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次の日の早朝、俺たちは王女が貯水庫の前で祈り続ける姿を見ることになった。
何か手伝うかと声を掛けても、「まずは自分の力でいろいろ試してみます」と言われ、断られてしまった。
仕方なしにその場にロアンを残して、俺は昨日も行った水路まで向かい、術式を再度確認する。
やはり根本となる部分におかしな術式が介入している。さらに細かく見れば、それはこの国では一般的ではない形のものだ。
(これをやったのは他国の人間か……?)
なぜわざわざこんな小さな村を、他国の魔術師を使ってまで混乱に陥らせるのか。その理由はさっぱりわからない。
(どこで使われているものか、塔に戻ったら詳しく調べてみる必要があるな。)
術式をメモに取り、懐にしまう。さらに場所を移動しながら探査魔法を使って、毒の広がりを確認する。
(この辺一帯はダメだな。応援にくる魔法師が一部隊だとすると、これを浄化するには……)
少なくとも数日はかかるだろう。それまでこの村は持つだろうか。今はまだ貯水庫の水が残っているおかげで、村の人々も必死に焦りや苛立ちを抑えている。しかし、水の量が明らかに足りなくなれば……人々は混乱に陥って暴動が起こってもおかしくない。
いろいろと調べていると、随分と時間がかかってしまった。
一度村の広場へと戻ることにする。侯爵家や王宮からも応援の返答が来ているかもしれない。
――――広場に戻って驚いた。
そこにはヘンテコな舞を踊る王女の姿があった。
(あの王女は何をやってるんだ……?)
思わず口を開けて呆けてしまった。
「ジャクリン様~!」
俺が戻ってきたことに気付いたロアンが、半泣き顔でこちらに駆けよってくる。
「ジャクリン様!王女様を止めてください!」
「王女は何をやってるんだ?」
「どこぞの国の伝統的な雨乞いの舞らしいんです。って、そんなことはどうでもよくて!もう何時間もああやって踊ってらっしゃるんですよ、水も飲まずに!このままでは干からびて死んでしまいます!」
ロアンのその言葉に目を丸くして驚く。この暑い日に、日の照った場所で何時間も踊るなんてとんでもない。
すぐさま王女の元に駆け寄り、無理やり手を引いて人目のない木陰へと引きずっていく。
掴んだ彼女の腕もとても熱い。
自分用に持ってきた水を王女に飲ませようとするが、それを彼女は拒否してきた。
「……水はいただきません。これは自身に試練を課しているのです。」
彼女はカラカラになった喉からなんとか声を出して俺に言う。
「奇跡の石は私の危機を察知すれば力を発現させるかもしれません。だから水は飲まずに自分を極限状態まで追い込むのです。」
王女のその言葉に、なぜだか一気に怒りが込み上げてくる。
彼女の口に水の入った筒を当て、無理やり水を流し込む。
「っ!やめっ!……」
彼女は拒否しようとしたが、口に水が入り込むのは防げず、喉を鳴らして水を飲み込んでいく。
「……ハッ!ジャクリン様、何をなさるの……」
「君こそ何をしているんだ!」
思わず強い声で彼女を怒鳴りつけてしまった。
王女も驚いたのか、途中まで出ていた言葉を止めて、こちらを見て固まっている。
こんなに自分の感情が高ぶることは久しぶりだ。しかしそれを止めることはできない。
「なんで自分を追い込むようなことをする!君が犠牲になって力が発現したって誰もそんなこと喜びもしない!」
俺の言葉に、王女はグッと唇を噛んだ。その表情は今にも泣きだしそうだ。
それを見て、熱くなっていた俺の頭も少し冷えてくる。
「……だからこんなことはやめるんだ。すぐに宿に戻って静養を……」
「やらないとダメなんです。」
俺の言葉を遮って、王女は下を向いてそうつぶやいた。彼女の固い声が妙に響く。
「お父様……いえ陛下とそう約束しました。この遠征で必ず王女としての務めを果たしてくると。陛下も私の宝石の力を期待してここに送り出したのでしょう。」
そこでようやく、どうやって陛下にこの遠征の許可を取ったのか、まだ彼女に尋ねていなかったことを思い出した。彼女が陛下とそんな約束を交わしていたとは。
「それにこんなことは力の発現の実験と称して、エストリアでもグルハンでも何度も行われてきました。少しくらい自分を痛めつけても平気なのです。」
彼女のその言葉に、今度は違う意味で怒りが込み上げる。
(エストリアもグルハンも彼女にこんなことを強いてきたのか……!)
