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仲良し  (魔王視点)

「私は幼いころ、両親を殺されたの。社交界にデビューして、広く認知されたのだし、簡単に殺されるようなことはもうないと思って。……だからなにか、少しくらい仕返しがしたくて、実行したのよ。それはうまくいった、と思うわ。でも」


 小さな溜め息が、ふっくらした唇から漏れる。


「終わってみれば、虚しかった。早くハティに会いたい。動物たちとの、ここでの日常に戻りたい。そればかり考えていたわ。そして、あなたに送ってもらって帰宅して、ホッとしたのだけれど」

「夜中に、すぐ近くの木が燃やされちゃったの。立派で素敵な大きな木で、小鳥がよく遊びに来たのに。それから、火をつけた連中は、窓に石を投げてきたの。何度も何度も。怖くて、ほとんど眠れなかったわ」


 ハティの言葉に、シャーリーはうなずく。


「お父様の言う通りだった。復讐しても、また復讐をされるだけ。きりがないのね」

「……そうとわかれば、簡単ではないか!」


 すべてを把握した俺は、激怒して立ち上がった。


「その、きみの両親を殺した連中とやらを、まとめて炭にすればいいのだろう。屋敷はどこだ、一瞬でかたをつけてやる」

「駄目よ!」


 慌てたように、シャーリーが言う。


「なぜだ。では生きたまま八つ裂きか。それとも目玉をくりぬいて、生首を晒すのがいいか」

「それも駄目。私が人殺しを願ったら、死んでからお父様たちのところへ、行けなくなってしまうもの。でも、フレッド。あなたのその気持ちは、嬉しく思うわ」


 残念だが、シャーリーがそう考えるのであれば仕方がない。

 俺は渋々とソファに座り直した。


「そうか。気が変わったら、いつでも言ってくれ」


 ありがとう、とシャーリーは俺を見て、目を潤ませて微笑んだ。

 その笑顔の眩しさに、俺はくらっとめまいを覚える。


 そしてシャーリーは、なにか心に決めた様子で、きっぱり言った。


「私ね。昨晩、眠れないまま、ずっと考えていたの。そしてわかったのよ。私が復讐をするとしたら、それは彼らより、幸せになってやることが一番だ、って」

「……幸せに。うん。俺もそれには、賛成だ」


「私は動物たちと楽しく暮らせたら、それでいいわ。フレッドやカークさんとも、お友達になれたんだし」

「そうだな。しかしシャーリー。カークに、さんはつけなくていい」


 うふふ、と可愛らしくシャーリーは笑う。


「それじゃ、フレッドとカーク。新しいお友達ができたのは嬉しいわ」

「仲良しが増えて、よかったね、シャーリー」


 仲良し。お友達。

 妖霊島では、まず馴染みのない、異質ともいっていい感覚だ。


 だがこのふわふわとしたくすぐったい、不思議な甘い心地よさに、俺もカークも酔ったようになっていた。


(俺が、きみの幸せを守りたい! 他のやつには守らせたくない!)


 俺はガタッと立ち上がり、シャーリーに言った。


「では少し、この屋敷を模様替えさせてくれ。きみとハティが、安心して暮らせる屋敷にしたい」

「え? ええ。でも、魔王って、大工仕事もできるの?」

「任せてくれ」


 俺は右手を上げ、中指と親指をパチッと鳴らす。


 と、まず屋敷の周囲の土が盛り上がり、固まって、ガンガンガン、と頑丈な塀が立ち上がった。


 次いで、荷馬車に運んできた花々がいっせいに蔓を伸ばし、あるものは壁となり、あるものは扉に、そして花壇やアーチになる。


 割れたガラスはすべて元に戻り、室内の古びた家具も、新しい木の匂いのする、美しいものに生まれ変わった。


 わああ、とシャーリーとハティは喜びの声をあげ、なぜかカークが得意そうにしている。


「まあ、うちの魔王様の魔道にかかったら、こんなのは小枝を折るより簡単ですからね」

「さすが、魔王って呼ばれるだけあるわね。すごーい!」


 ハティはうっとりしたが、身体を摺り寄せたのが自分でなく俺の足だったため、カークは口をへの字にする。


「ハティさん。魔王様は本当なら、猫なんて近寄らせもしない、血も涙もない恐怖の存在なんだから、油断しちゃ駄目だよ」

「そうなの?」


 きょとんとして見上げるハティに、俺はうなずいた。


「まあ、そうだ。気が向いたら、こんなこともする」


 言って指をパキッと鳴らし、カークのほうへ光の玉を飛ばす。すると。


「あっ、魔王様! なんで今、戻すんですか!」


 喚いているカークは、従者からいつもの、黒ウサギの姿になっていた。


 わあ、とシャーリーとハティは目を丸くする。


「黒くて、角のあるウサギさんなんて、珍しいわねえ。でも神秘的で、素敵だわ」

「お、俺は、人界ではジャッカロープって妖魔の名前で呼ばれてて、普通のウサギとは違うんです!」


 カークは後ろ脚だけで立ち上がって喚いたが、警戒しながらハティが近寄ると、おとなしく前脚を下ろした。


「へええ。あんた、ウサギだったのねえ」

「あっ、うん、まあウサギといえば確かにウサギだからね」

「尻尾が短くて丸くて、あたしと全然違う」

「えっ、おかしいかな。ハティさんの尻尾は長くて、すらっとして綺麗だよね」

「丸いのも悪くないわよ」

「そ、そうかな。じゃあ、よかった」


 ぽむぽむ、とハティが前脚で尾に触れると、カークは恥ずかしそうにしつつも、じっと耐えている。


「きみの尻尾も触っていい?」

「いやよ。猫の尻尾は敏感なんだから。でも、そうね、ちょっとだけなら」


 可愛い、とシャーリーはじゃれる二匹を見て、目を細くする。


「そうか、だからカークもハティの言葉がわかったのね」

「獣同士だからな」


 身もふたもなく俺は言うが、シャーリーは感動したように、頬を火照らせていた。


「まるで、おとぎの国みたい。それにお屋敷の中も、こんなにみんな、新品に綺麗にしてくれて。そうだわ、もしかして……!」


 シャーリーが駆け寄ったのは、美しい絵の描かれた、テーブルほどに大きな楽器だった。

鍵盤に触れると、独特な音色がする。


「やっぱり、ハープシコードも直ってるわ! ありがとう、フレッド!」


 ぱあっ、とシャーリーが見せてくれた明るい表情に、俺はなぜか、胸が締め付けられるような思いにとらわれる。


(なんだ、これは。凄まじく嬉しいのに、なぜこんなに苦しいんだ)


 さらに不可思議なことに、それは決して、嫌な感覚ではなかった。


「シャーリー、ハープシコードを弾いて。あたし、壊れていたときしか、聴いたことがないんだもん」

 ハティが言い、シャーリーは俺たちのほうを見る。


「一曲弾いてもいいかしら」

「もちろん何曲でも。俺も聴いてみたい」


 するとシャーリーは椅子に座り直し、ハープシコードを弾き始めた。


 俺も笛の音くらいは知っているが、こんな楽器の音は初めて聴いた。


「……綺麗な曲ですね、魔王様」


 つぶやいたカークは、感動したように瞳をキラキラさせて、曲に聴き入っている。

 俺も珍しくカークに同意し、そのとおりだ、とうなずいた。


読んで下さってありがとうございました!

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時間は不定期ですが、毎日更新します。8月中に完結予定。

最後までおつきあい下さると嬉しいです。

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