花を買って会いに行く (魔王視点)
「女の子に、気に入って欲しいだあ? なにを言うちょるの。そんな立派な図体をして、綺麗な顔をして。なるほど、さてはあんたこれまでは、女に尽くされてばかりだったね? それがようやっと、自分から惚れた女を見つけたんだろう? うん、図星って顔してるね。あたしに任せとき」
結局、明け方までカークと相談したものの、大した名案は浮かばなかった。
そこで朝になると、黒ウサギの姿のままのカークを肩に乗せ、俺は市場に出かけた。
市場には百軒ほどの出店が連なり、なかなかにぎわっている。
途中、角がある黒ウサギのカークを珍しがり、売ってくれとせがむ商人もいた。
叩き売ってやっても良かったのだが、ブーブーと鼻を鳴らして文句を言うカークがうるさかったので、面倒になって通り過ぎた。
「やっぱり、女のことは女に聞くしかないですよね、魔王様」
「うん。それが間違いないだろうな。……あの人間に聞いてみるか」
顎で、くいと示した女を見て、カークは不満そうに言う。
「もうちょっと、若いほうがよくないですか?」
「若い、幼いといったところで、人間の年の差など、せいぜい八十歳とかその程度だろう。たいして変わらん」
「それもそうですね」
そこで腰は曲がっているが気のよさそうな、雑貨売りの老婆に相談してみると、こちらが引くくらいに目を輝かせてアドバイスをし始め、今に至る。
「まず、どんな女の子か、言ってみんしゃい。派手なのかい。色っぽいかい。年は、身体はどんなもんかの」
「そうだな」
俺は脳裏に、シャーリーの優美な姿を思い出しながら、うっとりして言う。
「年は十四歳。泉の妖精のように、可愛らしい娘だ。くるくるした巻き毛をして、優しくて」
老婆は、意外という表情をする。
「おやまあ。色気を売りにするような子じゃ、なさそうだね」
「ああ。清楚で、可憐な少女だ」
「だったらやっぱり、花だねえ」
老婆は腕組みをし、思案深げな顔をして言った。
「花? そんなもの食えもしないし、なんになるっていうんだ。いい加減なことを言うと、魔王様に殺されるぞ」
「ああ? なんだって?」
幸い老婆には、黒ウサギの言葉は通じなかったようだ。
しかしカークの長い耳を、俺は思い切りひっぱった。
「黙っていろ、バカめ! よぼよぼの年寄りでも、貴様よりは人間の事情を、よほどわかっているはずだ」
「あっ、よぼよぼの年寄りなんて言っちゃって。さっき、八十歳程度の年の差は、大して変わらん、とか言ってたじゃないですか」
「貴様がつまらんことを言うからだろうが」
老婆はしわ深い顔を不審そうに、さらにくしゃっとさせる。
「なんだいあんた、ひとりでぶつくさ言って。用がないなら店の前からどいとくれ。あたしゃ忙しいんだよ」
「……失礼した、虫が耳の辺りでうるさかっただけだ。しかし、本当に花を贈れば、相手は喜ぶだろうか」
「わかってないねえ。花を貰って喜ばない女がいるものかい。それが、うぶな子ならなおさらだよ」
あまりに自信満々に言うので、俺はその言葉を信用してみることにした。
「わ、わかった。では、花を買おう。他には?」
「服や靴は好みと、サイズがあるからね。一緒でないときには、買わないが吉だ。アクセサリーもいいけれど、まだ若い子なら、髪飾りやリボンくらいが無難かね」
よし、と俺は老婆の店の正面にある、花屋に顔を向けた。
「では、あの店の花を全部もらう。それから、リボンか。俺にはわからんから、そなたの店で、一番のおすすめを」
「ぜ、全部? ちょっ、ちょっと待っとくれ。じゃあ、あたしが世話したってことで、あの花屋から仲介料をもらわなきゃ。待っときな、話をつけてくる」
そうしてその日の午後。
荷馬車に、積めるだけ積んだ花と、老婆がすすめてくれた青いリボンの箱を手に、俺とカークは再びトレザへと赴いたのだった。
♦♦♦
「シャーリー! シャーリー、いないのか?」
荷馬車を降り、トレザの古い屋敷の扉をいくら叩いても、シャーリーは出てこなかった。
けれどもちろん魔王の俺には、居留守など通用しない。
(おかしい。確かに中から気配がする。そして……とても、怖がっている)
よくよく周囲を見回すと、少し離れた場所にある大木が一本、黒くなって半分炭になっていた。
人の姿にしたカークも、御者席から降りてきて、辺りを眺める。
「これは夜のうちになにかひと騒動、ありましたね」
「そのようだな」
さらにはガラスの破片が、壁の下に落ちている。窓が何枚も、割られていたのだ。
「俺だ、シャーリー。アルフレッドだ。窓からこちらを、確認してからでいい。どうか無事な姿を見せてくれ」
扉越しに叫び、じっと立ったまま待っていると、やがてかすかに屋敷の中から、物音がした。
キイ、と少しだけ開いたのは、屋根裏の窓だ。
そこからシャーリーがこちらを、怯えた目で見降ろしていた。
「な……なにをしに、いらっしゃったの」
その肩に乗っている猫が、こちらを見てシャーッと威嚇する。
と、カークが目を輝かせ、背伸びをしてそちらを見上げた。
「あ。あれって人界の猫ですよね。へええ。島にいるのと違って、すごく可愛いなあ」
もちろん俺はそれどころではなく、シャーリーに向かって必死に言う。
「きみに花を、持ってきたんだ。どうか受け取ってくれないか」
荷馬車いっぱいの花を指差し、つとめて穏やかな声で言うと、シャーリーはそちらを見てから、泣きそうな顔になった。
「すごく……綺麗。あんなにたくさん、わたくしに? ……わざわざ、ありがとうございます」
こちらが好意的に訪問したのを理解し、安堵してくれたらしい。
花が効果的というのは本当だったのだな、と俺は思った。
あるいは、なにかしらの怖い目にあった後だからこそ、花々を見て心が癒されたのかもしれないが。
間もなくパタパタという足音が聞こえると、ギイイ、と軋んだ音をさせて扉が開いた。