何も言わない俺を、彼女は悲痛な表情で見上げ、こう懇願してきた。
「お願いです、ジャクリン様。私に王女としての務めを果たさせてください。」
涙を堪えてそう願う彼女の姿に耐えられず、俺は彼女を引き寄せて強く抱きしめてしまった。
「本当にそんなことをする必要はないんだ。君が自分を痛めつけなくても、奇跡の力が使えなくても、君が王女であることに何の変わりもない。」
「違います。このままでは私は役立たずの王女です。誰も私を必要としてくれない。いらないと捨てられてしまうような存在です。」
震える声でそう話す彼女を、なんとかしたいと必死に言葉を探す。
「少なくとも俺とロアンはそうじゃない。君が力を使わなくても、ずっと俺たちは君に助けられていただろう。ロアンなんて君が来てから俺が仕事をするようになったと泣いて喜んでいた。俺も君が来てから……なんだか毎日がそんなに退屈じゃなくなった。」
出てきた言葉は、俺自身の本心だった。自分でも言葉に出すまでそんな風に感じていたとは思わなかった。照れくさくなって声が段々と小さくなってしまう。
「……ほんとうですか?」
彼女の声が少し穏やかになった。俺にしがみつく手の力もほっとしたように柔らかくなる。
「本当だ。俺は嘘をつくのが苦手だからな。」
そう言うと、俺の腕の中で彼女は小さく笑った。
その姿を見てそっと彼女に睡眠魔法をかける。やはり疲れていたのか、彼女はあっという間に眠りについた。
(また踊るなんて言い出す前に、少し眠らせたほうがいいだろう。)
そのまま彼女を抱えて、宿まで連れて行く。広場を通ると、彼女を心配していたのか、村の人々が彼女の様子について不安げに尋ねてきた。寝ているだけだと伝えると、皆安心した表情を見せる。
(君はもうこんなに民に愛されているじゃないか。)
村の人々のこの表情を彼女にも見せてあげたかった。そうすれば彼女の持つ余計な不安も少しは和らぐのではないだろうか。
宿へと戻り、彼女をベッドに寝かせる。部屋を出れば、そこにはすでに二人の護衛がドアの前に立っていた。
(そういえば、なんで王女があんな状態になっても、護衛は何もしないで見ているだけなんだ?)
広場で踊っている危うい彼女の姿もこの護衛たちは見ていたはずだ。小心者のロアンには無理やり力ずくで王女を止めるなんてことはできなかったようだが、この護衛たちは彼女を止める素振りすら見せなかった。
それに村に着いてからのこともそうだ。王女に近づく村民たちをそのまま放置し、夜には王女の部屋の護衛から離れている。普通なら、王族にむやみに近づく者には間に入るはずだし、二人護衛がいるならその両方が王族の傍から離れることなんてしないはずだ。
(やはりこの護衛たちはただの監視役ってことか。)
ただ王女の様子を王宮に伝えるだけで、王女の危機に手を貸すことはしない。この遠征も力の発現の一つの実験ということなのか。
先ほど一度静まったはずの怒りが、またふつふつと蘇ってくる。拳を握り締め、怒りを何とか抑えて部屋へと戻る。部屋へと入る前に、その辺に落ちていた良く滑りそうな布切れを透明にして護衛の足元へと転がしておいた。精々転んで痛い目に遭うといい。
そんなことで全く気は晴れないが、ここで護衛と大っぴらに争うわけにもいかない。王宮の関係者と問題を起こせば、応援の派遣にも影響が出るかもしれない。
苛立つ心を抑えていると、大きな物音とともにドアをノックする音が聞こえた。
入室を許可すれば、別の方を向きながら部屋へと入ってきたのはロアンだ。
「なんか王女様の護衛の一人が廊下で盛大に転んでましたよ。すごい音がしてたけど大丈夫ですかね。」
そのロアンの言葉を聞いて、腹を抱えて笑ってしまった。あんな古典的な方法が役立つとは。
そんな俺の様子をロアンが怪訝な目をして見てくる。
