第10話 魂の眼
ベーカー家客室。
暖かい日差しが窓から降り注いでいる。
「それで、今日はどうしたんだ?」
そう俺が声をかけると、ティナはクッキーを口に運んだまま固まった。
煉瓦色の魔石が埋め込まれた綺麗なネックレスが首元でキラキラと光っている。
「えー、クッキーを渡しに来たのと…、あのー…あ、あたしも一緒に修行させてくれないかなー、なんて…」
(こいつはなんでオロオロしてんだ…?)
「でも魔法の修行は終わったとこだぞ?あとは1時間後に武術の先生がくるけど…」
「それ、あたしも一緒にやっていい?」
ティナが体を乗り出す。
「聞いてみないとわからないけど…まぁ今日は組手するって言ってたしいいんじゃないか?」
「やったぁ」
そう言って、ピースしながらウインクをするティナ。
(謎テンションすぎる…)
俺の隣で母さんはずっとニコニコしている。
「ティナちゃんのことは、先生に私からも頼んでおくわね。」
「ありがとう!マリーおばさま!」
魔法学院の入学試験は座学、武術、そして魔法の3つの試験科目がある。
座学の試験では必要最低限の知識と、いざという時の思考力を試される。
武術の試験では、武器なしで試験官と組手をして、体の使い方や体力などを測られる。
戦いの途中での、武器が壊れるなどのさまざまなアクシデントを想定して、いかに柔軟に対応し自分の命、そして仲間の命を守りきれるかを試されるのだ。
そして魔法の試験では、制限時間を設け、基本的な攻撃魔法を、四方八方に飛び回る的を狙って放ち続ける。
魔法を打つ際の魔力の無駄の有無や、いかに魔力操作に慣れているかなどを審査される。
(ティナが来てくれてちょうどよかった…やっと俺の『眼』の練習ができるな…)
2年前、前世の記憶と共に『謎の声の主』に与えられた『魂の眼』。
その当時は、理由はわからないが何も変化はなかった。
しかし、2週間ほど前に下町に降りた時、俺の目の能力は発現した。
その日、俺は新しい魔道具を探すために王都にあるいろいろな店をまわっていた。
ふらっとヤムル王国最大の商会、ヤトゥム商会が経営している店に立ち寄った時、俺は鉄籠の中に一匹の魔物を見つけた。
その魔物に目を奪われていると、俺が貴族だと分かったのか中年小太りの少し胡散臭い店員が近づいてきた。
トレードマークだと思われるちょび髭は綺麗に手入れされており、不自然なほどニコニコとしている。
「こいつの角は強力な武具素材や高級回復水薬の材料に、そして肉は脂の乗った最高級品でして…買っていかれますかい?お坊っちゃん。」
鋭い金色の角を生やした灼眼のうさぎの魔物が、籠の中で弱々しく座り込んでいる。
吸い込まれそうなほど真っ赤なその目とふと目が合う。
その瞬間、激しい頭痛が俺を襲った。
「…ッ!」
たまらず壁にもたれかかる。
「大丈夫ですかい!?」
慌てて駆け寄ってくる店員を手で制して立ち上がる。
「なんだよ…これ…」
目を開くとそこには透明な世界が広がっていた。
しかし何も見えないと言うわけではない。
目の前の店員、兎の魔物、そして自分自身が薄いベールのようなもので覆われていることに気づく。
いや、正確には店員や兎、そして俺の形を象った『ベール』が見えているだけだ。
そして更に驚いたことに、壁があるはずの右側を見ると、いくつもの人の形をした『ベール』が見えるのだ。
この店は大通りに面している。
そこを移動する人々だろうか。
歩き回る人々や、何かに座っているような体制で空中をまっすぐ移動する人々の形をしたベールが、数えきれないほど見える。
なぜだろう、動きがとてもゆっくりに感じる。
呆然と辺りを見回していると、再び頭痛がアクセルを襲う。
そして次に目を開けた時、世界は元に戻っていた。
「坊っちゃん、その目は一体…」
「…?」
「いや…いま目玉が金色に光ってやしたが…」