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落ちるという表現から連想されるものの中で唯一ポジティブなものって恋だよね

「心臓を奪う為・・・? 」

「そう! 心臓を奪う為! 」


 元気に復唱されてしまった。


 ・・・。


 なんというか、頭沸いてんのか?


「頭沸いてんのか? 」


 素で言った。

 言っちまった。


 どうやらこれは、俺の悪癖らしい。


「沸点はまだ超えてないよーだ! 」

「融点は超えてるのな」

「頭融けてないし! 」


 不満げに頬を膨らませて、少女は不貞腐れた。

 いや、不貞腐れたも困る。

 元はと言えば、頭沸いてるか確認される様な発言をしたコイツが悪いのだ。


 「なんでキスしたんだ?」の返答が、「心臓を奪う為」

 だぞ? 

 意味不明だ。

 文脈わからない系女子か?

 流行らねえぞ。

 

「・・・なあお前、ふざけてないで教えろよ」

「ふざけてないよ、教えたよ」


 飽くまでこの少女、あの言い分を通すらしい。

 いい加減にしろよ。

 流石にキャパオーバーだ。

 

 依然彼女は、口を尖らせて拗ねている。

 もうなんというか、ここまで来ると拗ねているというより、拗らせているの方が適語かもしれん。


「それに、私、『お前』なんて名前じゃないよ」

「・・・そうか、それは悪かった。どんな名前なんだ? 」


 これは確かに、俺が悪い。

 よくよく考えたら初対面をお前呼ばわりは中々だしな。

 まあ無論、初対面にキスよか遥かにマシだが。


「んふふ」

 

 口端を持ち上げて、笑みを溢して少女は名乗る。


「エイミー、私の名前はエイミー・カリィナ! 」


 ━━素敵な名前でしょ?


 にへらと笑ながら、そう付け足した。

 

「・・・ッ! 」


 脚が、震えた。


 その笑顔が、瞳が、サファイアの様に煌々としていたから。


 光を透過する程の、澄み渡る純粋さ。

 それに湖面の様な深い蒼が、緋色に値する絶対の美を与えている。


 鮮烈なまでに可憐で、

 苛烈なまでに美しく、

 酷烈なまでに高貴だ。


 それは筆舌に尽くし難く、難いが故に、筆舌に尽くしたくなる。


 直視すれば、眼は潰れて、少女を見るに値する眼が再生してくる事だろう。


 それ程までに、見目麗しい。

 前に一国傾城とまではいかない、とは言ったが、前言撤回。

 十は傾く事だろう。


「━━━━━━━━━━━━━━」


 正直、見蕩れてしまった。


 心拍数は跳ね上がり、脈拍は加速する。


 落ちる。

 落ちてしまう。


 或いは、堕ちてしまう。


 アレは、人をダメにする笑顔だ。


「? どうしたの? 」

「いや、なんでもない、なんでも」


 端的に誤魔化して、その場を乗り切った。

 先刻迄邪険に扱っていた癖して、顔が良かったから動揺したなんていえるわけもない。


「んー? 本当? 」


 乗り切れてなかった。

 意外にも食い下がるなコイツ。

 懐疑的な目で俺を射抜いてくる。

 

 仕方ないので、別の話題を出して誤魔化すことにした。


「心臓を奪いたいから、とか言ってたな。それはなんでなんだ? なんで俺の心臓なんか欲しがるんだ」

「えー、急に話変えるところとか怪しいなー? 」


 ━まあいいか。


 納得とはいかずとも、答えることには答えてくれるらしい。


「わたしね、心を奪われると心臓も奪われる病気にかかってるの」


 深刻な面持ちで、剣呑な雰囲気を以てそう宣言した。


「頭の病気じゃなくて?」

「ちがうの! 」

「じゃあ心の病気? 」

「なおさら違う! 」


 ひどく憤慨したようで、鼻息荒く訂正した。


 そうでなくても何かしら病んでるよ。


「聞いておいてそれはひどいよ! 」

「いやすまん、余りに意味不明だったから」


 少女は、仕方ないなあとでも言いたげな所作で、俺の半歩前を歩いていた。


「それで、その、カリィナ・・・・さん」

「カリィナ」

「だりぃな」

「カリィナ! 」

「たりぃな」

「カ・リ・ィ・ナ!! 」


 怒らせてしまった。

 

「すまん、言いたかっただけだ」

 