「まさかジャクリン様が何かしたんじゃないでしょうね?やめてくださいよ。今は王宮ともめ事を起こしている場合じゃないんですから。」
こいつのお小言は相変わらずだ。しかし意外に鋭く的を得ている。
「王宮と侯爵家から 返答が来ました。結果的に言うと、王宮からの応援が着くのは今日から三日後。侯爵家からの水の受け渡しには一週間ほど時間がかかるようです。」
その答えに俺は眉をひそめる。あまりにも時間がかかり過ぎじゃないだろうか。
「どうやら侯爵領の一番大きな街で何か問題が起きたようです。王宮からの魔法師もまずはそちらに寄ってからこちらの村に向かうようで……。侯爵家もその問題に手を取られているようで、こちらの問題に回すほどの人員がいないようです。」
なんてことだ。魔法師がこちらに来て浄化の作業にすぐに取り掛かっても、それが完了するまで一週間近くかかる。その上侯爵家からの水の手配もないとは。
「このままでは村の水はもたないな……。」
「村長もそう言って頭を抱えていました。とにかくこのことは住民には知らせないことになっています。」
「そのほうがいいだろう。暴動が起きれば村が崩壊する。近くの村に水の供給を依頼できそうか?」
「やってみるそうですが、難しいかもしれませんね。ただでさえ今年は日照りが多くて、どこも水不足の問題を不安視していますから。」
やはりそうか。なんとかあと一週間は水をもたせる方法を考えなければならない。
明日もう一度村長と話し合うことにして、ロアンはそれを村長へと伝えるため部屋を出て行った。
(どうしたものか……。)
考えてみても答えが出るものでもない。王宮をつついても今から対応は変わらないだろう。
(とにかく少しでも浄化を早める術式を考えてみるか……。)
そう思い、机に紙を広げて新たな術式を書き込んでいく。
しばらくすると完成に目途は立ったが、体にどっと疲れを感じた。このまま寝てしまってもいいが、少し新鮮な空気を吸って息抜きがしたい。
昨日と同じように宿を出た俺は、森へと入っていく。湖跡へと辿り着くとそこに腰を下ろし、しばらくぼうっと空を見上げた。
この森は昔暮らしていた魔術師の村の森によく似ている。あそこには広い湖が広がっていたが。友人と師匠と湖のほとりで魔術の練習をしていた風景をふと思い出す。三人とも集中するとすぐに時間を忘れるから、こうして夜更けになるまでよく湖のほとりで過ごしていた。
しばらくそうして呆然と過ごしていると、後ろから足音が聞こえる。振り返るとそこには王女の姿があった。
「ジャクリン様?」
「また君は部屋を抜け出してきたのか?」
ここにまた王女が現れるとは思ってもいなかった。驚いて少し間抜けな声が出てしまう。
「ジャクリン様のお部屋を尋ねたらいらっしゃらなかったので、もしかしてここではないかと……。昼間はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
王女はそう言って勢いよく頭を下げた。だからなんでこの王女はすぐに人に頭を下げるのか。
「王女!頭を下げるのはやめろと前にも言っただろ!誰かに見られたら俺の方が咎められる。」
慌ててそれをやめさせる。俺のそんな様子を見た王女は、おかしそうに笑いだした。
その笑顔になんだかほっとしてしまう。
彼女は俺の横に腰掛けて、同じように空を見上げた。その表情はいくらか明るくなったようだが、まだ何か思い詰めているようだ。
やがて彼女はぽつりと話し始めた。
「私、ずっと焦っていたんです。なんとかこの宝石の力を自分で操れるようにならないとって。」
「……エストリアやグルハンの王宮からそう言われてきたからか?」
「いいえ。……いえ、正確にはそれもあるとは思います。でも本当はもっとそれ以前に。『宝石の力を発現することができるかも』と私自身が気付いた時から、私はこの宝石の力がずっと恐かったんです。」
彼女は何かに耐えるような表情で、ネックレスを握り締めている。
