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「ル、ルティア王女殿下、どうぞ。粗茶ですが、よろしければお召し上がりください!」
ロアンは震えた手で王女に茶を出している。緊張しているのか顔が強張って、今にも倒れそうだ。
「ありがとう。」
そんなロアンをよそに、目の前の王女は朗らかな笑みを浮かべて出された茶を飲んでいる。
確かにあの日森で出会った女は、この王女で間違いないようだ。あの時はどこかの令嬢としか思わなかったが、こうして目の前でその言動を見てみれば、その振る舞いに確かに王女の風格がある。ドレスは少々古ぼけているが。
思わずまじまじとその様子を観察すれば、彼女の青い瞳がまず目に入る。近くで見れば、それは森の中で見たときよりもずっと濃い、瑠璃色の瞳をしていることに気付いた。とても澄んだきれいな青色だ。
そのまま自然と胸元にあるネックレスに目を移す。こうして見ると、なんの変哲もないただの青い石に見える。
(あれが奇跡の宝石か……?)
俺がそんなことを考えていると、沈黙に耐えられなくなったのか、少し緊張の落ち着いたロアンが王女に話しかけていた。
「ルティア王女殿下のネックレスはとても美しいですね。青い宝石がまるで殿下の瞳のようです。」
ロアンのその言葉に、王女は微笑みながら胸にかけたネックレスをこちらに向けた。
「これのことですね。光に当ててよく見ると、私の瞳より随分薄い色をしていて、透明感のある青なんですよ。エストリアでは奇跡の宝石と呼ばれ、奇跡のような現象を引き起こすことができるといわれているんです。」
あっさりとそう言い放った王女の言葉に、思わず飲んでいた茶を吹き出しそうになる。ロアンもひどく驚き、開いた口が塞がらないようだ。
「王女殿下……ではお噂は本当で……?」
「ええ、そうよ。」
何の躊躇もなしにペラペラと話す王女を見て、思わず口を挟む。
「コホン。王女殿下。そのようなことを初対面の人間に軽々しく教えるのはどうかと思いますよ。その宝石の力は滅多にない、珍しいものです。殿下とそのネックレスの力を知る者が増えれば、御身に危険が迫ることもあるやもしれません。」
俺のその言葉に、王女はハッとした表情を見せ、眉を下げる。
「あらっ、そうなのね。ごめんなさい。私の周りの人たちはみんな知っているようだから、もう王宮の方々には宝石の力のことは知られていると思っていたわ。エストリアと違って、この宝石はこの国の人たちには馴染みのないものなのよね。」
視線をネックレスに向け、そのように話す王女を、俺は思わず呆れ顔で見てしまう。
(なんだこの王女は。)
普通の王族は気位が高く警戒心が強い。そういった輩の相手をするのは正直面倒くさい。しかし、この王女は、ぼんやりしていてどこか抜けた性格をしている。こういった人間も見ていて疲れる。
(早く話を切り上げたい。)
「王女殿下。ところで今日は何のご用事でこんなところまでいらしたのですか?」
姿勢を正して俺が問いかけると、王女はパッと表情を明るくして俺に笑顔を向けた。
「先日助けていただいたのでそのお礼に参りました。」
「わざわざありがとうございます。殿下のお言葉は有難く頂戴いたしました。私がいなくとも、殿下の力であの場はかい潜れたかと思いますので、これ以上のお言葉は不要です。」
俺は無理やり笑みを作って、王女に向かってそう告げる。早く帰れという意味だ。
「いえ、私だけでは無理でした。それにこの宝石の力は好きな時にいつでも発現するわけではないのです。力の原理や発現の条件もいまだによくわかっていなくて……」
王女のその言葉に思わず反応してしまう。
(これは親切を装って、宝石の力を解明するのを手伝うと申し出れば、あれを研究することができるのでは。もしかすると手に入れる機会もあるかも……。いやしかし面倒事に巻き込まれるのは……でもこんなチャンスは滅多にないはず……)
頭の中で何度もその問答を繰り返す。
(宝石は欲しい。面倒事は嫌いだ。とにかくこの抜けた王女を上手く言いくるめられれば一番だ。俺はこの国の魔術師長でもある。もっともらしい理由を並べて……)
考えれば考えるほど思考は混乱していく。
あまりに会話に間を置くのもおかしく思われるだろう。早くアクションを起こさねばと気持ちが焦る。
視界の隅で、王女が外の様子を気にするような仕草をする。
(まずい!このままだと王女が本宮に戻ってしまう。)
焦る気持ちのまま、俺は口を開いた。
「―――っ!王女殿下!その宝石を俺にください!」
――――口から出たのは、親切を装った偽善の言葉や、研究熱心な魔術師長としての言葉ではなく、欲望に塗れた本音の言葉だった。
(しまった~~~~!!)
