表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/7

蘇り

「デーヴィッド・・・!」


 其処には、異界越えに際して力を貸してくれた、雨ガッパを着て縄で首を絞められた、暗闇がいた。


「ははー! そう、デーヴィッドだ! いやぁ、無事でよかった」


 彼は、飄々と嬉々とした。

 さんざめく闇を振り撒きながら、カッパの布をはためかせて。

 

「・・・兎に角、有難う」

「おや、元気がないなぁ、どうしたんだい? 」


 まるで今気づいたみたいに、白々しく闇はそう尋ねた。

 胡散臭いとすら言えるだろう。


「・・・・」

「なんだい? 何か喋ってくれよ、恥ずかしくなるじゃないのさ」

「・・・ごめん」


 はっきり言ってしまうと、私はこの男は苦手だ。

 善い人ではあるのだろうけれどどうにもだめなのだ。

 理由は、といえば、やはりこの嘘臭さだ。

 胡散臭くて嘘臭い。

 お風呂に入っているのだろうか。

 まるで匂いが取れていない。


「何を言うんだカリィナ、このデーヴィッドは肢体の先端から末端に至るまで、丁寧な洗浄を心掛けているんだよ? 」

「やっぱり汚いじゃん」


 端っこしか洗ってなかった。

 なんでそんな重箱の隅をつつくように細かいところだけ洗うのさ


「あのさあデーヴィッド、いくらゴミ拾いや道案内ができても、人殺しをしてる人間が善い人だと思う? 」

「殺した相手だったり、その殺人者の背景にもよると思うけどなぁ」

「いや、殺人はダメでしょ」

「殺人がダメ? いましがたこのデーヴィッドに、()()によって救われておいて? 」

「・・・・ッ! 」


 ・・・やはり、この人は苦手だ。

 先述したとうり嘘くさくて胡散臭くて、どうにも信用ならない人だけど、たまにこうして、事の真をついてくる。


「まあ、そうだけど、さ」


 適当に同意して、私はその場にへたり込んだ。


「おや、どうしたんだい急に? 」

「いや・・・なんか力が抜けて・・・」


 多分、もう疲れたのだ。

 それもそうだろう。

 いろいろな事が一挙に大挙して押し寄せ過ぎだ。

 

 そのせいで、いや、私のせいで、もう想い人はいないんだ。

 死んでしまったのだ。

 私が冗談半分で門なんて開けたから、彼は死んでしまったのだ。

 少しからかうぐらいのつもりだったのに、まさかアイツが出てくるなんて、そんな事、少しだって予見していなかった。

 きっとあの機を待っていたのだろう。

 ずっと、私が扉を開くまで。

 結局彼にとって私は、よくわからない事を口走った挙句、命を奪った恐怖の対象だったのだ。

 

 酷い事をしてしまった。


 取り返しのつかない事だ。

 どうしようもできない事だ。


「私はもう、なにをすればいいかわからない。

 そんな顔だね? 」

「・・・うん」


 洞のような暗闇は、またもあけすけに、虚をつくように図星を突いた。


「でも、何をしたいかぐらいは、わかるんじゃあないのかな」

「・・・え? 」

「え? じゃないよ。

 まさかカリィナ、自分の持ってるやりたい事でさえ、わからないとは言うまいね」


 何を言ってるか、よくわからない。

 やりたい事?

 失意に暮れてる私に対して、そんな能動的なことを求めないで欲しいものだ。

 まあでも、強いて言うなら。


「・・・死にたい」

「君が死に体なのは知ってるよ、精神的にね。

 ボクが聞きたいのはそんな事じゃあない」


 ・・・。


 さっきから、この人はなんなのだ。

 いい加減腹立たしいし、真意が聞きたい。


「ほら、早くぅ〜、ボクはがこんなにへりくだって聞いてるのに教えくれないのかい?」

「・・・あのさ、さっきから何が言いたいの? 何がしたくて話してるのさ? 」

「まあ詰まる所、君の気持ちが知りたいってところだね」


 ・・・私の、気持ち。


 そんな事は、とうの昔から決まっている。

 彼が好きだ。

 私エイミー・カリィナは、彼の事を愛している。

 当然だ。

 

「そう、君は当然のように、未だ彼を愛している。

 そうだろう? 」

「そう、だよ」


 未だ意図の掴めない問答に、いささかもどかしさを感じる。

 だけど、まあ、私の気持ちはたしかにこれだ。


「つまり、君がしたい事はひとつじゃないのかい? 」


 ・・・。


 そう、私は彼が好きだ。

 そしてその事実から展開される私の欲求といえば、たしかに、これ以上なく確定的なものだった。


 彼の顔を見れば、芯が熱くなり、呼気は恥ずかし気に白んでゆく。

 そして体躯を遍く全ての心が、肺を酷使して、唇を震わせ叫んでいる。

 それは、彼と初めて会った時から変わらない。


「私は彼と━━━━キスがしたい」


 目的だけで言えば、彼を落として(しんぞう)を奪うだけで十分だ。

 そうすれば私の分の心臓(こころ)は得ることができるし、全て問題はなくなるだろう。


 だけど詰まる所、やっぱりそれはお題目に過ぎなくて、私の欲求というのは、どうやら、キスをしたい。

 この一点に集約されているようだった。


「そう、言葉遊びというか、もはや駄洒落の粋なのだけれど、君のスキは、キスにこそ宿っているんだよ」


 ━ある意味では、この世の真理さ。


 デーヴィッドの顔は、終始変わらなかった筈だ。

 終わりも始まりまりも暗闇の中。

 暗黒ここに極まれりだ。


 だけど、どうにも今だけは、瞳に映るそれが、煌々として見えてしまった。


 なんだか少し、悔しい。


「じゃあ、もうやるべき事はわかるね? 」

「え? 」

「鈍いなあ、君は彼とキスをしたいんだろ? じゃあ、何が、誰が必要かい? 」

「そりゃ、彼だろうけれど、・・・やっぱり何を言ってるのかわからないよあなた。

 彼はもう、死んだんだって━━━━・・・・」


 ここでやっと、わたしにも察しがついてきた。

 やっぱりこの人頭がおかしいのかもしれない。


「彼を生き返らせるんだ」













 デーヴィッド曰く、異界に戻れば


 





 



 


 


 



 







 




 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