「元々この宝石の力の発現を最も期待されていたのは私のお母様だったんです。お母様は今のエストリア王国を作り上げた初代の女王にその姿が瓜二つで、女王の生まれ変わりだとずっと言われていました。お母様もそんな期待に応えようと、幼い頃から奇跡の宝石に関する知識を学んでいたようです。エストリアにいた頃にお母様が使っていたという宮殿には、初代女王が残した手記や奇跡の宝石に関する文献が大量に残されていました。
でもお母様は宝石の力を発現できなかった。だからグルハン王国に嫁いでいったんです。母はそのことをずっと悔いていました。私が物心つく頃には、毎日のように奇跡の宝石の話を語り聞かせてきました。私にその力を手に入れてほしいと。」
俺は黙って彼女の話に聞き入る。話を続ける彼女の表情は幼い昔を思い出しているのか、どこか悲しげだ。
「でも私は嫌だった。その宝石が恐ろしかったんです。普段は穏やかで優しかったお母様が、宝石の話をする時だけとてもこわい表情になるから。だからエストリアに戻って、初めて石の力の発現の試験を受けた時、なんだか何かが溢れてくるような不思議な違和感を感じましたが、必死でそれを打ち消しました。もし力が現れてしまったらどうしようって。でも盗賊の事件が起きて、結局この力のことを知られてしまった。
私はこの奇跡の宝石は人を変えてしまう力もあると思っています。それが恐ろしいのです。私もこの宝石に自分の運命を翻弄され続けるんじゃないかって……。」
彼女はそこで口を閉ざした。その手はネックレスを強く握り締め、少し震えている。
そんな彼女を見ていられず、そっと彼女のその手に自分の手を重ねた。
一瞬彼女は驚いたのか目を見開いたが、すぐに照れたような柔らかな微笑みを浮かべた。
「……だから塔を訪れて初めてジャクリン様とお話した時、とても驚きました。『その宝石をくれ』だなんて、真っすぐに私に告げてきた人は初めてで。他の人はみんなうまく本音を隠して私の力を利用しようと狙う人々ばかりでした。だから正直に本心を言ってしまうジャクリン様がとても新鮮で……」
そう言って、彼女はあの時のことを思い出したのかクスクスと笑い始めた。
俺もあの時のことを思い出し、自分の不甲斐なさに顔が熱くなる。
「だからあれは違くてだな。本当に宝石の研究に興味があって……」
「今ではそれもジャクリン様の本心だとよくわかっています。でもあの時、ジャクリン様のあの言葉を聞いて、本当に心から安心したんです。まだこうして自分の心に素直になれる方が私の世界にもいたんだなって。
だから次の日からも、そんなジャクリン様のおそばにいたくて塔に通ってしまったんです。不躾な真似だとはわかっていました。不審なものを見るような視線を向けられていることも。でもそんな時でも、奇跡の宝石を見つめるジャクリン様の瞳は本当にキラキラと輝いていて……」
「悪かったから、やめてくれ!」
それ以上聞いていられず、思わず口を挟んで王女の話を止めてしまった。
自分はそんなにわかりやすく宝石を見つめていたのか。うまく誤魔化せたかと思っていたのに、それが全てバレていたという事実が恥ずかしくて、思わず顔を伏せて頭を抱えてしまう。
王女はそんな俺を見てまだ笑っている。その顔を見ていたら、悩んでいたことがなんだかどうでもよく思えてきた。
「バレたなら仕方がない。そうです。私はその宝石が欲しいのです。」
開き直って本音を出すことにした。俺は胸を張って堂々と王女にそう宣言する。
「やはりそうなんですね。でも申し訳ありません。これはお渡しできません。」
王女も胸を張ってネックレスをこちらに見せつけながらそう宣言してきた。
二人で同じことをするその様子がおかしくて、俺はつい噴き出して笑ってしまった。すると王女も声を上げて笑い始めた。
次回最終話となります。