冷や汗がダラダラと流れ出てくる。
あまりの宝石欲しさに、包み隠さなければならない本音が口から出てしまった。
「いや、これは違くて……私が言いたかったのはですね、宝石が欲しいというのもそうなんですが、いやいや違いますよ。今後の魔法の発展のためにも、力の発現の解明をお手伝いしたいというほうが本音でして……」
自分の失態に頭が真っ白になり、うまく言葉を続けることができない。
ロアンに助けを求めようと目を向けるが、彼も絶望に打ちひしがれた表情で固まっている。
しばらくあたふたしていると、目の前から声を潜めて笑う声が聞こえてきた。
ハッとなりそちらを見ると、王女が口に手を当てて必死に笑いを堪えている。しかし、それも耐えられなくなったようで、とうとう声に出して笑い始めた。
「ふふっ、ごめんなさい。すこし驚いてしまって。なんだか不思議でおかしくて……ふふふっ。」
そう言って笑う王女の姿に、呆気にとられてしまった。普通の王族なら激怒するところだろう。処罰する者だっていると思う。
「ふふっ――――あっ、いけない!もうこんな時間だわ。侍女が来る前に帰らないと。お邪魔してしまってごめんなさい。また来ますね。」
そう言って彼女は足早に去っていた。
残された私とロアンは、まだ呆けたままその場で固まっていた。
「なんだあの王女……」
「お気持ちはわかる気がしますが、絶対そんな口の利き方、外でしないでくださいよ。」
ロアンもまだ頭は回っていないようだが、俺へのお小言は忘れない。
「もう来ないよな?」
「普通はそうですね……。でもあの王女様、また来るって言ってましたね。」
わけがわからん。その日は仕事にならず、早々に仕事を切り上げてベッドに潜り込んだ。
*****
それから数日後。俺の頭は混乱を極めていた。
「あっ、ジャクリン様おはようございます。」
俺の執務室でそう爽やかに挨拶をするのは、先日俺がとんでも発言をかました相手、あのルティア王女殿下だ。
「あー……おはようございます。」
彼女がここに来るようになってもう三日だ。なぜ王女がこんな埃臭い塔に毎日通うのだろう。正直来ないでほしい。
「あっ。ジャクリン様、今日も早いですね。おはようございます。ルティア王女様もおはようございます。今日も朝から片付けをしてくださってありがとうございます!」
ロアンが呑気にそう言いながら部屋に入ってきた。なぜこいつは王女がいるのを当然のように受け止めているのだろう。
「おい、ロアン。ちょっとこっちに来い。」
来たばかりのロアンを部屋から引っ張り出す。物陰に隠れるようにして奴を問い質した。
「あの王女はなぜ毎日ここに来るんだ!?そしてなぜおまえは、それを拒否して部屋から追い返さない!?」
「王女様を追い出すなんて私にできるわけないじゃないですか!王女様はきっと……時間が余って退屈していらっしゃるのでは?」
俺から目を逸らして、しどろもどろになりながら答えるロアン。
「そんなわけあるか!それならそれで王宮の優雅なお茶室にでも通うだろ!おまえが言わないなら今日こそ俺から一言……」
「わあー!ジャクリン様ちょっと待ってください!わかりました、言いますから!」
やはりこいつはなにか事情を知っているようだ。ジト目で睨みつけると、渋々と話し始めた。
「実は王女様が今住んでらっしゃるのは、王宮の本殿じゃなく離宮みたいなんです。といっても王宮の敷地内にある離宮ではあるんですが。ただそこはこじんまりしたもので、侍女も食事や就寝の時間にしか顔を出さないそうです。それではあまりにも王女様がお寂しいかと思いまして……。」
「お前がここに来るように言ったのか?」
「そうとは言ってません。ただお暇な時はいつでもどうぞ、とは……。」
それは来いと言ってるようなものだ。思わず額に手をあて、ため息をこぼしてしまう。
