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再会

私は感情のない声で、淡々とルイスに言う。


「どうかわたくしのことは忘れて、また都合のいい素敵なご令嬢をお探しになって、幸せに暮らして下さいな」

「なんて残酷なんだ、きみは」


 ルイスは唇を震わせて嘆く。


「このぼくの、燃えるような想いを知ってなお、そんなひどいことを言うのか。きみと会うために、どれだけの金貨を監守に渡したと思っている。……ああ、シャーリー。考え直してくれ」


 どうやら、勝手に悲劇のヒーローのように、自己陶酔してしまっているらしい。


 私は彼の泣き言を聞いているうちに、段々と吹っ切れて、覚悟が決まっていった。


(やっぱり私、人間なんて嫌いだわ。今度生まれ変わったら、モグラになりたい。そして、人間のいない地下でひっそりと、モグラの家族と仲良く静かに暮らしたい)

 

 ルイスがとぼとぼと帰った後、私はもう泣かなかった。


 そして明日、お父様とお母様のもとへ旅立つときを、心静かに待ったのだった。


♦♦♦


「もともとは、侯爵家のお嬢様ですって」

「可愛いお嬢さんじゃないの。虫も殺さない顔をして、いったい、なにをやらかしたんだい」

「国王陛下の弟ぎみに、正体不明の男を近づけたんだとよ」

「まさか、まだあんなに若い娘じゃないか」


 私が捕らえられていたのは地下牢だったが、監獄そのものは大きな建物で、コの字の形になっていた。

 その前の広場に絞首台が用意され、私はそこに立たされている。


 集まった人間は、おそらく百人ではきかないだろう。千人近く、いるかもしれない。

 いずれもが私を見て、ああだこうだと話をしていた。まさに見世物だ。


「坊や、見てごらん、あっちの建物の、一番高くなっているところを」

「あっ、王様だ! あれ、王様だよね? キラキラした冠をかぶってるもの」

「これ、指をさすんじゃない、怒られるよ」

「さあ、いよいよ始まるわ」


 この日は晴天で、青空が広がっていた。

 絞首台は、両端に木の杭が立ち、さらにその真ん中に縄が吊るしてあって、足元には扉のついた穴がある。


 首に縄をかけ、その扉を横から開くと、身体がすとんと下に落ち、自重で首吊りになる仕掛けになっていた。

 なるほど、こういう仕組みなのかと、私は他人事のように考える。


 正面の大きな建物の上階に、広いテラスがあり、立派な椅子に座っているのが、王族たちなのだろう。


 広場には、貴族も平民も隔てなく、大勢の人々が詰めかけて、この絞首刑を見に来ている。


 私はこの日、一番最初に、首を吊るされる予定になっていた。


 白い、丈の長い服を着せられ、手は後ろに縛られたまま、数段の階段をのぼって、木組みの絞首台に立たされる。


「この娘は、正体を偽った男を、公爵邸に連れ込んだ不届きものだ! よってこれより、絞首刑を行う!」


 衛兵が叫ぶと、群衆はどよめいた。


「まだ若いくせに、なんて悪い娘だ」

「可愛い顔をしているくせに、ああいうのが毒婦になるんだよ」

「さっさとやっちまえ!」

「殺せ! 殺せ!」


 私の頭に、ずぼっと袋のようなものがかぶせられた。


(いったい、なんでこんなことになってしまったの。でももう、なんでもいいわ。人間には、うんざり。最後にハティに会えなかったことだけが残念だけれど。いつかきっと、ヴラーギのみもと、神の楽園で、また会えるって信じてる。……そして、フレッド。あなたとは、そこでも会えないのかしら。せめてもう一度、言葉を交わしたかった。この気持ちを、伝えたかったわ)


