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幽霊ってトイレするんだろうか、気になるぜ

「何だ貴様、死ね」


 その怪物は、何と言うのだろう、一言で言えば異形だった。

 辛うじて人の様なシルエットはしているが、ディテールを見れば一目瞭然だ。

 甲殻類の様な黒い装甲を見に纏い、その鎧の隙間、関節には、あらゆる位置に眼球が散見された。

 一つの白目に、二つ三つのオッドアイや、酷く血走った三白眼。

 何より特筆すべきが、胸部の装甲を突き破り存在を主張する特大サイズの目玉だ。

 側面から見れば、きっと半円球の様な凸型だろう。


 体躯に遍く全てを以って、生理的な嫌悪感に呼びかけてきていた。

 わかりやすく言えば、黒板を爪で引っ掻いた音を具現化した様な容貌、という感じだ。


 聴覚による不快感を、そのまま視覚に転じた、といえば伝わるだろうか。


 兎にも角にも、本能は告げていた。


 ()()()と。


「う・・・」


「うあ・・・・! 」


「うわあああああああああああああああああああああぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁああああああああああああ!!! 」


 その後は、何も考えなかった。

 ひたすら、ひたすらに逃げた。

 

 あの異形から逃れるために、ただ遠くへと。

本能に従うままに、死にたくないと喚きながら。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁあぁぁあーーーーッ!!! 」


 そして叫んだ、自分の人生を呪いながら。


「何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ畜生あぁぁぁぁあーーーーーッ!!!!! 」


 喉が痛い。

 肺が痛い。

 足が痛い。

 胸が痛い。

 心が痛い。

 頭が痛い。

 鼻が痛い。

 膝が痛い。

 骨が痛い。

 軀が痛い。

 

 

 だけどそれでも━━━━━抗いたい。


「誰が死ぬか畜生ァァァァァアアアアアアア!!! 」


 気がつけば、太陽は昼を示していた。












 

「ハアッ! ハアッ! ケホォッ! う"ぇ"え"ッ! 」


 嗚咽が、止まらない。

 気持ち悪い。

 吐き気がする。

 もう嫌だ。


「だ、誰か、助けて・・・・」

「はい」


 目の前にハンカチが差し出された。

 可愛らしい刺繍に彩られた、いかにもな女の子ハンカチだ。


「あ、ああ、助かる」


 それを受け取って、俺はしたたる汗を拭った。

 畜生、冬に汗なんかかいたの初めてだ。


「なんとか、巻いたみたいだね」

「ああ、そうみたいだな・・・━━━━あ? 」

 

 項垂れていた顔を上げる。


 するとそこには、少女がいた。

 今朝からずっと見続けた、見慣れた美少女が。


 さも当然のように、俺と一緒に息を切らして。

 

「か、カリィナ・・・? 何でここに・・・」

「何でって、君が私の手を引いて助けてくれたんじゃん」


 え?

 俺が?

 そんな主人公みたいなことを?


「ほら」


 少女が指さす先を見れば、どうやら本当に手を引いていたらしく、俺の汗ばんだ右手が、少女の小さな手を握っていた。

 握りつぶすんじゃないかってくらい、強く、強く。


「うわっ! ・・・す、すまん! 」

「へへー、痛かったなー? 」


 そう言う彼女は、とても楽しそうに俺をなじった。

 嫌に上機嫌だ。

 

 鼻歌とか歌い出してる。


「なんだ、やたら機嫌がいいじゃないか。

 俺が殺されそうだったってのに」


 言いながら少し睨むも、少女は飄々とそれを受け流した。

 なんか小躍りしてる。


「いやぁだって、まさか君があんな情熱的に助けてくれるなんて思わないじゃん」


 そりゃどういう意味だ。

 俺は冷徹な人間だって思ってたってことか?