それにしても王女に対するこの扱いはどうなんだ。
「それにしてもおかしいだろ。わざわざ王国に連れ戻しておいて、そこまで冷遇するとは。」
「どうやら、先日王宮で奇跡の力の発現を試す試験があったようなんですが、何も起こらなかったようで……。陛下はそれから王女様のことはほったらかし。後宮を取り仕切る正妃様は昔からルティア王女様のお母さまを嫌っていたようで、ルティア王女様にもこちらに戻って来てからいろいろと嫌がらせをしているようです。離宮行きもその一環かと。」
なるほど。すぐに奇跡の力を利用できると期待していたのに、そのあてが外れたから王女をほったらかしにし始めたわけか。そこにあの意地の悪そうな正妃が付け込んだのだろう。
「……その話は王女自身から聞いたのか?」
「まさか!王女様には遠まわしに事情を聞いても、苦笑されてはぐらかされるだけでした。これは私独自のルートからの情報ですよ。」
こいつは王宮でどんな交流関係を築いているのだろう。
「はあ……いつでもどこでも女の争いは似たようなものだな。でも王女の力は本物だぞ。俺があの日森で目撃したこともちゃんと証言として王宮に届いているだろう。」
「そこですよ!王女様の力を見たのはジャクリン様だけなのに、普段のぐうたらな態度のせいでその発言が信用されていないんです!王女様の不遇な扱いには、ジャクリン様にも責任がありますよ。」
いくらなんでもそれは言い過ぎだろう。しかも信用がないって……おれは一応魔術塔のトップだぞ。
俺の釈然としない表情は気にも留めずに、ロアンは話を続けた。
「とにかく王女様が王宮に慣れるまで、しばらくこちらに来てもいいんじゃないですか?王女様の周囲の者にも気付かれていないようですし。」
「そういう問題じゃないだろ。それにそれが一番の謎だな。王女が離宮から離れているのに侍女も護衛も気付かないとは。」
どうしたものかと考えていると、部屋のドアがそっと開けられた。
「ジャクリン様、ロアン様、いかがされました?何か問題でも……?」
そこにいたのは不安げな瞳をした王女だった。
「なんでもないですよ!ちょっと立て込んだ仕事の話があっただけです。ねっ、ジャクリン様!」
ロアンの言葉から肯定しろと圧力を感じる。王女の大きな瞳がこちらを見つめている。
「……ああ、そうだ。とにかく部屋に入ろう。」
面倒なことこの上ないが、なるようになるだろう。
仕方なしに俺はこの件に目を瞑った。
*****
それからも王女は魔術塔へと通い続けた。
しばらくは王宮の遣いが部屋に押しかけてくるのではとびくびくしていたが、何も変わらぬ日々が続くと、この状況にも慣れてきた。
(それによく考えれば、これはネックレスを奪う……いや、観察する絶好の機会じゃないか。)
王女の胸には今日も変わらず、あの青い宝石が輝いている。
宝石については、わからないことだらけだ。王宮でもあの宝石の力を発現させるため、いろいろな試験というか実験じみたことも行われたらしい。それでも宝石に反応はなかった。でもあの森での不思議な現象は間違いなく宝石による力だ。あの時は何がきっかけになったのだろう。
王女に話を聞いてみようかとも思うが、どう話しかければいいかわからない。王女とロアンは友人なのかというくらい、気軽に会話をしているというのに。
仕方がないと部屋を出て書庫へと向かう。棚の整理がてら、見落とした術書がないかもう一度確かめてみよう。
しばらく書庫で作業を進めていると、控えめなドアのノックが鳴る。
「ジャクリン様、お邪魔してしまい申し訳ありません。片付けをされていらっしゃると聞いたので、何かお手伝いできればと思いまして。」
そう言ってドアから顔を出したのは王女だ。
断りの言葉が口から出そうになったが、なんとか踏みとどまる。王女がここに来たのは、私と王女の仲を気にしたロアンの仕業だろう。ここで彼女を帰しては、後から何を言われるかわかったものじゃない。