 ここまできたら、いっそのこと、さっさとすべてを終わらせて欲しい。

 私は袋の中で目を閉じて、そう願う。


 けれど、袋の布を通して聞こえてくるざわめきはおさまらず、なんだか別のものへと変わったように思えた。


「なんだか、暗くならねえか。それに、妙に風が冷たい」

「あんなに晴れてたのに、どっから黒い雲がわいてきたんだ。……おや、ありゃなんだ」

「おっ、おい、あれはなんだ?」

「……南の空が、赤黒い。あれはなんだ」


「あれはなんだ!」


 ざわめきは、どよめきとなり、驚愕する声、そして悲鳴が巻き起こった。


 私の腕を押さえていた衛兵の力が弱まったので、私は身をよじって下を向き、袋を頭から落とす。そこで見たものは。


 バサッ、バサッ、と力強く羽ばたいて近づいて来る、青白い竜の姿だった。


「キ───ッ!」


 一声竜が高く鳴くと、人々は恐怖のあまり、ぴたりと動きも声も止める。


 その姿はあまりにも禍々しく、異様な魔力に満ちているのが感じられ、人々は畏怖と恐れで、硬直してしまっているように見えた。


 ほんのわずかでも動いたら、自分が殺されるかもしれない。

 猛禽類に狙われた、ネズミの集団。

 それほどの激しい殺気を、竜は発していた。


 テラス席から国王が、退避しようと動いたのがここからでも見えた、瞬間。

ドン! とすぐ近くの壁が、爆発したように弾けた。


 それを合図にしたかのように、うわああ、きゃああ、と人々が逃げようとする。

 そのとき、それは彼らを封じ込めようとするかのように、すーっと舞い降りてきた。


 少しでも人々が逃れようとしてできた空間に、竜は着地した。

 そしてそれは、人へと姿を変える。


(フレッド。あなたなの)


 私はドキドキしながら、歩み寄って来る青年を見つめていた。


 なびく白銀の髪。きらめく緑の瞳が、まっすぐに私を見た。その刹那。


「フレッド!」


 ハッとして私は叫んだ。

 彼に向かって周囲から、いっせいに衛兵が矢を放ったからだ。


 けれどその矢は、彼がマントを一振りしただけで、一瞬にして燃え、炭になって地面に落ちる。


「シャーリーに、卑劣な仕打ちをしたものは、誰だ。俺の前に進み出よ」


 アルフレッドは地獄の底から響くような低い、けれど不思議と遠くまで聞こえる声で言う。


 怒りに我を忘れたように、緑の目は炎と化し、白銀の髪は逆立って、人ならざる者に見えた。

 その全身から、殺気と怒りが黒い光となって、ほとばしって見える。


 恐れおののいた人々は、誰もが咳一つせず、息を飲んで黙りこくった。


 カッ、とアルフレッドが苛立ったように、周囲を見回す。


「いないのか! 臆病者どもめ! シャーリーをこのような目に合わせたこと、俺は決して、決して許さん! 出て来ないのならばそれもよい! 貴様らをすべてまとめて、灰塵にすれば済む話だ!」