 あの時お前を助けたことを忘れたのかよ。


 ・・・。


 今回これっきりだった。

 

 

 などと思っていると、俺の視線に気付いたのか弁明を始めた。


「ほら君、危険が迫ったらそばにいる人犠牲にしてでも逃げそうじゃない? 」


 俺は冷徹な人間だって思ってた。

 

「ひどくねぇか? 」

「はは、ごめんごめん」


 快活な笑顔と共に、彼女は謝ってくれた。

 申し訳なさそうには一切してないが。


 なんか腹立つな。


 というか、そんな事よりだ。


「何なんだ、あの化け物は」


 本題に切り込む質問に、やはり雰囲気は剣呑になった。

 心なしか、少女の顔にも真剣味が帯びたように思える。 

 

 何だか一層、冬を感じた。

 妙に寒気がする。


 そして何を思ったか、制服のボタンを上から外しはじめた。


「お、おい! 」

「ここ」


 ━見えるかな、この番号。


 服を僅かにはだけさせて、少女は胸元を見せてくれた。

 

「なんかいやらしいな」

「モノローグで言ってよ」


 まあ、それはともかく。


「なんなんだ、この数字」


 艶かしくはだけたその胸元には、その対極を成すように、無機質な数字が刻まれていた。


 ━━━━━━1030、と。


「これは、私の番号」

「番号? 何の? 」


 聞くと、少女は歩き始めた。

 なんとなく、俺もそれに従う。


 彼女はやはり、半歩前を歩いていた。

 自然、俺は彼女の半歩後ろだから、彼女の背中が視界に入る。

 

 小柄な彼女の頭が、上下して揺れるの見るのは、何だか少し楽しかった。


 この状況だと、不謹慎な発言かもしれないが。


「私ね、ちょっとした実験に使われてるの」

「実験? 」


 ひょこひょこと揺れる頭を眺めながら、俺は質問を投げかけた。


「そ、実験」


 端的に、彼女は返事を反復した。


「まあ、実験って言ったって、飽くまで予想なんだけどね」

「ますますわかんねえぞ」

「あはは、ごめん」


 彼女の背中は、とても小さく見える


 何故かこの状況で、そんな事が気になった。

 

 小さくて、儚げで、━━━━弱々しくて。


「私ね、小さい頃から、ずっと一つの建物に閉じ込められてたの」

「異界、でか」

「そうだよ、私の故郷だもん」


 彼女は言う。


 懐かしそうに、そして同時に、恨めしそうに。


「私が覚えてる一番最初の記憶でも、やっぱりその建物の中だったもの。

 それで、そこで寝ている私に、男の人が私を上から覗き込んでる所」

「誰なんだ? 」

「わからない」


 心底無念そうに、少女は首を横に振る。


「だけど、その人が言っていたことは覚えてる」

「・・・なんて、言ったんだ? 」


 聞くと、とても深刻そうな顔をして、けれど少しだけ嬉しそうに答えてくれた。


「『待ってておくれ』って」


 ・・・。


 ・・・ん?


「それだけ? 」

「それだけ」


 何だか妙に情報量が少ないな。

 まあ最初の記憶とかいうぐらいだし、仕方がないとも言えるが。


「私ね、その人がきっと救ってくれるって信じてた。

 今はもう違うけど、それこそ、王子様みたいに思ってたもの」


 懐かしい昔を懐古する様に、少女は目を細めて言った。

 そしてやっぱり、嬉しそうに。


「好きだったんだな、そいつの事」

「ん・・・へへへ、君には悪いけど、そうだった」


 ━ま、今は君が好きだけどね。


 口ずさむように、そう付け足した。


「ま、それはいいんだけど、とにかくその建物の中しかいけなかったから、ほんとに探索ぐらいしかやることがなかったんだよね」

「へえ、で、その探索とやらで、何か目ぼしいものは見つかったのか? 」

「うん、何個かね」


 深刻そうな話口調に反して、頭は変わらず揺れている。

 話の内容とはかけ離れた、ほんわか映像を見ている気分になる。


 長めに伸ばした髪の毛が、サラサラと毛先を揺らすのもそうだ。

 

 存外俺って、揺れるものが好きなだけかもしれない。


 ていうかいかんいかん、不謹慎だってば。


「で、何があったんだ」

「そうそう、それが━━━━━━━」


 突如、少女が動かなくなった。

 いや、死んでる的な意味ではない。

 むしろ、生理的に生きてる証が、身体中から噴き出ていた。

 

 そう、汗だ。


 心なしか、というか明らかに顔色も悪い。

 

 異常だ。

 

 彼女の様子が、明確におかしくなっていた。


「おい、どうしたんだ? 」


 俺の問いかけにも、もはや反応はない。


 ・・・。


 やっぱり死んでるのかも知れん。


「生きてるかー? 」


 へんじがない。ただのしかばねのようだ。


「殺す」

「だから、もう死んでるってば━━━━━━━━━あ」


 そこには、体躯を装甲で包み込み、生理的嫌悪を喚起させる目玉の化け物がいた。


「殺すぞ、お前」

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