蘇り
「デーヴィッド・・・!」
其処には、異界越えに際して力を貸してくれた、雨ガッパを着て縄で首を絞められた、暗闇がいた。
「ははー! そう、デーヴィッドだ! いやぁ、無事でよかった」
彼は、飄々と嬉々とした。
さんざめく闇を振り撒きながら、カッパの布をはためかせて。
「・・・兎に角、有難う」
「おや、元気がないなぁ、どうしたんだい? 」
まるで今気づいたみたいに、白々しく闇はそう尋ねた。
胡散臭いとすら言えるだろう。
「・・・・」
「なんだい? 何か喋ってくれよ、恥ずかしくなるじゃないのさ」
「・・・ごめん」
はっきり言ってしまうと、私はこの男は苦手だ。
善い人ではあるのだろうけれどどうにもだめなのだ。
理由は、といえば、やはりこの嘘臭さだ。
胡散臭くて嘘臭い。
お風呂に入っているのだろうか。
まるで匂いが取れていない。
「何を言うんだカリィナ、このデーヴィッドは肢体の先端から末端に至るまで、丁寧な洗浄を心掛けているんだよ? 」
「やっぱり汚いじゃん」
端っこしか洗ってなかった。
なんでそんな重箱の隅をつつくように細かいところだけ洗うのさ
「あのさあデーヴィッド、いくらゴミ拾いや道案内ができても、人殺しをしてる人間が善い人だと思う? 」
「殺した相手だったり、その殺人者の背景にもよると思うけどなぁ」
「いや、殺人はダメでしょ」
「殺人がダメ? いましがたこのデーヴィッドに、殺人によって救われておいて? 」
「・・・・ッ! 」
・・・やはり、この人は苦手だ。
先述したとうり嘘くさくて胡散臭くて、どうにも信用ならない人だけど、たまにこうして、事の真をついてくる。
「まあ、そうだけど、さ」
適当に同意して、私はその場にへたり込んだ。
「おや、どうしたんだい急に? 」
「いや・・・なんか力が抜けて・・・」
多分、もう疲れたのだ。
それもそうだろう。
いろいろな事が一挙に大挙して押し寄せ過ぎだ。
そのせいで、いや、私のせいで、もう想い人はいないんだ。
死んでしまったのだ。
私が冗談半分で門なんて開けたから、彼は死んでしまったのだ。
少しからかうぐらいのつもりだったのに、まさかアイツが出てくるなんて、そんな事、少しだって予見していなかった。
きっとあの機を待っていたのだろう。
ずっと、私が扉を開くまで。
結局彼にとって私は、よくわからない事を口走った挙句、命を奪った恐怖の対象だったのだ。
酷い事をしてしまった。
取り返しのつかない事だ。
どうしようもできない事だ。
「私はもう、なにをすればいいかわからない。
そんな顔だね? 」
「・・・うん」
洞のような暗闇は、またもあけすけに、虚をつくように図星を突いた。
「でも、何をしたいかぐらいは、わかるんじゃあないのかな」
「・・・え? 」
「え? じゃないよ。
まさかカリィナ、自分の持ってるやりたい事でさえ、わからないとは言うまいね」
何を言ってるか、よくわからない。
やりたい事?
失意に暮れてる私に対して、そんな能動的なことを求めないで欲しいものだ。
まあでも、強いて言うなら。
「・・・死にたい」
「君が死に体なのは知ってるよ、精神的にね。
ボクが聞きたいのはそんな事じゃあない」
・・・。
さっきから、この人はなんなのだ。
いい加減腹立たしいし、真意が聞きたい。
「ほら、早くぅ〜、ボクはがこんなにへりくだって聞いてるのに教えくれないのかい?」
「・・・あのさ、さっきから何が言いたいの? 何がしたくて話してるのさ? 」
「まあ詰まる所、君の気持ちが知りたいってところだね」
・・・私の、気持ち。
そんな事は、とうの昔から決まっている。
彼が好きだ。
私エイミー・カリィナは、彼の事を愛している。
当然だ。
「そう、君は当然のように、未だ彼を愛している。
そうだろう? 」
「そう、だよ」
未だ意図の掴めない問答に、いささかもどかしさを感じる。
だけど、まあ、私の気持ちはたしかにこれだ。
「つまり、君がしたい事はひとつじゃないのかい? 」
・・・。
そう、私は彼が好きだ。
そしてその事実から展開される私の欲求といえば、たしかに、これ以上なく確定的なものだった。
彼の顔を見れば、芯が熱くなり、呼気は恥ずかし気に白んでゆく。
そして体躯を遍く全ての心が、肺を酷使して、唇を震わせ叫んでいる。
それは、彼と初めて会った時から変わらない。
「私は彼と━━━━キスがしたい」
目的だけで言えば、彼を落として心を奪うだけで十分だ。
そうすれば私の分の心臓は得ることができるし、全て問題はなくなるだろう。
だけど詰まる所、やっぱりそれはお題目に過ぎなくて、私の欲求というのは、どうやら、キスをしたい。
この一点に集約されているようだった。
「そう、言葉遊びというか、もはや駄洒落の粋なのだけれど、君のスキは、キスにこそ宿っているんだよ」
━ある意味では、この世の真理さ。
デーヴィッドの顔は、終始変わらなかった筈だ。
終わりも始まりまりも暗闇の中。
暗黒ここに極まれりだ。
だけど、どうにも今だけは、瞳に映るそれが、煌々として見えてしまった。
なんだか少し、悔しい。
「じゃあ、もうやるべき事はわかるね? 」
「え? 」
「鈍いなあ、君は彼とキスをしたいんだろ? じゃあ、何が、誰が必要かい? 」
「そりゃ、彼だろうけれど、・・・やっぱり何を言ってるのかわからないよあなた。
彼はもう、死んだんだって━━━━・・・・」
ここでやっと、わたしにも察しがついてきた。
やっぱりこの人頭がおかしいのかもしれない。
「彼を生き返らせるんだ」
※
デーヴィッド曰く、異界に戻れば