 バン! バン! ガッ! と壁といい地面といい、アルフレッドが目を向けた方向に、爆発と破壊が起こった。


「フレッド! いけない、やめて!」


 叫んだ私の声は、激昂しているフレッドの耳には、まったく聞こえていないようだった。

 粉塵、砂塵が舞い、爆風が人々の目と耳を襲う。


 おぎゃああ、と赤ん坊の泣き声がした。

 お母ちゃま、怖い、という子供の声も聞こえた。


「駄目よ、フレッド、これ以上は!」


 私は、背後で腕を拘束している、綱の先を握った衛兵を振り向いた。


「お願い、彼を止めに行かせて! このままでは、みんな殺されてしまうわ」


 衛兵は迷っている様子だったが、駄目だ、と首を横に振った。


「上から、国王陛下がご覧になっているのだ。ここで逃がすわけにはいかん」

「で、でも」


死を決意し、先刻までなにも映さなかった私の目に、ハンカチを握りしめ、頬に涙のあとが残っているダーシー夫人や、同じく頬を濡らした、かつての召し使いたちが目に入る。

彼らは見物ではなく、心配して、あるいは私に別れを告げるため、駆け付けてくれたに違いなかった。


「みんな殺されてしまったら、誰が見ていようと、関係なくなるわ!」


 私の言葉に、衛兵はさらに迷い始めた様子だったが、まだ綱は離してくれない。

 私は全身全霊で、必死に叫んだ。


「やめて! フレッド!」


 と、私は周囲が突然、赤く染まったように感じた。

 そしてきらきらと光る赤い粒が、パアッと広がってアルフレッドへと一直線に向かう。


 黒い怒りの炎に身を焦がしたアルフレッドが、赤いやわらかな光に包まれた、その刹那。


 すうっ、とその全身から、殺気が消えた。

 今だ、と私はさらに声を大きくする。


「私、ちっとも怖くなかったわ! どこもどうもないし、とても元気よ! フレッド、お願い、無差別に人を殺さないで!」

「……シャーリー!」


 アルフレッドは我に返ったように、ハッとして私を見た。

それからもう、周囲の人々など目に入らない様子で、私に向かって一直線に駆けてくる。


 私の綱を握っていた衛兵は、ひいっ、と悲鳴を上げて逃げてしまう。


「シャーリー!」

「フレッド!」

「可哀想に、なんてことだ」


 アルフレッドは、呆気ないほど簡単に、私を拘束していた縄を引きちぎり、思い切り抱き締めてくる。

 私もそれに応じて、彼の背に両腕を回した。

 胸の奥が、嬉しさでジンと熱くなる。


「俺が来たからには、もう大丈夫だ! 無事でよかった!」

「……来てくれたのね! 私、ひどいことを言ったのに」

「わかっている。俺が無謀なことをしたせいで」

「あっ! フレッド、後ろ!」


 感無量の思いで、抱き合っていたアルフレッドの背に、またもや矢が放たれる。

 けれどアルフレッドがほんの少し反応しただけで、ばらばらとそれらは無意味に落下した。


 アルフレッドは私の肩を抱いたまま、ゆっくりと群衆に目を向ける。

 人々は、まだ恐怖に凍り付いたまま、みじろぎひとつしない。そのぴりぴりとした、空気の中。


「だ、誰か、あのものをなんとかできぬのか! 退治したものには、褒美をつかわすぞ! 爵位もだ!」


 叫んだのは、テラス席の国王だった。


「手品を使う妙なやつだが、ここには衛兵たちがいるんだ! いつまでもは、逃げられないぞ! おとなしくつかまれ!」


 次に叫んだのは、ルイスだった。


「……シャーリー。このゴミ溜めを、燃やしてもいいか」


 ぼそっとつぶやくアルフレッドを、私は懸命になだめる。


「駄目よ! ねえ、フレッド。私、人間は好きじゃない。もう、誰も彼もうんざりしたと思っていたわ。……でも、私も、私のお父様もお母様も、人間なのよ! お願い、あなたがたも聞いて!」


 私はフレッドから、視線を群衆に向けて叫んだ。


「この人は、妖霊島の魔王・アルフレッドです! 意味のない攻撃はしないで! 怒らせなければ、悪いことはしません。だから頼むから、私たちをそっとしておいて!」


 どよっ、と人々は、恐怖に強張った顔を見合わせる。


「ま……魔王だと!」

「そ、そうか、だから竜からあの姿に」

「ちょいと衛兵さん、じっとしていてちょうだい! 殺されたくないわ!」

「衛兵なんぞ、束になってもかなうもんかい。見ろ、あっちもこっちも、壁も地面も穴だらけじゃねえか」


「魔王・アルフレッド……う、嘘だろう、シャーリー……」


 ルイスが腰を抜かしたように、ぺたんと地面に座り込むのが見える。


「あの娘がそう言うんだ、おとなしくしておこう。確かに竜が人の姿になるのを、俺たちはこの目で見たじゃねえか!」

「ま、魔王か、あれが妖霊島の」

「恐ろしい、恐ろしい」

「でも、すっごい美形だわあ」

「おいおい、これだからお前ってやつは」


 ざわざわと囁く人々の口ぶりからすると、アルフレッドの正体を、信じてくれたらしかったのだが。


「ちょうどいいじゃないの、殺しちゃいなさいよ! 魔王なんて、すべての人間の敵だわ!」


 人々のどこかから、金切声が上がった。



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