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あの時の竜 (魔王視点)

「ええと。アルフレッド様、だったかしら」

「ああ。様はいらん。ついでに、フレッドでいい」


 ことさら安心させるように、俺は笑って言った。


「これはいったい、どうしたというんだ。昨晩の留守中に、泥棒でも入ったのか」

「違うよ。ゆうべ、悪者が来たの」


 そう言ったのは、シャーリーの肩に乗ったままの猫だった。


「悪者? どういうことだ」


 俺が尋ねると、シャーリーは目をぱちくりする。


「アル……フレッド様。あなた、ハティの言葉がわかるの?」

「ああ、もちろん」


 シャーリーはびっくりしたように、しかし確かに嬉しそうに微笑んだ。


「まあ。それじゃ、わたくしと同じですわ」

「うん。共通点があったというわけだ。それなら話が合いそうではないか。ところで何度も言うが、様はいらない」


 俺は笑って、リボンの入った小箱を渡した。


「俺からの貢ぎ物だ。中に入って、事情を聞かせてくれ」

「貢ぎ物? あ、ありがとうございます」


 俺の背後で、ため息が聞こえる。


「あー。俺もなんか持ってくればよかった。……きみに」


 しゃがみ込んだカークが言ったのは、シャーリーの飼い猫に対してだ。

 猫はツンとして、それでもまんざらでもなさそうに、カークに答える。


「ハティよ。あなたは?」

「カークだ。……その。きみの目、すごく綺麗だね」

「そう? あなたの目の色も、悪くないわ」


 シャーリーは当初、困惑した顔をしていたが、彼らの様子に心が和んだようだ。


「カークさんまで、ハティと話せるのね」

「まあな。しかし、あいつのことなどどうでもいい」

「そんなことありませんわ。あなたの従者ですもの。……どうぞ、お入りになって」


小箱を受け取ると、シャーリーは室内へと俺たちを招き入れてくれた。


 こうして見ると、舞踏会のときは随分と気を張って、背伸びをしていたらしい。

髪を下ろしているせいもあり、今のシャーリーは淑女というより年相応の、少女に見えた。


 室内は、外から見たときの印象と変わらず、古くてあちこち傷んでいるものの、どっしりした存在感を放っている。


 綺麗に掃除されており、年代物の大きな楽器らしきものが、室内のアクセントになっていた。

ところがその上にも下にも、なぜか石が転がっている。


 シャーリーはそこから目を逸らすようにして、俺をソファへとうながした。


「少し布が傷んでいるけれど、そちらへどうぞ。乾燥させた、木の根のお茶しかありませんの。それでよろしければ、召し上がって下さいませ」

「きみが淹れるなら、泥水でも飲む」


 俺が言うと、シャーリーはうっすら耳たぶを赤くして、湯を沸かし始める。

その足元で、ハティと名乗った猫が、胡散臭そうに、こちらをじっと見つめていた。


「ねえ、シャーリー。あたし、あの人の匂い、知ってるよ」

「え? 勘違いよ、だって初対面のはずじゃないの」


 不思議そうなシャーリーが、お茶をカップに入れて持ってくる。


「カークさんの分も、こちらに置いていいかしら」

「いや。こいつは放っておいていい」


 俺はソファでカップを受け取り、シャーリーも正面の椅子に座るのを待って、話を始めた。


「さて。まずは、俺がなにものであるのか、シャーリーが理解するまで話そう。そうでないと警戒心を解いて、話をしてくれないだろうからな。……シャーリー。俺はきみとしばらく、暮らしたことがある」

