つかの間の平和 2
翌日は、朝から空が晴れ渡っていた。
けれど暑いというほどのことはなく、湿度が低くて過ごしやすい。
迎えに来たアルフレッドの馬車には、どっさりとピクニックに必要なものが、積み込まれている。
それから、とアルフレッドは私に、淡い薄紫のショールを渡した。
「その。もし、嫌でなければ、使ってくれ。必要なければ、ハティの寝床にでもすればいいが。シャーリーの着ている服だと、風のある日は寒いのではないかと思った」
「……フレッド」
私の衣類事情は、れいによって物置にあった予備のシーツやベッドカバー、カーテンなどで作ったものだ。
しかし最近、アルフレッドに会うときだけは、先日のパーティで用意された、ベージュのノースリーブのドレスを着ていた。
アルフレッドはそんな私の格好を、ずっと気にしてくれていたらしい。
「ほ、本当は、ドレスをプレゼントすればいいのだろうが、サイズも好みもあるからと、市場で言われたのでやめておいた」
「素敵よ、フレッド! ありがとう」
私は素直に受け取って礼を言い、早速使ってみた。
しっとりとやわらかで、薄い青紫のショールを肩にかけると、それだけで随分と温かい。
「ねえねえ、カーク。魔王だったらドレスくらい、簡単にパッと出せるんじゃないの」
抱っこをせがみながら、後ろ脚で立つハティに、カークが教える。
「もちろん、さっと手を動かすだけで、シャーリーさんの服なんて取り替えられるんだけどね。替える途中で、ぺろんと、つまり、素っ裸が見えちゃうんだよ。それを魔王様は遠慮してるんだと思う」
「あら。結構、紳士なのね。魔王のくせに」
おい、とギロリとアルフレッドが、彼らを睨んだ。
それだけで、カークの周りにザッと風が舞う。
「ちょっ、魔王様! 俺はともかく、ハティさんになんかあったら、シャーリーさんに怒られますからね!」
「そうよそうよ、別に着たままじゃなくても、別の服と同じサイズの服を作ればいいだけじゃない」
ハティの言葉に、アルフレッドだけでなく、カークもハッとした顔になる。
「……言われてみれば、確かに」
「シャーリー。そういうわけで、別の服を持ってきてもらえるか」
「なによ、ふたりとも気が付かなかったの。男って、ホントに駄目よね」
フン、と鼻を鳴らしたハティが、耳の後ろを掃除し始めて、私は慌ててしまった。
「ごめんなさい、気を遣ってもらって。ハティ、言い過ぎよ。美味しいお魚のスープを、ご馳走になったでしょ?」
「あっ。そうだった。忘れてた。猫って、そういうものなの。でも、ごめんなさい」
ハティが謝って小さな額をすり寄せると、カークはたちまちだらしない顔になる。
「いいよ、いいよ。俺たちが迂闊だったのは本当だから」
「おかげでシャーリーのドレスを、この前のパーティで着飾っていた貴婦人の誰のものよりも豪華に、美しく作れるしな。何百でも、何千でも」
とはいえ、そんなにたくさんいらないし、あまり豪華にされたら目立つうえに、畑仕事もはかどらない。
そんな私の希望も取り入れてもらい、数着の、あまり気取らない品のいいドレスと、普段用の軽装をこしらえてもらった。
早速その中の、ショールと似た淡い薄紫の外出着を着て、ピクニックに行くことにする。
さらに、以前プレゼントされた青いリボンを取り出して、ハーフアップにした髪に結んだ。
二階で着替えを終えて、ふたりを待たせている居間に行くと、アルフレッドがパーッと表情を明るくする。
「おお。思ったとおり、よく似合っている!そ、それに、そのリボンはあれか。俺が前に、贈ったものをつけてくれたのか」
「……ええ。このドレス、着心地もよくて、とっても素敵。本当にありがとう」
私が歩いていくとアルフレッドは立ち上がり、手をとった。
その目の周りがほんのり赤くなっているのを見て、私もすっかり照れてしまう。
「じゃあ、もう行きましょうよ。日が傾いてしまう前に」
カークが言って立ち上がり、それを合図にしたかのように、私たちは戸口に向かった。
「ところで、どこへ行くの?」
馬車に乗り込みながら尋ねると、正面に座ったアルフレッドが答える。
「俺の屋敷の近くに、小さな湖があった。その辺りに行ってみよう」
「素敵だわ。私、トレザに来てから遠出なんて、一度もしていなかったの」
馬車でアルフレッドと向かい合って座る私の膝には、ハティが乗っている。
カークは御者になって、馬を操っていた。
(いいお天気。窓からの風が気持ちいいわ)
こんなふうに、ウキウキとした気持ちになったのは、何年ぶりだろう。
ハティ興味深そうに、じっと車窓を流れていく風景を見つめている。
やがて馬車は、湖の近くに停められた。
アルフレッドに続いて降りてみると、小さな花がたくさん咲いている、草原が広がっている。
「綺麗ねえ。こんなところがあったのね」
「川より大きい水たまりがあるから、お魚がきっといっぱいいるわよね!」
「あれは、湖っていうのよ」
「ミズーミ。ふうん、初めて見た。落ちないように気を付けてね、シャーリー」
「あなたこそ、虫を追いかけて夢中になったりしないでね」
ハティも弾む足取りで、草の上を歩いてついてくる。
眺めのいい場所まで歩くと、アルフレッドがパキッと指を鳴らした。
するとそこには、テーブルと椅子とお茶のセットが、あっと言う間に現れる。
ついでにカークのことも、御者からウサギの姿へと変化させた。
「あっ、どうもお手数をおかけします」
黒ウサギになったカークが、ぺこっとアルフレッドに礼をする。
「礼には及ばん。せいぜい、草原をハティとたわむれるがいい」
「なんだか、夢の世界にいるみたい。魔力って、すごいのねえ」
私が目を丸くしていると、アルフレッドは椅子に座るよう、うながしてきた。