表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/34

嵐の始まり

もう食料のほどこしはいらないと断り、きっぱり叔父一家と縁を切るべきだろう。

そんなことを考えつつ、私はアルフレッドが造ってくれた立派な門を開いた。そのとき。


「シャーリー! 聞いてくれ、話があるんだ」


 馬車のほろの中から、ぞろぞろと男たちが降りてきた。

 その先頭にいて、飛び出してきたのはルイスだ。

びっくりして、咄嗟に動けなかった私の手を、強引に握る。


「い、いきなりなんのご用なの。あっ、やめて、勝手に入らないで!」


 ルイスに手をつかまれている間に、衛兵らしき人たちが、開いたドアから無断でドカドカと屋敷の中に入っていく。

 私はますます驚愕し、怖くなった。


「ルイス、いったいこれはなんのつもりなの! 帰って下さい!」


 叫ぶ私に、ルイスは真剣な目をして言う。


「落ち着いて聞いてくれ、シャーリー。きみのために、ぼくは来たんだ。トレザの屋敷に、怪しい男が出入りしているだろう?」


 え? と私は一瞬考えて、すぐに気が付く。

 おそらく、アルフレッドのことを言っているに違いない。


「あの男のことは、社交界でも噂になっているんだ。あれきり、きみは誰のサロンにも姿を見せないし」

「あなたには関係ないでしょう!」


 手を振りほどこうとしているのに、ルイスの力は、それを許してくれない。


「あるさ。元とはいえ婚約者だ。いいかい、シャーリー。君はだまされているんだ!」


 ルイスは私に噛みつくようにして、重大な御告げでもあるかのように、厳かな声で伝える。


「フレイセイ王国の、フィクトス公爵などというものは存在しない! あれからきみの叔父上たちが中心になって、調べたんだよ。番兵も、なぜかあのときは不思議に思わなかったらしい。なにか暗示にかけられていたんだろう、というのが王室の魔道使いたちの推測だ」


(だったら、なんだって言うの)


 そんなこと、私はとうに知っている。

 彼は妖霊島の、魔王アルフレッドだ。


 しかしここで彼は魔王だ、などと言ったら、ますます怪しまれるだけだろう。


「そ……そうなの。でも、それとあなたが今日押しかけていらっしゃったことと、なんの関係がおありなの?」

「とぼけても無駄だ」


 ルイスは怖い顔で、私を見つめる。


「村の農家の人々に話を聞いて、もう調べはついている。この家に、妙に派手な男が大きな馬車で、何度も乗りつけているそうじゃないか。それがフィクトスだろう?」

「誰がここへ来ても、あなたには関係ないわ!」


 怒る私に、ルイスも怒った顔をする。


「きみのその返事は、男がここへ来た、と認めているようなものだ」

「だとしても、あなたにそれを非難されるいわれはありません。わたくしが自分の家にどんなお客様を招き入れるかは、わたくしが決めることですわ」


 言い返すと、ルイスは溜め息をついて首を左右に振った。


 そして、勝手に部屋の中に入った、衛兵と使用人たちに声をかける。


「おい、いたか!」

「はい、ハリソン子爵! つかまえました!」


 まさか、いつの間にかアルフレッドが訪ねてきていてつかまったのでは、とギクリとした私だったが、そうではなかった。


「なにすんのよ、痛い、痛い、離しなさいよ!」


 ルイスの使用人がつかまえ、首ねっこをつかんでいたのは、ハティだったのだ。


「なにしてるの! やめて、乱暴しないで!その子から手を離しなさい!」


 悲鳴のような声で言う私の腕をつかんだまま、ルイスが制止する。


「きみが法廷で正直に言えば、あの猫は解放するよ」

「法廷?」


 なにが起きているのかわからない私をよそに、ハティは用意されていたバスケットに入れられてしまった。

 ハティは泣きながら、ばりばりとバスケットをひっかいている。


「出して! シャーリー、助けて!」

「大丈夫よ、ハティ! 絶対に助けてあげるから、暴れて怪我をしないようにして!」


 私はキッと涙目でルイスを睨む。


「いい加減にして! どういうつもりなの!」


 こちらの激怒が伝わったらしく、急にルイスは態度を軟化させた。


「そ、そんなに怒らないでくれ、シャーリー。きみがあの男に、たぶらかされているのはわかっているんだ。あいつをおびき出して、裁きを受けさせる段取りがついたら、ちゃんと猫は解放するよ」


 私はつかまれていない方の手で、口を押さえる。


「無関係のハティを盾にして、なんてひどいことを……! あなたは卑怯だわ、ルイス!」

「先に婚約者のぼくを裏切ったのは、きみのほうじゃないか!」


 ルイスも涙を浮かべ、顔を真っ赤にして悔しそうに言う。


「きみは爵位をいただき、社交界にデビューした、ぼくの一世一代の晴れ舞台で婚約破棄をするなどという、卑劣きわまりないことをしてくれた。ぼくとその家名に泥を塗り、ひどい恥をかかせ、そして得体の知れない男を家に招き入れている。どう考えても、責められるのはきみだろう?」

