復活 (魔王視点)
「……お前は、島に来たばかりか?」
「あ? ああ、そうだ。罰として送られたが、身体に力がみなぎってくるぜ。血なまぐさくて、暴れ放題。手当たり次第殺しても、誰も文句を言わねえ。いいところじゃねえか、気に入ったぜ!」
牛男は周囲を見回し、満足そうに笑う。
「そうか。ならば、ひとつ質問がある」
「ああん? なんだてめえは、偉そうに。なんだって俺が答えなきゃならねえんだ」
言った瞬間、パン! と牛男の五本の角が吹っ飛んだ。
ぎゃああ! と叫ぶごつごつとした顔に、俺は続ける。
「答えろ。最近、人界で、十四歳の娘が、国王によって処罰を受けたか」
「ああああ! 痛え! 痛えよ!」
うるさい、と俺は眉間にシワを寄せる。
「もう一度聞く。答えないと、頭そのものも飛ぶ。……人界で処罰される十四歳の少女について、なにか知っているか」
ううう、と角の取れた頭を押さえて呻きつつ、牛男は迫りくる命の危機を、ようやく察したらしかった。
痛みをこらえ、必死に口を開く。
「そ、そりゃあ、あれだろ。公爵の家に、嘘の名前で、怪しい男を招き入れた罪だ。公爵は、国王の兄弟かなんかだからな。仕方ねえ」
「娘の名前は」
「な、名前までは、知らねえよ」
「ならば、なんでもいい。他に知っていることを教えろ。知らないのであれば、もうお前の命に用はない」
「待ってくれ。お、思い出す。思い出すから」
「言っておくが、この島は、俺の庭だ。この場をとりつくろうためだけの、でまかせなど言おうものなら後に一瞬で探し出し、生きたまま少しずつ切り刻んでやる」
すると牛男は、大粒の脂汗を流しながら、苦しそうに言った。
「でっ、でまかせなんて言わねえ。ただ、俺も、直接見たわけじゃねえんだ。牢に入ってた、別のやつから聞いた話だからな。そ、そう……確か、栗色の髪の、結構、可愛らしい娘だと言ってたな。どっかの貴族の令嬢らしい。おお、そうだそうだ思い出した! だから、もったいねえ、って話をしたんだった。伯爵……じゃない。侯爵家の娘、だったような」
「処罰は、すでに行われたのか」
「いいや。まだ、だったと思う」
俺は焦燥感を覚えつつ、できるだけ冷静な声で言う。
「どんな処罰だ」
「王族の身を、危険にさらした、ってんで、俺みたいなコソ泥とはわけが違う。……あんた、人の世のことは、知らねえのか」
「うむ。話せ」
話し方は無礼だが、この際それには目をつぶり、俺は先をうながした。
男は苦痛にぜいぜいと荒い息をつきながら、ぼそぼそと話す。
「おそらく、縛り首だろうな。たまに、まとめて絞首刑が行われるんだ。王家に歯向かう連中への、見せしめだよ。出店もあるくらいの、さらし者、見世物だ」
(絞首刑!)
俺は息を飲み、しばらくその場に固まった。
背後から、魔王様、とカークに声を掛けられ、ようやく口を開く。
「もういい。行け」
俺が言うと牛男は、頭を押さえたまま、転がるようにして逃げ出した。
(公爵邸に、偽名でもぐりこんだ男。それをかばう、十四歳の栗色の髪の、可愛らしい侯爵家の令嬢。それが、縛り首になる。衆人環視の中、さらし者にされる……だと?)
「カーク」
「はい」
「シャーリーだ。そうだろう?」
「はい。魔王様をかばって、自らが罪人となったのでしょう」
ズズズズ、と地面が揺れ、びしびしと亀裂が走る。
カッ、と稲光が周囲を照らし、空にも凄まじい数の稲妻が、光の亀裂を映し出した。
「俺のせいで、シャーリーが罪人になったというのか! 俺のためにシャーリーは……心にもない冷たい言葉を口にしたのか!」
それが人の心なのだ、と俺は理解した。
胸の中に悲しいのか、嬉しいのか、混沌とした嵐のような感情が巻き起こる。
そして俺は、ハッ、と重大な事実に気が付いた。
「しかし、カーク。つまりそれは、シャーリーは俺を、嫌っていない、ということだな?」
「はい。むしろ逆でしょう」
「そうか。そうだな! そういうことだったのか……!」
ズズン! と激しい衝撃音がして、火山が激しい噴火を起こす。
だがその火口から吹きあがったのは、大量の花びらだった。
稲光は七色にきらめき、闇のようだった空の暗雲はピンク色に染まり、ドーン! パーン! と花火が上がる。
地割れした隙間からも、一斉に緑の木が生えてきて、街中が花と果実でおおわれた。
「なっ、なんだこりゃあ、眩しくて目がくらむ」
「妖霊島が、花畑になっちまった」
「花の甘い匂いで、くらくらしそうだ」
ざわつく妖魔たちの中を、俺は港に向かって歩いていく。
日頃は真っ黒に見える海も波も、青い宝石を彩る、銀色のレースのように美しく見えた。
「行くぞ、カーク」
俺が青い竜に姿を変えると、カークが背に乗った。
そして俺は、一刻も早くシャーリーを救い出すべく、人界へと向かって飛び立ったのだった。




