襲撃事件にもつながっている。

 あそこで俺たちを襲ってきた犯人。やつらが落としていったナイフにはエストリアの紋章が刻まれていた。その剣を俺は王宮に提出していない。王女が何者かに狙われたことは王宮にも伝わっているだろうが、それがエストリア王国につながっているかもしれないということは、まだ俺だけが知ることだ。王女の故国が彼女を狙う理由はなんだろうか。


(命を奪うため、という動きではなかった。王女を拉致し、エストリアに連れ帰るつもりだった……?)


 しかしそんなことがグルハンに知られれば、国の対立は免れない。間に挟まれる王女のことを考えると、なかなかこのことを王宮に報告できないでいた。




「王女様の住まいも無事離宮から本殿に移されたそうです。……もうこちらには来られないかもしれませんね。」


 ロアンのその言葉に我に返った。


 王女は本殿へ移ったのか。それなら、これからは常に侍女や護衛がつく生活になるだろう。これまでのようにこんな埃臭い塔に通うわけにはいかなくなる。今後は、王宮の庭園を散歩する姿を離れた場所から眺めるか、公式の行事で王族に並んで立つ彼女を遠くから見つめるくらいしか、彼女に会う機会はないだろう。


 そう考えたところで、自分の胸がひどく痛むのを感じた。ここ数日時折現れるこの胸の痛みはなんなのか。魔法で診てみても、どこにも異常はないから不思議だ。毒の後遺症かと少しビクビクしてしまう。


 ロアンにそれを伝えると、彼は頭を横に振り、心底呆れたといった顔で、無言で部屋から出て行った……と思ったら慌てた様子で部屋に戻ってきた。



「っ!ジャクリン様!」


「なんで戻って来たんだ?もう少し静かに入ってこ……」



「ジャクリン様、ロアン様、ご無沙汰しております。」


 柔らかな声が部屋に響いた。

 部屋に入ってきたのは煌びやかなドレスを身にまとったルティア王女だ。


 俺は久しぶりの彼女の姿に、その場に固まってしまった。そんな俺を彼女は不思議そうな顔で見つめている。


「ジャクリン様?どうされました?」


「心待ちにしていた王女様がやっと来られたから感動で固まってるんですよ……って痛いっ!」


 我に返って、アホなことを言いだしたロアンの頭を思い切り叩いてやった。


「二人とも変わらず仲がよろしいんですね。」


 王女はそんな俺たちを見て、いつものように笑っている。


 ロアンは叩かれた頭を自分で撫でながら、王女に目を向けて問いかける。


「それで王女様はなぜここに!?本殿に移られたんですよね?もうここには来られないかと思っていました。」


「私もそうなるんじゃないかとこわかったです。でも……実は今日はそのことも含めてお話がありまして……」


「……なんだ?」


 ようやく気持ちが落ち着いてきた。言い淀む王女に言葉の先を促す。


 彼女は俺に目を向け、少し照れたような微笑みを浮かべると、目の前に一通の文書を差し出してきた。


「実は、今日からジャクリン様が私の魔法の先生に任命されました!」


「ええっ!?」


 驚いて王女の差し出した文書を見てみれば、確かに俺を王女の魔法の講師に任命するとのお達しが書かれていた。


「これからもこちらに伺う機会が多くなると思います。どうぞよろしくお願いします。」


 王女はそう言って満面の笑顔を俺たちに向けた。その笑顔はとても晴れやかだ。


 ロアンは王女と手を取り合って、泣いて喜んでいる。


 俺はしばらく呆然としていたが、喜ぶ二人の姿を見ていると文句も言えない。


(まあいいか…。宝石を奪う機会も増えるしな。それに……王女のお気楽顔も見ていて飽きないし。)


 騒がしい日常が戻ってくると思うと少しうんざりするが、それも悪くないと考えている自分に気付く。しかしそれに気付いても、もう体の震えは起きない。


 これからの日々に思いを馳せつつ、今はこの騒がしい二人をどう落ち着かせるかに頭を悩ませるのだ――――







ここで一旦完結となります。

お読みいただきましてありがとうございました!

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