「あなたがオリバーと、恋を語っていても?」


 なにを調子のいいことを、と私は怒りに震える声で言う。


「知っていたわ。あなたが爵位目当てで、人形のような私でも、妻にしようとしたことを。だから婚約を破棄したのよ。当たり前じゃないの」

「そ、それくらいのこと、社交界では普通だ!」


 ルイスは興奮し、開き直って叫んだ。


「きみはこんな田舎暮らしだから知らないんだ。浮気のひとつふたつで、あれこれ言っていたら、社交界になんていられないよ」

「なんでもいいわ。とにかく、ハティを早く返して! 小さな猫に、いったいなんの罪があるっていうの?」


「猫にはないさ。他国の貴族だとみなを騙して、公爵邸に入り込んだあの男。あいつさえ、つき出せばいいと言っている。できないのかい? それではきみがあの男と、グルになっていると思われても仕方ないぞ!」

「グルって……」


 いったい、どうすればいいのだろう。

 私は呆然として、立ち竦んでしまっていた。


 アルフレッドは、私にはとてつもなく優しい。が、なんといっても魔王なのだ。


(駄目だわ。国に差し出すなんて、絶対にできない。このことがフレッドにバレただけでも、怒り狂って国そのものを滅ぼしてしまうかも)


「し、しばらく、考えさせて下さらない?」


 私は焦りと不安を感じながら、ルイスに言う。


「すぐには無理よ。私があの方と会って、説得してみます」

「では、連絡がとれるのだな? 早く所在を教えろ。ぼくたちがひっとらえに行く! ぼくはきみのせいで傷ついた名誉を、回復しなくてはならないんだ!」


(そんなことになったら、あなたも使用人も、仕事をしているだけの衛兵さんたちも、一瞬で殺されてしまうかもしれないわ。彼らにだって、家族もいるでしょうに。第一、フレッドに人殺しなんてさせたくない)


 私は無言で首を振り、ハティの入っているバスケットに、猫の鳴き声で囁いた。


「ハティ。ごめんなさい、しばらく我慢していてね。危害を加えられないように、おとなしくしていて」

「……うん。シャーリーが言うなら、信じる」


 その言葉を聞いて、私はルイスに向き直った。


「ハティを返してもらうまでは、私が絶対に逃げないと、あなたも確信しているのではなくて? だからお願い、時間を下さい」

「まさか、自分ではなく男を逃がす気じゃないだろうな? そんなことになったら、猫はバスケットごと、燃やされると思ってくれ」


「なんてひどいことを……!」

「まあともかく、きみに対する絶対の担保となったわけだ。猫を確保したのは正解だったみたいだね」


 しばらくルイスは思案していたが、やがて溜め息をついた。


「わかった。だが、そんなには待てない。期日は明日の夜までだ。もう一度ここに来るから、そのとき、あの男を突き出すか、住処に案内してくれ。ぼくとしては、本当はあまり手荒な真似をしたくないんだ」


(ハティをバスケットに押し込んでおいて、なにを言ってるのよ!)


 私は思ったが、黙っていた。

あまり刺激して、ハティの扱いが雑になったら困ると思ったからだ。


「それに……」


 ルイスは私の手を離し、複雑な顔になる。


「この前の公爵邸で、きみを見直して、改めて心を動かされたのは本当だよ、シャーリー。できたらあの妙な男の呪縛から目を覚まして、ぼくを見て欲しい。考えておいてくれ」


 そう言うとルイスは、従者たちにバスケットを持たせ、馬車に乗った。


「シャーリー! 迎えに来てね、必ずよ!」

「ええ、待っていてね!」


 バスケットからのハティの叫びに、私は答える。


 遠くなっていく馬車を見つめながら、私は腹立たしいのと悲しいのとで、どうにかなってしまいそうだった。


(やっとここで、静かな暮らしを手に入れたはずだったのに)


 復讐を考えた自分も、よくなかったのだとは思う。

 けれど、あのままルイスと結婚していたら、もっと悲惨なことになっていたはずだ。


 私は振り向き、アルフレッドの魔力で、すっかり立派になった屋敷を見上げる。


(フレッドは悪くない。それだけは確かだわ。でも彼を人界の揉め事に、巻き込んではいけない。万が一、私のせいで魔王と人間が戦うようなことになってしまったら、おそらく関係ない人にまで、被害が出てしまう。……彼を遠ざけて、私だけでハティを守らなくては)


 私は胸に決意を秘め、ハティのいない、静かすぎる屋敷へ戻った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