「ありがとうございます、王女殿下。どうぞ中にお入りください。」
そう言うと、王女はパッと顔を明るくして、書庫へと入ってきた。
ここはいつでも散らかり放題だ。手伝いたいというのなら、仕事は有り余るほどある。
「……実はこちらに来たのは、ずっとジャクリン様にお礼が言いたかったからなのです。」
王女は机や床に散らばった本を集めながら話し始めた。
「私が魔術塔に通うことを許してくださってありがとうございました。」
そう言って王女は本を抱えたまま頭を下げた。
「王女殿下!王族が俺みたいなのに頭を下げるなんてやめてください!どうか頭を上げてください!」
こんなところ誰かに見られたら問題だ。俺は慌てて王女に姿勢を直すように言い募る。
俺の必死な様子を見て、王女も渋々と顔を上げた。ほっと息を吐く。
「俺は今でこそ王宮の魔術師長という大層な肩書きがありますが、元はただの平民です!頭など下げないでください!王女殿下は普段から我々にも敬称や敬語を使われますが、それも不要です。殿下は王族の方なのですから。」
「それならば、私は肩書きだけの王女です。今もそうですが、エストリアに戻ってしばらくの間も私は一人離宮で暮らしていました。その時は侍女もつかず、何でも自分でしなくてはならなかったので、メイドの仕事もできるくらいに家事の腕が上がりました。こちらの国に戻ることが決まって、なんとか付け焼き刃で王族としてのマナーを学びましたが、それもこちらの王族の方から見れば滑稽に見えるくらいの出来でしょう。」
そう話す王女の表情は暗い。俺は王女の話を聞きながら、昔の自分のことを思い出していた。
一人暗い部屋の中。魔術書だけに囲まれるだけのあの日々のことを……。
「だから、こちらに来られるようになって本当に毎日が楽しいんです!」
彼女はわざとらしいほど明るい声をしていた。無理して笑顔を見せているのはバレバレだが、その言葉はどうやら本心のようだ。
「ジャクリン様とロアン様の仲の良いやり取りを見ているだけでも、賑やかで楽しい気分になりますし、お二人とお話できるだけで気分がとっても晴れやかになります。こんな気持ちになるのはお母様が生きていらした時以来です。」
そう言って微笑む王女の姿を見ていると、なんだか気持ちが落ち着かない。そんな自分に気付かれたくなくて、思わず視線を逸らしてしまった。
「……塔に来られることは全く問題ありません。ただ宝石の力の解明に協力してもらいますよ。前に俺が言った、宝石が欲しいとか何とかのことは……まあ冗談ですが、宝石の力には興味があるので。」
なんだか胸がむず痒くて、ぶっきら棒な言い方になってしまう。
「もちろんです!ジャクリン様、これからもよろしくお願いしますね。」
王女は俺の言葉を聞いて不思議なほど嬉しそうな笑顔を浮かべた。そのまま手を差し出してきたので、仕方なしに俺もその手を握り返した。
*****
それからは前にも増して賑やかな日々が始まった。
すっかり仲良くなった王女とロアンはよく二人でお茶をしながら雑談するようになった。仕事をせずぼうっとしていると、俺もそれに巻き込まれる。キャッキャッしたお茶会などに参加したくないので、仕方がなく仕事をこなすようになった。
するとロアンは王女様のおかげだと泣いて喜んだ。
王女は俺に敬語をやめるように言ってきた。宝石の力を解明する先生なのだからと。堅苦しいことが苦手な俺はそれを素直に受け入れた。人前では改めることを条件に。
三人で過ごす日々が当たり前になっていく。
人と関わるのは面倒だったが、こんな時間も悪くないと思う自分に気付いて、思わず身震いをする。
(いや、俺は宝石のためにこうしているだけだ。力を解明して宝石をこの手にしてやる!)