「わたくし、申し上げたはずですけれども」


 シャーリーは大きな草食動物のような目で、俺を真っすぐに見た。


「嘘をつく人は嫌いです。魔王というだけでも、信じがたいのに。そのうえ、まだそんな作り話をするのなら、お帰りいただきたいわ」

「嘘じゃない。きみは、俺を岩場で看病してくれた。パンを食べさせ、水を飲ませ、毛布をかけてくれただろう?」


 えっ、とシャーリーの目が、真ん丸に見開かれる。


「だ、だって。岩場って……わ、わたくしが看病したのは、あなたじゃないわ」

「同じ匂いよ!」


 ハティは言ってこちらへ駆けて来ると、ヒゲをピンと立てた。


「思い出した。あの、青白い竜と同じ匂いがする。シャーリー、この人は竜よ!」

「あのときの、竜?」


 シャーリーは息を飲む。


「そのとおりだ、ちびの猫」

「ちびの猫じゃありませんよ、ハティさんです」


 カークが言い直し、生意気にも、俺をキッと見た。


「そうか。悪かったな」


 俺は苦笑して足元に手を伸ばし、怒った目をしている小さな猫の額を、人差し指で撫でようとする。


「ちょっと、気安く触んないで!」

「気の強い子だな。まあ、猫というのは、だいたいがそんなものか」


 反射的に飛んできた爪をさっと避け、俺は説明を始めた。


「あのときは、たいした用事があったわけではなかった。散歩程度のつもりで、人界のほうに飛んできただけだったんだがな。不運にも急にわいた雷雲に巻き込まれ、あの有様だったわけだ。それをシャーリーが、助けてくれた。だから俺は、きみに恩返しがしたい」


 シャーリーは難しい顔で、けれど熱心に話を聞いてくれている。


「青白く光る竜……つまりあれがあなたで、その正体が、妖霊島の魔王だ、っておっしゃるの……?」

「うん。だからもってまわった、おっしゃるだの、召し上がるだの、面倒な言葉遣いはやめてくれ。数日とはいえ、共に過ごした関係なのに今さらだ。きみは人間が嫌いだそうだが、魔王はどうだ」

「わ、わからないわ」


 シャーリーはまじまじと、俺の顔、次いで肩や指先を見つめてくる。


「だって綺麗な竜だと思っただけで……魔王を助けたなんて、考えたこともなかったから。それに魔王って、悪いことをするんじゃないの?」

「妖魔を統べる王だから魔王なのだ。少なくとも人界で、興味も意味もなく、悪事は働いたりしない。妖霊島の成り立ちと、人間界とのかかわりは、知っているか?」


 尋ねると、シャーリーは困った顔になった。

 それでも俺がしばらく一緒に暮らした竜だ、というのは信じてくれたらしい。

口調がやっと、必要以上にかしこまったものではなくなってきた。


「妖霊島についてのお話は、書物では、たくさん読んで勉強はしたけれど。でも、昔々のことでしょう。どこまで本当かしら、って思っていたの」

「まあ、そこまで嘘は書いていないと思うがな」


 俺は気分転換に島を離れるときなどでも、いつも身に着けている小さな地図を懐から取り出して、シャーリーに説明をする。


「ここがきみたちの国。ここが島だ。そしてこの島周辺の海域には、常に妖気の霧が、幕のように海から立ちのぼり、おおっている状態になっている」


 俺は島の周りを、指でぐるっと差し示した。


「この霧の『幕』を簡単に出入りできるのは、俺とせいぜい、カークを含めた数匹の、大きな力を持つ妖魔くらいだ。俺もここをくぐり抜けるときは、竜の姿になったほうが飛びやすい。だがそれは、『幕』があればの話だ」

「『幕』というのは、自然にできたものなの?」


 いい質問だ、さすがシャーリーだ、と俺は満足してうなずく。


「違う。海底に魔力を込め、印を刻んだ石をぐるりと配置し、そこから妖気が立ち昇る仕掛けになっている」

「じゃあ、それがなかったら」

「そういうことだ。魔物どもは難なく人界までやって来れる」

「そんなことになったら、大変!」


 言いながら、両手で口をふさぐシャーリーの、びっくりしたように見開かれる瞳が可愛らしい。

 指も細く小さくて、と見惚れかけた俺は、慌ててそうではない、と話に戻った。


「そ、そうだな。大変だ。特に人間にとっては災難だろう。だからこその『幕』だ」

「『幕』を通って、こちらから、人間が……人の世界から、島に行くことはできないの?」

「できるが、簡単には戻れない」


 俺は説明を続けていたが、その間もずっと目の前のシャーリーの表情や仕草に、いちいち目を奪われていた。


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