 謝罪の言葉が気に入らなかったのか、それでも頬を膨らませて半歩前。


 足早で、それでも優しげな歩行。

 歩き方にも、どうやら性格が出る様だった。


 だけどその歩みは唐突に止められた。

 その場に立ち止まったかと思うと、此方に向き直り、俺の目を見つめた。


 これから言う事の重大さを、その体躯全てで表現する様に。



「私ね━━━━君のことが好きなの」



 少女はそう語り出した。


「・・・・・」


 正直、これも後から考えれば、中々に唐突だし、意味不明だった。

 一体いつ惚れたのかとか、そうでなくてもキスはないだろうとか。

 だけど今は、現在だけは、その雰囲気に呑まれてしまった。


「そう、なのか? 」

「うん」


 端的に少女は肯定した。


「さっき、心を奪われると心臓も奪われる病気にかかってるって言ったでしょ?」

「ああ」


 俺もまた、端的に肯定する。


「それが原因でさ、君に心を奪われちゃったから、心臓も君に奪われちゃったんだ。


 だから君の胸には、私と君との、


 ━━━━━━二つの心が宿っている」




 ・・・。

  

 二つの━━━━━心。

 

 臆面もなく、恥ずかしげもなくそう言った。


 今時心臓を心と同一視するなんて、多少の馬鹿らしさを感じるが、どうだろう、心が奪われたから心臓が奪われた彼女からしてみれば、案外心イコール心臓の等式が完成しているのかもしれない。


「それでね、実は君も、心を奪われると心臓も奪われる病気にかかってるの」

「なるほどなるほ━━━━・・・は? 」


 流石に追いつかなくなってきた。

 俺が、病気?

 どう言う事だ。


「俺は、病気じゃないぞ・・・? 」


 思わず、間抜けた訂正をしてしまった。

 

「病気なんだってば」


 さも当然と言った様な顔で、なんの気無しにそう言った。


 畜生、訳がわからない。


「か、仮に俺が病気だとして、なんでそれがお前にわかるんだ? おかしいだろそれは」


 捻り出す様に反論する。

 だがまあ、口をついて出た言葉にしては正当性がある。


 それを受けて、少女は少し迷った様な素振りを見せると、はにかみながらこう言った。


「私、異界の民なの」


 ・・・。


 確かに、頭の病でも、心の病でもない様だった。


「お前がかかってるって病、厨二病だったのか」

「ちーーーーがーーーーうーーーー!! 」













「話が進まないし、もう異界の民って事でいいけど、そうだったらなんで俺の病気がわかるんだ? 」

「急に飲み込みいいね、さては慣れてきた? 」

「まあな」


 電波に対しての免疫がついてきた。

 まあこの免疫が機能されることになる相手って、コイツだけなのだけれど。


「私が住んでた異界ってね、不思議な力を持ってるいる人たちがたくさんいるの」

「痛タタタタ・・・」

「慣れてないじゃん」

「いや、続けてくれ」


 腕を組んで、不満ですよとでも言いたげなポーズをとっている。

 いや、不満なのは俺の方だよ。


「私が君に惚れた時に、とある不思議な力を持つ人に言われたの。

『お前が惚れた相手は、お前と同じ病にかかっている』って」


 ・・・彼女の言い分では、その不思議パワーで俺の病がわかったと、そう言うことらしい。


 胡散臭いにも程があった。

 なんだ不思議な力って、もっと捻れなかったのか。


「それで、俺がその病にかかってると分かった事と、キスをして心臓を奪うとか言う妄言はどう繋がるんだ? 」

「いやいや、ここまで説明したらもうわかるでしょー」

「わからねえぞ」

「ええー、ひょっとして君、私より頭弱い? 」

「相手が悪かったな、俺がお前に勝てる訳ないだろ」

「強気な弱者宣言!? 」


 情けないにも程があった。


「じゃ、じゃあ説明するけどさ、今私は君に惚れた所為で君に心臓を取られている。ここまではいい? 」

「ああ」

「そして君は、私と同じく惚れたら心臓を奪われてしまう」

「・・・ああ」


 ようやく、察しがついてきた。


 つまり、つまり━━━━


「君に私の心臓(こころ)をとられたから、私も君の心臓(こころ)を奪っちゃおうとしてるんだ」


 喜色満面、笑みをこぼして、溢れて落ちた。

 それはあまりにも眩してくて、俺には、輝いて見えた。


「君のことを落としてみせるよ、覚悟しててね! 」

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