そう心に誓って、自分に喝を入れる。
俺の悪党染みた本心を知っているはずなのに、王女は俺にも親し気に接してくる。自分の持つ宝を狙うやつに対する態度とはとても思えない。そんな態度を取られるから俺もますます混乱する。
トントン。
籠っていた書庫のドアをノックする音が響く。
入室の許可を出せば、顔を見せたのはルティア王女だ。
「ジャクリン様、今日はどのような方法を試されますか?」
ここ数日、俺と王女は宝石の力を引き出す要因を見つけ出すため、実験を行っている。ちなみにこれまでは失敗続きだ。
「宝石自体に衝撃を与える方法は昨日やったからな。何の反応もなかったが。やっぱりあの日のように王女自身が危険な状況に陥ったときに反応するのか?」
所有者が危機を感じた時に反応するというのは一般的な話だろう。王女も頭を捻りながら、あの時のことを思い出しているようだ。
「あの時は夢中で何を考えていたのかよく思い出せないんですよね……。でも王宮の実験でそういった状況を試したこともあったのですが、その時もダメでした。助けを乞えと言われましたが、そうしても何も起きなくて……。」
王女のその言葉に、思わず眉を寄せてしまう。
(あの時と同じような状況をわざと作り出すなんて、王宮のやつらは何を考えてるんだ。)
一国の王女に対する対応ではない。父親である陛下も止めないのだろうか。
「とにかく故意に危険な状況を生み出しても反応はしなそうだな。……初めて宝石の力が発現したのはどんな時だったんだ?」
そう言えばこれまでそのことを聞く機会がなかった。エストリアでの良い思い出がなさそうだから、あえて聞かずにいたのもあるが。
手がかりになるなら、聞いておいたほうがいいだろう。
「……実は、宝石の力が発現した時は私が宝石を身に着けていたわけではないのです。宝石は王が常に身に着けているものですから。私は国王であるおじい様とは普段離れて暮らしていました。」
彼女は少し表情を曇らせたが、静かに話し始めた。
「あの日は王族皆で神殿に祈祷に行く日でした。その日だけは私も家族とともに馬車に乗って神殿へ出かけるのです。しかし、その道中盗賊の襲撃に遭って……おじい様が乗られている馬車が真っ先に攻撃されました。私の乗っていた馬車の護衛は、すぐにおじい様の守りのため馬車を離れたので、私の馬車もすぐに攻撃され、外に連れ出されたんです。おじい様と護衛たちも馬車を壊されたのか、外で盗賊たちと交戦していました。盗賊たちは私を人質に、剣を捨てるようおじい様たちに迫りましたが、彼らはそれには応じませんでした。」
そう話す彼女の手は震えながら宝石を握り締めている。
俺はその彼女の様子に、思わず口を挟んで話を止めた。
「無理に話さなくても……」
「大丈夫です。」
彼女はそう言って頷くと、震える手を押さえ、話を続けた。
「もうダメだと思いました。でも盗賊の剣が私に振り下ろされそうになった時です。おじい様の胸元に隠れていた宝石が突然光り始めたのです。するとまずは私を切ろうとしていた盗賊の剣の刃が粉々に砕け散り、キラキラと光り輝きながら空へと舞い上がっていきました。続いてその場に居た者すべての剣の刃も、同じように消えていったのです。しばらく皆呆然とその風景を見つめていましたが、我に返った護衛たちに盗賊たちは拘束され、私は保護されました。私の扱いがエストリアで変わったのもそれからです。」
奇跡の力を発現させた彼女に、エストリアのやつらは態度をガラッと変えたのだろう。
彼女は思っていたよりずっとひどい目に遭っていた。
(この国もエストリアも王族はクズしかいないのだろうか。)
沈んだ顔をしている王女に声を掛けたいが、気の利いた言葉はさっぱり出てこない。
代わりに彼女の頭をぽんぽんと撫でた。人は頭を撫でられるとリラックスして気持ちが落ち着くと、どこかで聞いたことがある。
王女は最初ぽかんと驚いた顔を見せたが、すぐに頬を少し赤くして微笑み、されるがままになっていた。その顔は幼い子どものようだ。
バタンッ!
しばらく黙ってそうしていると、突然書庫のドアが大きな音を立てて開かれる。
「ジャクリン様~!」
泣き顔とともに部屋に入ってきたのはロアンだ。こいつがこの顔をしている時はまずい。
すぐさまロアンの横をすり抜け、その場から逃げようとする。
「ジャクリン様、逃がしませんよ!」
その動きに気付いたロアンが俺の足を掴んで縋り付いてくる。
「ルティア様、ドアを塞いでください!」
「っ!かしこまりました!」
ここ最近すっかり連携を取るようになった二人に逃亡を阻止される。
仕方なしに俺はロアンの話を聞くことになった。




